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二年前。



 花咲く光陽の月

 五大国連合は「傾国の乙女は魔界の使いであり、人界侵攻の足掛けである」と発表した。

 傾国の乙女と呼ばれる少女が間接的に滅ぼした国の数は大小含め十に及ぶ。

 乙女が皮切りになり、内紛が起きた国で『傾国』と揶揄されたのがその名の始まりである。

 何もせず、ただそこに居るだけで国が傾く乙女、連合が目を付けない訳が無い。

 王国リヴァイブリアに宛て布告が届いた。

『貴国に滞在中の傾国の乙女を、貴国と全ての国の安全の為に引き渡してもらいたい。彼女は国を滅ぼす悪魔である、五大国連合と双聖協会の名の下に洗礼を受けなければならない人物である」

 と。

 これに対し、王国は拒否。

『我々の客人であるならば、それは友である。悪魔だろうが天使だろうが神だろうがそれは変わらぬ。もし破るならばその時我々は我々である誇りを棄てた時他ならぬ』

 と。

 その返礼をもってここに、五大国及び諸国対王国が開戦した。

 目的は傾国の乙女を討つ事。

 兵力差は三倍にも及ぶ。物資、支援等を考えれば四倍五倍にも匹敵するだろう。


 後の全界大戦の引き金となるこの戦争は人界戦争と呼ばれる事になる。



 王国は兵力差を物ともせず、果敢に戦い優勢に見えた。繰り返すがこの戦争の目的はただ一つ、傾国の乙女を討ち取る事である。


 開戦からニ週間目、神剣と勇者及びその仲間達が王国内に先行、見事に傾国の乙女を討ち取った。


 ここら一週間は撤退戦となる。

 そして、この戦争で最も被害の出た期間である。



 開戦二週間での被害総数はニ万。

 連合側から一万五千、王国側から五千の被害であった。

 しかし、撤退一週間の被害は三万。

 連合側から二万七千、王国側から三千の被害である。

 時間、兵力差を鑑みても被害数から見ても連合としては最悪の結果だろう。



 特筆すべきは、神剣、勇者とその仲間達が参戦したのにも関わらずこの被害という事だ。

 帰還兵はこう語る。

『王国の兵はとにかく強かった、逆立ちしても一人じゃ勝てない。だがな、その兵達に絶技の剣士が加わった途端にもっとヤバくなった。神様とか悪魔とか天使とかそんなもんじゃ収まらない。あれもっと別の何かだ』


 他の帰還兵も同様に、『王国の兵は強い、そして絶技の剣士が加わったらもっと強かった』と語る。


 だが、誰も剣士が何者であるのかを知る事は叶わなかった。何故なら、その男の前に誰も立って生きて還らなかったからだ。

 唯一その男と向き合った勇者の仲間、“斜刻”の魔法使いリドヴィシア・ヴェルチェでさえ、惨敗。後に口を閉ざし図書館へ引きこもってしまった故にロクな情報が無い。

 分かっているのは、天使の様な美しさを醸す、雨が如き絶技の剣を振るう男である事だけ。

 それは、神剣が師と仰ぐ者の特徴とよく似ていた。








「起きたか? ヴァリー」


 少し硬めでもっちりした枕を感じながら彼女は目を開けた。


「おはよう、ございます」

 覗き込んでくる彼の顔が、さっきまでの事が夢でなかった事の証明になり、嬉しく感じる。

「ほんちょいしか寝てねぇから安心しろ」

 優しく頭を下げ撫でられる。

 剣を握る手特有の固さが懐かしく、ゆっくりと目を瞑る。

「そのまま、寝てろ」

 優しい微睡みに包まれ、彼の少し低めで抑揚の効いた声は子守唄となり夢の導となる。

「五年前、お前からしたら五百年前のあの日、俺達はいつも通りに寝てたのを覚えてるか?明日はルドラナの街にでも行こうつって干し草の中がベッドだった」

 忘れもしない、忘れられもしない別れの日の話。彼女の意識は遠い遠い記憶へ沈む。

「朝の稽古はお前の寝坊で少し遅れて、目玉焼き二つの内一つがは双子卵でどっちがそれを取るかで喧嘩した所でカラスに持ってかれたな、全く懐かしい」

 ホロリと溢れた彼女の涙を拭い彼は「年取ると涙もろくなるのかい?」なんで軽い皮肉で笑う。

 昔と変わらずに。だから……

「街は大して変わらず賑わってて、何にも買わずぶらつくだけなのもいつも通りだったな、楽しかったよ」

 忘れかけていた、彼との日常を思い出した彼女は「懐かしい」と心で呟いて口角をほんのり上げる。

「クッタクタに歩いて帰って来て、「明日は」ってお前が言い掛けた所で俺はこっちの時代に飛ばされたのさ」


「違いますよ、あの時私は「明日も明後日もその先もずっと一緒にいよう」って言ったんです」

 夢心地の声でそう言うと、夢の中で「どうやら聞く前に消えてしまった様ですが……」先の皮肉を返したのだが、聞こえなかった様だ。

「記憶ってのは当てになんねぇな。全く、五年かけて漸く続きを聞けた」

 軽く微笑み彼はすこし喋るのを止めた。


 素敵な思い出を振り返る様でいて、泣きそうな程哀しげに––空へ微笑んだ。


「ふと、気が付けば戦火真っ只中の街中で鎧男に囲まれた女の子が居たもんでな、助けたのがミディ、つまるところ嫁さんとの出会いさ」

 パチリと彼女は目を開け暴れようとするが、彼は優しく頭を抑え行動を止める。

「まあまあ、聞けよ。文句も愚痴も思い出も後で全部、気の向くままに聞かせてくれよ」



「だからさ、今は俺の話を聞いてくれ。それが離れ離れになったお前に向ける最初の償いさ」

 優しくあやす声音で言うと彼女は大人しく彼の膝に収まった。


 今度は背中を胸板に預ける、彼を椅子にする形で。


「それでは、話を続けてください。それが貴方の償いというのでしたらば付き合いましょう」




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