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Losers <鈍色のアルゴリズム>  作者: 畦道半
第一章
9/9

第八話 『イベリスの不満』

説明会(回)です。

長い文章が苦手な方は読み飛ばしても?


ミルゴスの広さを修正予定です。(千キロ四方→1,000km^2)

 場ではアメロニアの説明がようはく始まろうとしていた。予定の順番と前後してしまったが、仕方ないだろう。


「ではアメロニア博士、よろしくお願いします。丁寧にね」


 ロウズがクギを刺すが、アメロニアも何の緊張もない様子で発声した。


『さて、信頼関係の面がオッケーを頂いた所で、私のほうからは技術面を紹介させて頂きますねー。どーもこんにちは。アメロニアといいます。よろしく。堅苦しい喋り方は苦手なんで、ざっくり行きますねー』


 その喋り方で、場が一気に凍り付いた。シュヒトの視界に映るロウズはきっと、『クギ刺したばっかだろ!』とツッコミを入れたかったに違いない。笑みがひくついている。

 シュヒトも内心は滝汗だ。


 そして、シュヒトが恐る恐るラグリスのほうに目を向けると、ただでさえ鋭い眼光が刺すようにこちら見ていた。心臓がきゅっと音を立てて縮まったような気がした。


「……貴様、その口の利き方はなんだ!」」


 声を荒げ立ち上がったのは中将の左にいる中年の補佐官だ。ゆるゆるとしたアメロニアの態度が気に食わないのだろう。


「あはは、いやー、すいません。どーも苦手なもんで」


 アメロニアの態度に補佐官は怒りを募らせる、が、中将は補佐官に着席を促した。


「良い、奴は軍属でもないのだろう。我等には時間がない」

「……解りました」


 補佐官は素直に従う。絶対の信頼を置いているのだろう。


『ありがとうございまーす。器量のある人でよかったなー』


 アメロニアは言うと、老人たちに笑みを向けた。

 その言葉にラグリスはふん、とその口を歪めて笑みを作る。笑顔のはずなのに、なぜか凄惨だ。


「我々を試そうとする度胸は認めよう。その頭脳でこの街の守備を築いた功績も大きい。しかし、事を荒立てず物事を進めるなら言葉も選べ。時間は有限だ」


 ありゃ、見透かされちゃいました? あはは。と笑みを作るアメロニアは心底楽しそうだ。


『私の都合を押し付けた失礼をお詫びします。では、改めて説明を。まずは中将方にもご理解頂けるように、ざっくりと私達とモルガザード、アンドロイド、そしてアティカの違いを説明します。ご存知ない方も多い事でしょう』


 先ほどとはまるで違う人物のように、丁寧な口調で話し始めた。本当に演技だったのだろう。

 言うと、アメロニアはボードに人間 アンドロイド アティカ モルガザード と四角形になるよう記載をした。人間とアンドロイドが上で、アティカとモルガザードが下にきている。色々と書きたいようで、下の半分以上は空欄だ。


『まずは私達人間。私達が、アンドロイドを生み出しました。ここで言うアンドロイドとは、人間の簡単な命令をこなす自立型の機械ですね。これには軍事用の自立兵器も含まれます。反乱が起こった三年前までは世界各地に大量に普及していました。そして、その反乱を起こしたとされるのが――』


 モルガザードからアンドロイドに矢印を引き汚染、と記す。


『モルガザードです。モルガザードは自立思考型で、固有の思考プログラムを持ちます。いわゆる自我を獲得した個体、完全な人工知能と言っていいでしょう』


 それだけだったら良かったのですが、と加え、アメロニアは説明を続ける。


『ある時を境に、これらが軍・企業・個人・政府を問わず、ほぼ全てのアンドロイドを掌握しました。原因は不明ですが、【知性ある機械達をモルガザードと自称します】と宣誓し、人を滅ぼすと矢面に立ったアンドロイドが、ノアと名乗った事は有名ですね』


 何かの漫画やテレビのように、ノアと呼ばれるモルガザードが全世界の映像ツールを乗っ取って意思表明をした事は人類の記憶に新しい。

 恐怖と言い換えてもいいだろう。


 当然シュヒトもその様子は覚えていた。ノアと呼ばれたのは長い黒髪の東洋系美人、という雰囲気だった。数世紀前まで存在していたという国のハカマとかいう衣装を纏った、奇妙な存在だ。


『発表されたどのAIの外観とも違う容姿ですし、世界中のハッカーの攻撃を寄せ付けず、逆にハードウェアを破壊するなど防御・攻撃能力にも長けています。処理能力はヨタバイトクラス、或いはそれ以上と考えられます。最低でも、防衛設備の主プログラムの十万倍の予測ですね。直接侵入された際は、私のプログラムを持ってしても一分耐えるのが限界と予測しています。また、そのボディも非常に頑強です。先の宣戦布告の際、あらゆる火器で攻撃が加えられました。歩兵の持つ重火器は無論、車両搭載型の15kW級レーザー砲、対戦車ミサイル、1GW級レールガン、これら全ての攻撃を完全に受けきっています』


 モルガザードの脇にノア、と書き記し、王冠を描く。


『本体の攻撃力は未知数ですが、それ以外の部分だけを取ってもまさに女王と言えるスペックでしょう。また、ノアの指揮下に入ったアンドロイド達は全面的にプログラムを書き換えられていると考えられます。通常あるはずのロボット三原則が無力化され、攻撃的な性質が付与されています。ただ、これは火器類を使用するという物理的な意味であり、ネットワークを経由した攻撃にはあまり長けていません。通常の個体、或いは群体を並列処理した程度の処理能力ではアロウを陥落する事は不可能です』


 シュヒトは周囲を見て回るが、無論明るい表情をしている者は居ようはずもない。シュヒト自信も聞いていて嫌な思い出が蘇るばかりだ。


『以上のように、ノアという個体を中心とし、人類の脅威となっている知性を持つ機械達をモルガザードとしています。現段階ではノア一体しか姿を現してはいませんが、同時期に開発されたAIを持つユニットも行方不明になっているため、恐らくは他にも存在しているでしょう』

 アメロニアはボードのモルガザードの下に特徴、と書き記し、

・ノアを中心に構成 ・自立思考型 ・高度な演算処理能力(アンドロイドを億単位でハッキング)

・ボディが頑強 ・人類に攻撃的(ロボット三原則を無視)

 と記載した。


『さて、これの対抗手段として私が友人と協力し開発したのがアティカです。個別の発電形態を持ち、長寿命高耐久、高火力であり、ノアに対抗する手段を持つ者達です』


 言いながら、セールスのようにボードを生めていく。


『まず、その大きな違いは、思考回路が人間ベース、という事です。これは私が開発したものですが、ある装置で人間の発する電気信号全てを吸い上げ、バイタルスフィアと呼ぶ精神核にその個人を転移させる、というものです。そして一つ皆様に認識して頂きたい事がひとつ』


 どんどんとホワイトボードに単語が増えて行く。なかには“とてもすごい”など抽象的な言葉も幾つか。


『それは、絶対にハッキングができない、という事です。バイタルスフィアは精神のインストールをする直前までは、ただの金属の塊なのです。人の電気信号を読み取った段階で、ようやく輝き出します。そして、ここにプログラムが介在する余地はありません。プログラムがない、イコール、乗っ取りは不可能と考えて頂ければ幸いです』


 淡々と述べるアメロニアからは、自信や責任の重さは感じられなかった。ただ単に事実を述べている、といった様子である。


「それでボディはどうやって動かしているのだ? それにハッキングが無いと言うが、アウトプットはまだしも、インプットはどうなっている。アイカメラから得た情報などはプログラム化されていない、ということか?」


 ラグリスの脇、先ほど声を上げた補佐官が発言した。


『バイタルスフィアからは特定の電磁波と微弱信号が混ざったものが発振されます。特定の電磁波とは、ボディ内でしか届かない、ごく短距離でしか使用できないような電波を指します。外部からの流入を防ぐためのキーですね。これらの条件は、バイタルスフィアでなければ実現は不可能です。これによりアティカは個人を獲得していると言ってもいいでしょう。アイカメラなど外部の情報は光の波長をスフィア内で解析し認識をしています。外部情報をプログラムで読み取り、それを信号に変換する、という訳ではないのです』


 その言葉に、老人はふむ、と言葉を漏らした。


 シュヒトもアメロニアから説明を受けたが、その時は高度百キロメートル程の上空には電離層というものがあり、季節によっては、電離層に更に特殊な層ができるのだそうだ。スポラディックE層と呼ばれる層は、普段は電離層を通過するような電波を返してしまう事がある。それを使えば、普段は届かないような距離へ電波を届ける事が可能になる。


 要はスポラディックE層のように、ボディの中、『特定の箇所でのみ電波が使用可能になっている』と言われたが、いまいち理解が及ばなかった。


 シュヒトは結局、人間とあんま変わらないんじゃない? という結論で落ち着いたのであった。


『例外的にバイタルスフィアの演算を補助する為、第二の脳と言ってもいい演算回路がありますが、これは完全にバイタルスフィアに従属するものです。バイタルスフィアからの指示は受けますが、バイタルスフィアに指示を与える事はありません。簡単に申し上げれば人間と計算機のようなもので、計算機は人間を改竄する事はできません』


 その他にも、と続けて説明するのは躯体の頑丈さだ。バイタルスフィアの発振を伝番する事で光学兵器を無効化している、だとか、カーボンナノチューブ製の人工筋肉だ、とかカルビンという金属を使っている、だとか。


『と、色々申し上げてきましたが、最終的に私が言いたいのは、今まで乗っ取られた者や破壊された者がいないのは、これらの技術がある程度のレベルにあるからだと考えています。まだ短期間ではありますが、各地で実証を取っていますので、信頼して頂いて良いかと考えます。質問があればお受けします』


 最後の言葉に、手を上げる者はいないはずだった。最も重要視されるのは『裏切らないと保証できるか』の一点。ただ、その点についても、最後の一言で肯定されたようだ。半月戦場に出ているが、全く影響を受けていない。実績としては申し分ないのだから。


「質問、良いかね」


 挙手したのはラグリスだった。


『どうぞ、中将』


 アメロニアは笑顔で促す。


「それは、ロボットではできなかったのかね?」


 シュヒトはラグリスの質問を的外れだと感じた。アメロニアが言った通り、人間の発する信号を全て受け取って稼働するものだからだ。

 しかし、シュヒトの想像を裏切るように、


『いいえ、できました』


 アメロニアは笑顔であっさりと口にした。室内にどよめきが広がる。これまでの話の中で、そういった内容は一切含まれていなかった。


「ほう……」


 ラグリスの目が光る。


「……なぜそうしなかった?」


 その問いに、アメロニアはマイクを使うのをやめた。その顔に笑顔はない。初めて見せる真剣さ。


「そうしたほうが救われる人間もいるだろう、という考えです。部隊の中には傷病が原因でアティカになった者も居ますが、それは未来ある人間を残したいという想いに起因します」


 ラグリスはアメロニアの様子を観察しているが、言葉が見当たらなかったようで発言はない。


「本当の所を言うと、もともと私は義肢や介助機能付きのパワードスーツを製作していました、と言えばいいでしょうか。アティカも元々は人の失われた機能を補助をするものとして開発を始めたのです。結果的には全て機械化、という事になりましたが、それでも救えた命がありました。あまり多くの私情を述べるのは避けますが、ひとつだけ。今でも悩まない日はありません。それでも、私は実行に移すべきだと考えたのです」


「人の可能性に掛けたかった、という事かね」


「仰る通りです。アティカとは造語ではありますが、古を未来に届ける人という願いを込めています」


 語られた言葉は決して多くないが、しかしラグリスには色々なものが見えているのだろう。

 深く一つ頷くと、その口を開く。


「スペックシートを見る限りでは、戦術核並みの働きをする者も居るようだ。その扱い、誤る事は許されぬ」


「承知しています。ただ、万一にも首輪を起動する事はないでしょう」


 シュヒトの返答には自信が溢れていた。決して使うことなどないのだと。

 首輪。それは唯一の枷である。特定の文字列と信号を起点として起動する、破壊プログラム。一度起動すれば体内へと浸食し、発電機(ジェネレーター)を破壊する。バイタルスフィアも電力の供給が無ければ無力である。

 人であると言いながら、その命に枷を付ける。矛盾しているようだったが、強大な力に制約は必要だ。


「イベリス君、首輪に不満はあるかね」

「いえ、ありません。私の行動理念であれば、この首輪が起動する事はありえません。ただ……一つ申し上げるなら」


 イベリスは無い胸を張って答えたが、最後はやや不満そうになる。シュヒトは意外に思ったのか、心配そうにイベリスを見つめる。


「ほう、何だ」


「……もう少し、可愛いデザインにして欲しいです」


 アメロニアのほうをちらりと見ながら、イベリスは俯いて答えた。

 その姿に虚を突かれたのだろう。ラグリスは豪快に笑い声をあげた。つられて、補佐官や護衛官、着席している将校も笑いをあげた。

 ラグリスはひとしきり笑うと、咳ばらいを一つ。


「失敬。不満がそれだけとは、謙虚な事だ。アメロニア博士、可能ならデザインを再検討してやってくれ」


 わかりました、とアメロニアは笑顔で応える。


「首輪が起動せぬ事を願おう。……ロウズ中佐、他に質問がなければ採決を」


 そう促す様は元の通りであったが、場には安心感のようなものが流れていた。


「では採決を――」


 ロウズが口を開いた時、それは起こった。

 凄まじい爆発音がしたかと思うと、続いて建物への衝撃。

「何が起こった!! 情報収集急げ!」

 ロウズが部下に指示を出し、対応に当たる。

「ゲストの皆様は情報が確認できるまで地下へ退避を」

 ラグリスも頷き、部下を連れて移動を開始する。

 そこへ、警報が一つ流れた。


『緊急警報発令。砦内に侵入者。モルガザードと推定されます』

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