体調不良… Ⅲ
真琴が頷くと、古庄も心配を残した眼差しで微笑んだ。
それから、古庄はカーテンの向こうに消え、保健室を出て行くドアの音が聞こえると、真琴は安堵と共に目を閉じた。
気が利いていたのは、真琴のクラスの加藤有紀と古庄のクラスの溝口だ。
この気立てのいい者同士のカップルは、誰に言われるでもなく、床に散らばっていた真琴の授業道具と、教卓に置かれたままになっていた古庄の授業道具を、職員室まで届けてくれていた。
「ああ!ありがとう。助かったよ」
一足遅れて職員室に戻ってきた古庄が、そう言葉をかけると、二人は同じようにはにかんで会釈をした。
急いで教室に戻る道すがら、溝口が口を開く。
「古庄先生と賀川先生って、何かあるのかな?」
「何かあるって?」
肩を並べて小走りしながら、有紀は首をかしげる。
「いや…、賀川先生を抱き上げた時の古庄先生の動作が、やたらと自然だったから…。それに、体育大会のリレーの時だって、古庄先生は賀川先生を助けに戻っただろ?」
「うん、そうだったね」
「だから、…付き合ったりしてるのかな…って」
「え…っ!?でも、賀川先生、婚約してるんだよ?指輪してるし…」
「…………」
「……!!?」
二人の頭にはある可能性が過って、立ち止まって顔を見合わせた。
その時、7時間目が始まるチャイムが鳴り響く。
「いや、待て。事実かどうか判らないうちに、滅多なことは言わない方がいい」
目を白黒させながら、溝口がつぶやいて、もたげてきた可能性を呑み込んだ。
「うん…。何たって古庄先生のことだから、みんなに知られたら大変なことになるよね」
有紀も神妙な顔で頷く。
すると、7時間目の授業をする教師の姿が見えたので、二人は急いでそれぞれの教室へと入った。
大事を取って、真琴が早めの帰宅をした後、古庄は心配のあまり真琴のアパートへとやってきた。
自然食のお惣菜屋さんのヘルシーなお弁当と、鉄分のサプリメントを携えて。
「…今日は、金曜日じゃありませんけど?」
イレギュラーの古庄の訪問に、真琴が眉根を寄せた。
「分かってるけど、君のことが心配で…。でも、…迷惑だったら、俺のアパートへ帰るよ」
そう言う古庄の寂しそうな目を見て、真琴は胸がキュッと苦しくなる。
古庄が来てくれて、本当は泣きたくなるほど嬉しいのに、それが上手く表現できず、黙ったまま古庄を迎え入れた。
「当分の間は家事も俺に任せて、君は安静にしてること。疲れは、ため込んじゃいけないからね」
「当分の間…?」
「うん、君の体調が戻るまで、一緒にいるよ」
「一緒に…?でも……」
真琴が表情を曇らせたので、古庄も気持ちに影が差す。
「もちろん、一緒にいることはバレないように気を付けるから」
一番真琴が心配していることであろうことを、古庄は真琴が言い出すよりも先に念を押した。
「いえ、そうじゃなくて…。一緒にいても…」
と、真琴が胸のところで両手を握って口ごもったので、古庄は首をかしげてその先を待った。
「その、一緒にいても…、当分は夜のお相手はできないかと…」
そう言った途端、真琴の顔が真っ赤になる。と同時に、古庄の顔も真っ赤になった。
「あ…!当たり前だ!君の体調の悪い時に、そんなことするわけないだろ?」
「…でも、満足させてあげられなくて、ごめんなさい…」
「…何を言ってるんだ?!君を抱けないと、俺は満足しないとでも?俺は、そんなソレしか考えてないような男じゃない!」
恥ずかしさだけではなく憤りが加わって、古庄の顔がもっと赤くなると、真琴はうつむいて、ますます小さくなった。
「……ごめんなさい」
もう一度、その一言を絞り出すと、真琴の瞳から涙が零れ落ちた。
その涙は、古庄に対する申し訳なさだけではなく、昼間から感じ続けていた情けない自分に対してのものだった。
泣き出してしまった真琴を、そっと古庄は抱きしめる。
「…俺の方こそ、言い過ぎた…」
優しく肩を抱きながら、古庄はこれまで二人で過ごした週末を振り返った。
真琴を愛しいと思うあまり、一晩に何度も求めていた自分を思い返して、真琴がそんな風に思っても仕方がないと自省した。
でも、それでも、こうやって真琴を抱きしめていると愛しさが募って、自分の器では抱えきれないほどの真琴への想いが溢れてくる。
その行き場のない想いの奔流は、やはり行為となって真琴へと流れていくしかない。
「…今は、君を抱けないけど、キスだけならいいだろう?元気注入だ」
古庄はそう言うと、真琴の頬をすくって、その唇に口づけた。
些細なすれ違いなど、全て洗い流してしまうほどの熱く長いキス。どちらからともなく唇が離された時、真琴が甘い吐息を吐いて囁いた。
「…元気になりました」
それを聞いて、古庄は安心したように微笑む。
「それじゃあ、もっと元気になろう。まずは腹を満たさないとな!」
弁当をレジ袋から出して、甲斐甲斐しく夕食の準備を始めた古庄を、真琴は嬉しそうに見つめながらテーブルへと着いた。
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《 お知らせ 》
他サイト限定にて、短編の新作「君と茶トラのネコちゃんと」
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を更新中です!(13日までに完結させます)
平凡OLとエリート営業マンの不器用でピュアな恋のお話です。「恋はしょうがない。」の読者様には、気に入っていただけるのではないかと……(*^^*)
どうぞ読んで見てください!!




