事件 Ⅲ
「おい!残して行くと面倒だろ?コイツも連れていけよ!!」
古庄からそう言われて、運転席からもう一人の男が出てくると、二人がかりで大男を運んで車に乗せて、あたふたと逃げて行った。
先ほどの怒鳴り声と古庄の常人離れした容貌、そしてその身のこなしに、歓楽街を行き交っていた人々の目は釘付けになっている。
その視線が気になりつつも、男たちがいなくなって、真琴がホッと胸をなでおろした時、古庄も佳音に向き直った。
「とにかく、無事に見つかってよかった…。送っていくから家に帰ろう」
すると、佳音はそれ拒否するかのように、古庄に背を向けて、再びネオンの街の中に歩き出そうとした。
その行動の訳が分からず、古庄は真琴と顔を見合わせる。
けれども、そのまま行かせてしまったら、ここで佳音を見つけだした意味がない。
「どこに行くつもりだ?こんなところフラフラしてると、またさっきみたいな奴らに引っかかるぞ!」
と、古庄は佳音を追いかけていって、腕を掴んで引き留める。
「…家なんか…!あんな家なんかより、さっきの人たちといた方が、よっぽど楽しいし!」
そう言いながら、佳音は古庄の手を振り払おうとする。
「バカ野郎!!あのまま一緒に行ってたら、お前、どうなるのか解ってるのか?!」
無理やりに佳音の両腕を掴み、古庄は佳音を正面から見据えた。すると、佳音のいたいけで大きな瞳に、涙がたまっていく。
「…私なんて…どうなったって!どうせ、誰も心配してくれない。私なんて、いなくなっても…。誰も悲しまない…!」
佳音が絞り出したその言葉には、言葉だけでは語りつくせない心の叫びがあった。
懸命に涙を堪える表情の裏には、寂しさと哀しみで震えて、不安でしょうがない心があった。
弟が死んだ哀しみを抱えていることに加え、同じく悲嘆にくれている佳音の両親は、彼女を顧みてくれないのだろう…。
その佳音の心を受け取って、真琴の胸も苦しく痛んでくる。
古庄も同じように感じたのだろう。そっと佳音の肩を抱き寄せて、腕の中に包み込んだ。
「誰もお前を心配して、守ってやる人間がいないのなら、俺がお前を守ってやる。だから、自分は独りだなんて思うな。…いなくなった方がいいなんて思うな」
古庄がそう言ってくれたのを聞いて、佳音は古庄の腕の中で涙をあふれさせた。哀しみをもう堪えきれず、古庄の胸に顔をうずめて、声を上げて泣きじゃくり始める。
古庄はそれを受け止めるように、ただ黙って佳音を包み込むように、その肩をしばらく抱いていた。
少し離れた場所にいた真琴は、自分の胸が少し苦しくなったのを感じた。
でも、心がすさんでいる今の佳音には、ああしてあげなければならない…。古庄は〝教師〟として、〝生徒〟の佳音へ最善のことをしている…。
真琴はそう自分に言い聞かせて、唇を噛み、その光景をそっと見守り続けた。
佳音は嗚咽が落ち着くと、促されるまま素直に真琴の車へと乗った。来た時と同じように古庄が運転し、真琴は佳音と一緒に後部座席へと座る。
今は何を言っても気休めにしかならず、佳音の救いにはならないような気がして、真琴は何も語らなかった。
ただ、座席の上に置かれた佳音の手を握った。
ピクリと佳音の体が反応したが、うつむいた顔を上げることなく、握られた手に視線を落としただけだった。
けれども、真琴の手を拒否することはなく、自宅に着くまでの10数分間、黙ったまま深夜の夜の街を見つめていた。
佳音の家に着くと、彼女は古庄に伴われ、明かりが灯る玄関の中へと入って行った。
数分で、古庄はドアを開けて再び姿を見せ、車へと乗り込んできた。真琴も助手席の方へと場所を移動する。
「今日はもう遅いから、詳しい話は明日学校で…ということになったよ」
それを聞いて、真琴も頷く。
「親子を同席させるんじゃなくて、別々に話を聞いた方がいいかもしれないですね…」
「そうだな……」
家庭内の問題の場合、そうした方が事情を把握しやすいだろう。古庄は重く深い溜息を吐きながら、相づちを打った。




