婚約指輪 Ⅲ
「…そうだ」
あることに気が付いた古庄が、真琴を抱きしめる腕を解いて、自分の荷物を引き寄せる。
リュックサックの中から出てきたのは、きれいにラッピングされた小さな箱。
「これを君に…」
と、短い言葉と共にそれを差し出す。古庄の不可解な行為に、真琴は首をかしげた。
「…どうして?誕生日でもないし、クリスマスにはまだ早いですよね…?」
「開けてみたら、解るよ」
そう促されて、真琴はリボンを解き、箱を開けてみる。箱の中から出てきたのは、また箱。
真琴が赤いベルベットで覆われた箱を取り出し、手に取って開けてみるのを、古庄はドキドキと鼓動を速めながら見守った。
真琴が箱を開け、そこにある物を見つめる。
「……まだ結婚指輪は着けられないけど、婚約指輪なら…着けられるだろ?」
古庄はそう言いながら、箱の中ほどに差し込まれている指輪を指でつまみあげ、真琴の左手を取った。そしてその薬指に、そっと指輪をはめてみる。
「うん、サイズもピッタリだ」
満足そうに微笑む古庄を、真琴の震える瞳が捉える。
それから、自分の指にはめられた指輪に視線を落として、つぶやいた。
「……素敵」
小さめだが真ん中で輝いている石の両方に、更に小さなピンクの石があしらわれている。
普段から“物には囚われたくない”と思っていたし、古庄と結婚した中で“指輪”なんて思考に過りもしなかった真琴なのに、突然渡されたこの愛情の証に胸がいっぱいになった。
「……ありがとうございます。大切にします」
「うん」
真琴が素直に受け取ってくれたので、古庄もホッとしながら頷く。
真琴は指輪を愛おしむように胸の前で両手で包み、口づけた。
「……大切にします……」
もう一度同じ言葉を繰り返すと、真琴の想いは極まって両方の瞳から涙が零れ落ちた。
それを見て、古庄の方も胸がいっぱいになって、もう一度真琴を腕の中に抱え直す。
しばらくそのまま、かけがえのない人に対するかけがえのない想いを、お互いに噛みしめた。
「本当なら、もっとロマンチックな感じで渡したかったんだけど……」
古庄が自嘲気味に苦く笑いながらそう言うと、真琴も古庄の腕の中から顔を上げた。
「ロマンチック?」
「…うん。例えば、夕日が沈む海を見ながらとか、キレイな夜景を見ながら…とか」
古庄には古庄の理想のドラマ設定があるようで、そんな発想を面白く感じて、真琴は涙が残った顔で微笑んだ。
「どんな所で、どんな景色を見ていても、あなたと一緒にいたら他のものなんて何も目に入らないと思います」
それほど、周りの全てがかすんでしまうほどに、古庄は傑出して完璧な存在だ。
真琴は真実を率直に言ったつもりだったのだが、古庄は顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに唇を噛み、何も言葉を返せなかった。
「これは、大切にしまっておかないと……」
と、真琴が指から指輪を抜き取り、もとのケースに戻そうとする。
すると古庄は焦って、それを遮った。
「君が普段、指輪をする人じゃないことは知っているけど…それは、いつも身に着けておいてほしい」
「でも…、そうすると、なくしてしまうかもしれません」
「なくしても構わない。とにかく、それは誰の目にも止まるように、ずっと君の左手の薬指に……」
「…誰の目にも…って。皆から、婚約したの?って、訊かれちゃいます」
そこから秘密の結び目が緩んで、結婚していることがバレてしまうのではないかと、真琴は気が気でない。




