「婚約」しました。 Ⅱ
そして、古庄がこの指輪の効果を誰よりも確かめたいと思っている高原は、この話題には無反応。
その日も、その次の日も、何も真琴に尋ねてくる気配はなかった。
心の中には、複雑な感情が渦巻いているのか…、それとも真琴のことはもう割り切って諦めたのか…。
まるで指輪を無視するかのような高原に、古庄は物足りなさを感じた反面、真琴の方は普段と変わらない高原の態度に、胸を撫で下ろしていた。
その週の後半には、弟を亡くした森園佳音も登校してきた。
佳音は、もともと友達と一緒になって楽しそうに騒ぐタイプではない女の子だが、やはり悲しい出来事が彼女の陰にいっそう拍車をかけていた。
しかし、そんな物静かさにもかかわらず、集団の中でも彼女は、くっきりと浮き出る存在だった。
色白に加えて、長いまつ毛で縁どられた可愛らしい大きな目、可憐な唇。この美少女にじっと見つめられたら、男の子は誰だってボーっとしてしまいそうだ。
「弟の分まで、学校のみんなや俺や、他の先生たちも君の側にいるからな。今は悲しくて辛いだろうが、少しずつでいいから生きている自分のことに目を向けるんだぞ」
職員室の古庄のもとに来ていた佳音に、古庄がそう言って元気づけているのを、真琴は隣の席で聞いた。
「何でも力になるからな」
優しく語りかけられて、佳音は寂しい表情のまま黙って頷く。
真琴だって、たった一人の弟、正志がいなくなってしまうことを想像するだけで、目には涙が浮かんでしまう。
今の佳音の悲しみは、どれだけ深いものだろう…。
「…君にも、森園のことを気にかけて、見守ってあげてほしい」
佳音が教室に戻った後、古庄からそう頼まれて、真琴は目を合わせた。
そう言われても、佳音は地理選択者で、彼女の授業も受け持ってないし、真琴とは直接的な関わりがない。
「男の俺には気付けないことでも、女の君なら気付けることもあるはずだから。今は森園の些細な変化も見逃しちゃいけないと思うんだ」
確かに、古庄の言う通りだ。
真琴は、教師としての古庄の視点と懐の深さを、改めて尊敬した。
「そうですね。分かりました…」
真琴がうなずくと、古庄は安心したように優しい微笑みを向けてくれた。
真琴はキュンと胸が鳴くのを感じながら、こんな風に古庄から優しい思いをかけてもらえる佳音のことが、ほんの少し羨ましいと思った。




