「婚約」しました。 Ⅰ
翌週、真琴の指輪にいち早く気が付いたのは、やはり目ざとい女の子たちだった。
授業をする真琴の手に、キラリと輝くものがある…。それが左手の薬指に着けられているものだと確認して、生徒たちは授業後、真琴を質問攻めにした。
「先生!その指輪!!どうしたの?」
「左手の薬指ってことは、婚約指輪!?」
「う…、うん。そう。婚約したの…」
さすがにこればかりは、ごまかしが効かず、真琴は観念してそう告白した。
「え~!!ホント~?!」
「すご~い!!」
生徒たちの驚きようは、それはもう尋常ではない。
婚約しただけで何が「すごい」のか、その意味を考えると複雑な心境にもなる。
「ねぇ?ねぇ?相手はどんな人?」
「カッコいい?背、高い?」
生徒たちから、さらに掘り下げる質問されて、真琴は答えを少しためらった。
古庄を「カッコいい」と形容しない人物が、この世にいるだろうか…?
「…うん。背は高いけど、普通の人よ」
けれども、真琴は敢えてそう言って微笑んだ。
すると今度は、生徒からこの情報を聞きつけた女性教師が、真琴の所へ確認に来る。
「ホントだ。生徒の言うとおり、婚約指輪!賀川さん、ホントに婚約したの?!」
最初にやってきたのは、同じ学年部の石井だった。昼休み、お弁当を食べている真琴を覗き込み、おめでたい話に石井の顔も歓喜で輝いている。
「…うん、そうなの」
少し決まり悪そうに答える真琴の様子を、古庄は隣の席から窺って、ニヤリと笑みを噛み殺す。
「うわー!ホントなのね?おめでとう!また近いうちに女子会開いて、詳しいことを聞かなきゃね!」
しかし、石井は忙しかったのだろう。そう言いながら、すぐに真琴の側を去って行き、真琴がホッと胸をなで下ろしたのも束の間…。
次にどっと押し寄せてきたのは、谷口、中山、一宮理子の女子会仲間たち。
「石井さんから聞いたんだけど、婚約したって?」
開口一番、中山がズバリ核心を訊いてくる。
「うん……」
詳しくは語れないし、元来これも嘘なので、真琴はおのずと言葉少なになってしまう。
「おめでとうございます!突然だったから、ビックリです!お相手は、やっぱり先生ですか?」
理子もお祝いを言って、可愛らしい笑顔を向けてくれたが、その笑顔を見て真琴の心に影が差した。
「…うん。その内紹介できると思うわ」
――…一宮先生、ごめんね…。
今も古庄のことが好きであろう理子へ、心の中で詫びながら、顔は幸せそうな笑みを作って、真琴は答える。
信頼している人たちにこんな嘘をつき続けることは、本当に苦しい。
けれども、真実を言えば、きっと理子は裏切られていたと思うだろう。そんな風に彼女を傷つけることを想像すると、とてもいたたまれない。
それでも、嘘をつき続けてこれ以上罪を重ねないためにも……、全てを隠さずに打ち明けられる春が、早く来てほしいと思う真琴だった。
真琴の指輪を見て、言葉を逸してしまったのは谷口だ。
いつもの彼女なら、真っ先にいろんなことを詮索してくるはずなのに、戸惑ったように自分の中のものを処理しているようだった。
「素敵な指輪ね。そんな指輪をくれる人だから、きっととても素敵な人なんでしょうね」
そして、気を取り直したようにそう言葉をかけてくれたが、すかさず、
「…ね?古庄先生?」
と、隣の席で何食わぬ顔で新聞を読んでいた古庄に話を振った。
「…え?」
虚を突かれて、古庄は目を点にして一同を見上げる。
その目を、谷口が含みのある視線で捉えた。
「…ん?うん。堅実な賀川先生が選んだ人なんだから、そりゃ間違いないよ。ね?賀川先生?」
と、古庄は椅子の肘掛けに腕を置きながら、真琴の方へと向き直る。
「……………」
「選んだ人」本人からそんな風に言われても、真琴には何とも答えようがない。
古庄の方を見ることもできず、微妙な笑顔を作るだけの真琴の代わりに、谷口が応えた。
「あら!古庄先生。まるでお相手を知ってるみたい」
と言いながら、眉を動かして古庄の反応をうかがう。
その口調から古庄も何かを感じ取り、谷口に視線を合わせたが、
「さあ?どうだろうね」
と、とぼけながらも幸せそうな満面の笑みを見せた。
意味深な谷口の言動に、ドギマギしている真琴に引き換え、余裕さえ感じられる古庄は、却ってこの状況を楽しんでいるようだ。
さらに、古庄のこの微笑みは、都合の悪いことさえも全て洗い流してしまう力を持っている。
古庄と真琴の側に立つ女性教師3人は、グッと息を呑み顔を赤らめ、誰もその後は言葉を発せられなかった。




