表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

泣顔と怒り顔


 優に三十分は経っただろう。

 昼の陽は一段と照りを増し、風は鋭さを帯びてきた。

「もう平気か」

 先に口を開いたのは彼。彼女の頭から手を離し、背中に回していた腕を解いた。

「うん、平気」

 少しだけ名残惜しそうな視線を残した後、ふわりとした笑顔に切り替え——そのまま抱きついた。

「でも、もう少しだけ貴方を感じさせて」

 気持ち良さそうに彼女は彼の胸板へ頬ずりをし、蕩ける笑顔へ変わっていく。

「はぁあ」

 やれやれといった溜息をつき、ぽんぽんっと彼女の頭を撫で叩き笑う。

「ったくよぉ」

「えへへへ」

 ところで、とそのままの姿勢で彼女が口を開く。

「どうしてここに来たの?」

「ん? ああ、人探しに来たんだ」

 ぱぁっと笑顔が広がる彼女に、笑いながら「お前じゃないからな」と釘を刺し話を続ける。

「リドヴィシア・ヴェルチェって奴なんだけどな、お前知ってる?」

 ピタリ、彼女の動きが止まる。

「リドヴィシア? 魔法使いだったりする?」

 訝しげ、そして若干の嫉妬に駆られたジトーとした視線で彼を睨みつけた。

「知ってるわ、良くね。だからこそ、なんで会いに行くのかを説明してくれないと案内出来ないわ」

 今迄とは打って変わり、敵意と殺意剥き出しの冷たい声音。

「ん、殺しに来たのさ。いつも通りだろ」

 殺意も敵意も何処吹く風と受け流して気さくに笑う。

『殺す』と告げて居るのにも関わらず。

「伝言、頼めるか? 約束を果たしに来たってよ」

 ニヤリ、凄惨な笑みを浮かべ、彼女に背中を向けた。

「––––––––っ!!!」

 徒手である事も忘れ、彼女はさも剣があるかの様に振るう。

「バーーカ」

 まるで後ろから彼女が襲ってくる事を分かっていたかの様に、ふわりとした動作で、振るわれた手を掴み……そのまま思い切り引き寄せた。

「そそっかしいのも変わんねぇな。五百年、何やってたんだっつーの」

「そそっかしいのは! 貴方の前だからです! 気が付け! ばーか!」


 ボンッ! と顔が紅く染まり、隠そうと腕を上げるが片手が掴まれている為上手く隠せない。

 なんとも可愛らしく、片手をパタパタと振る彼女であった。

「ははっ! ったく……落ち着くなぁ」

 遠い目をした彼は、空いている手で彼女を再び抱きしめた。

 そこにある事を確かめる様に、思い出を慈しむ様に、じっくりゆっくりふわりと。

 頭上の日は二人を祝福し、草木が唱える祝詞を風が運び、土は彼らを見守り続ける。


 邂逅を確かめ合う二人に、幾ばくかの時間が過ぎた。

「さてと、待たせてすまなかったなヴァリー」

 改めて彼はそう言う。

「五百年も待たせた事を私は赦しません」

 凛とした口調。

「だから、赦すまで隣に居て下さい」

 しかしその裏に嬉しさを隠して、彼女はそう弾劾プロポーズした。

 真っ直ぐに彼女の言葉を受け止める。

 でもどうしてだろう、彼は少しだけバツの悪そうな顔をしている。

「ったく、先に言われちまったら負けだ。ちくしょう、負けてばっかだな俺はよ」

 沽券というやつだろうか、それにしてはいささか様子がおかしい。

 プライドではなく、もっと心の根底に関わる何かを触ってしまった時の顔に近い。

「この身朽ちる迄、隣に居てやるさ。五百年の償いにゃあちとばかし足りねぇだろうけどよ」



「但し、一年だけ待ってくれねぇか?」



 一瞬怪訝そうに眉を潜めると、冷静に「何故と」問う。


「俺さ、結婚したんだよ」







 目を丸くするとはこの事を言うのだろう。

 顔は蒼白をすっ飛ばし白雪が如し白さに染まり、一瞬前まで煌めいていた目は虚ろ、言葉を発そうとした口は途中で固まってしまった。

「でも先逝っちまってよ」


 思い切り、ぐーが飛んできた。

 彼の顔面目掛け、ノーモーションの正拳が炸裂。そのまま吹っ飛ばされる。


「私は誰かの代わりではありません、同時にその日も誰の代わりではありません。貴方はそこまでの外道に成り下がったんですか?」


 ボロボロと涙を零してながらも、キッと睨みつけて凛々しく立ち振る舞う。


「私の知るメイヤクレバは恋に軽い男ではありましたが、愛を知る人間でありました。向けられた愛の意味を解す人間でもありました。だからこそ私は五百年の想い続けられてきたんです。なのに、今の貴方ときたら見る影もない。これでは亡くなられた奥様の目が節穴だったとしか言いようがありませんね」

 ふらり彼は立ち上がり、腰に提げたままだった刀の鞘で、彼女の鳩尾を突いた。

「少し、昔を語ろうか。二年前をな」

 彼女の薄れ行く意識は、彼の哀しさと涙の浮かんだ瞳を見てしまった。




クレバ、クズい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ