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剣士・クレバ

 緩やかな昼の陽を満遍なく受け止める裏庭、人影もなく静寂と吹き抜ける風だけがお茶会を満喫している筈の場所。

 そこには……

「ようヴァリーか。久しぶり」

『久しぶり』の言葉とは裏腹に、数時間ぶりに会う友人となんら変わらない気さくさで声を掛けてきた男の姿があった。

 少し逆立った黒髪、天使の様に美しい笑顔、爛々と煌く意志の強い眼、堂々とした姿勢、そして自然体でありながら一片たりとも隙を感じさせない歩き姿。

 追いかけていた、夢見ていた姿が、何一つ変わらずそこにあった。

 驚きよりも、声よりも先に涙が溢れた。涙につられてようやく他の感情が追いつく。


「貴方を待つこと幾星霜、この時を持って巡り会えた」

 彼女の花開く笑みに浮かべられたのは幸せでない。

 五百年間胸の内でずっと寝かせ続けてきた、愛と言う名の狂気。


「ああ、ようやく……ようやく私は——報われた!!」

 世界は信じられないくらい都合が良くなる時がある。

 それはできること全てをこなし、ただ待つことしかできない者が感じる最上の愛。

 運命から個人へ捧げられる究極の愛、それが今彼女へ舞い降りた。

 彼女が何百年と待ち続けた理由が——だだ、愛する者に会いたいという想いが……非劇的——では無い形で、叶ったのだ。

 日常的、だからこその生きて会える幸せ、これこそどんな非日常よりもドラマチックだろう。


「ノア!!!!!!」


 ドラマチックな出会いに、彼女は、彼女と彼の流儀に則った礼儀を全うする。

 それは、ハグでもなければキスでもない、だが心と身体二つのスキンシップ。


 愛しき名を叫んだ彼女は、流麗に腰元に束ねた魔術陣を書いた符を破り、抜刀の動作で剣を引き出し構える。

 そう、殺し合い。これだけが彼らの身体の芯を疼かせる熱を冷ます唯一の方法だから。


 一連の動作は全て最短距離をなぞった最速、構えに隙はない。並みの人間が対峙したのならはっきりと分かるだろう、向き合う事すら出来ないと。

 だが彼女は殺気を放ってすらいない、ただ正眼に構えただけ。

 神の剣として幾星霜、世界を変える戦争に次ぐ戦争の最前線を、剣一振りで生き延びてきた彼女だけにできる武芸の大樹の頂点、それである。


 相対した男は、剣と呼ぶに不安を感じさせる細く薄い、1.5メートル程の湾曲した刃物を抜いた。

 湾曲する細長い剣は東の剣と呼ばれる物で、かの地では刀と呼ばれ、武士もののふと呼ばれる兵士達の魂であるそうだ。

 その刀を携えた彼は懐かしげに目を細め、ふっと顔を伏せた後に嬉しげで不敵に笑う。

 と、同時にするりと間合いを詰め、刀を構えた。

 それは奇しくも、彼女と同じ正眼に。

 だが彼は、彼女と違い降る雨を湛えた美しさを纏う。

 二人の構え足は右足を若干前に、左足の踵を軽く浮かせる物で共通だが、雰囲気は全く違う。

 彼女は疾風を纏うが如き怒涛が見え隠れし、同時に何千年と生き続けた大樹の穏やかで圧倒的な力強さを感じさせる。

 彼は緩やかな大河を思わせる柔らかさの中に、神秘を湛える神域の如き人ならざらぬ、張り詰めた殺気も持ち合わせている。

 一陣の風も吹かぬこの場所で静かに睨み合う二人はピタリとも動かぬ不動、だがその身体の全ては何時でも最短で目の前の命を奪うだろう。

 風と水のにらめっこは、微かに響いた誰かの足音に終わりを告げる。

 サクッと軽い足音が耳に届いたか否かの境目に、二人は動く。

 疾風怒濤と決河乃勢、二人の刹那に満たない一手は、互いの首筋に添えられた刃が勝敗を決めた。



「たかだか五年で強くなったじゃねぇか、後手とられるたぁ思わなかったよ」

 刀を降ろし、未だ首に手向けられた刃を物ともせず、変わらずの気さくさな笑顔を添えて口を開いた彼。

 負けを認めた上での、つまりは死を受け入れて尚彼は微笑む。

 だが、それが一体どれ程残酷な事なのかを知るのは——彼女だけだろう。

「五年? もっとですよ。貴方が消えてどれだけ経ったか知ってますか?」

 見せまいとした仮面が剥がれて……割れた。

 彼の意味を知り、それでも精一杯の微笑みを浮かべた瞳は、言葉を紡ぐにつれ涙が溜まっていく。

 それは知ってしまっているから、どうして彼が彼女に笑って喋り掛ける事ができるのかを。

 だが、彼は知らない、どうして彼女が笑顔を彼に向けられないのかを。

 これは知る不幸と、知らぬ幸福の引き起こした残酷な擦れ違い。

「五百年も、どこ、行ってたのよ、ずっと寂しかった! 辛かった!!」

 剣が手から溢れたに気が付かず、涙を拭う事も、彼の目の前である事も何もかも忘れて、彼女は咽び泣く。

「ごめん」

 こうなる事を覚悟していたのだろう。諦めと後ろめたさをシェークした、バツの悪い顔をして彼は彼女を抱きしめた。

 それは溢れる涙を覆い隠す様に——何かを誤魔化す様に。

「遅い……! 本当に悪いって声で謝んな!! 知ってるみたいな顔がムカつく!!」 待たせすぎだよ!! バカ!!!」

 彼女は彼のそんな表情を受け入れて、腕を彼の背に回す。

 涙に震える手は懸命に伸び、彼を捕まえた。

『もう逃がさないぞ』と力強く。

 そう、昔の様に逃げられる様な女ではないと宣言する様に。

「お待たせ」

 優しさと慈しみに溢れた声で、あやす様に囁きぎゅっと彼女の頭に手を回した。

 そこに乱暴さは無く、むしろ壊れ物に触れる様な慎重さに満ちていた。

「お帰りなさい、ノア」

 涙と嗚咽に吐息の熱気に塗れ、顔は見るに絶えない有様だ。

 うっすら乗った化粧も崩れ、彼の胸元に移る。

 それでも彼女は顔を上げ、ぐちゃぐちゃに微笑んだ。

 形振りなんて構ってられない、元より構っている様な仲では無いのだから。

「おう」

 気さくでほんの少しキザな彼らしい笑顔で応える。

 五百年ずっと忘れられなかった、忌々しく、愛しい、のろいが今と被る。

 ああ夢にまで見た、懐かしいその応えに彼女は一層の涙を零した。

「ったく、変わんねぇな」

 少し強引に彼は彼女の頭に手を乗せ、顔を己の胸元に向けると、髪を梳くように撫で回す。

 彼女の背中に回していた手は、とん……とん……と優しくあやしている。


 陽の光は涙で冷えた空気をじんわり融かし、風は二人を優しく包み込んで、過ぎ去って行く。


 

三話は来週日曜日の零時を予定しています。

どうぞお楽しみに!!

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