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Losers <鈍色のアルゴリズム>  作者: 畦道半
第一章
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第五話 『悩み相談』

 気付けばシュヒトは隊舎に帰っていた。夕暮れともあって気温はだいぶ下がっている。ここ数日の中ではかなり快適なほうだ。

そんな作業が捗りそうな空間の中、シュヒトは資料を作成する姿勢で、フリーズしている。

 シュヒトの頭の中を占めるのはイベリスの事ばかりだった。


 結局は何も言葉にできなかった。

 イベリスをどこかで強いと思ってしまっていたのか。人という枠を超え、力を手にした存在だと思っていたのか。


 過ごした時間は決して長くない。けれど、コミュニケーションは続けてきたはずだ。特にイベリスが心を開いてくれるまでは、長い時間がかかったものの、確かな絆が生まれたと思っていた。

 しかしそうしてアティカになる前も、アティカになってからも、戦場に出てからもイベリスは一度も弱音や不安を吐かなかった。


 たった二年の付き合い。しかも戦場に出てから僅か十五日。

 短い時間で解る事など何もなかったはずなのに、何を勘違いしていたのだろう。少しの軽口を言い合える仲になった程度で何を考えていたのだろう。なぜもっと彼女や彼等に何もしてやらなかったのだろう。

 何を思い付きでデートなんかに誘っていたのだ。何を浮かれていた。


(俺は、本当にイベリスを見ていたのか?)

 見ていた、はずだった。イベリスを最初に見た時、彼女を守りたいと思った。一目惚れだったと言ってもいい。儚く脆い少女を助けたいと思っていたはずだった。

 けれど、いつから忘れていたのだろう。感情を露わにする事は少なかったけれど、決して笑わない少女ではなかったはずだ。

 いつから見失っていたのだろう。ヒトであることを捨てたが、それはあくまで体の話であり、心ではない。

 ずっと気付かなかったのだろうか。彼女は感情という心を捨てたのではなく、捨てさせられようとしていたのだ。失おうとした。そういう状況に追い込まれた事で。

 最初から、何も見えていなかったのではないか。


 とりとめもなくそんな事を考え続けるシュヒトは

「元気出せやオラー!!!」「をぶっ!」

 突然の声と共に、壮大な音を立ててデスクに頭突きを繰り出した。クリーンヒットだ。とても痛い。


「何す――」

 鼻を押さえながら振り向いたシュヒトの前には、巨大な人影がそびえ立っていた。

「フェネルさん!」

「ふはは! 後ろからでもはっきり解るほどマイナスオーラが凄いぞ!」

 フェネルと呼ばれた男はシュヒトの背を太鼓代わりに笑みを作る。


 アティカの一人。名前をワイルドフェネルという。午後にメンテナンスをしていたアティカである。アメロニアに頭を下げ、フェネルには事情を説明し、抜け出した。その時にイベリスと同行で内地を回るという説明をしていたのだ。


 フェネルは身長、体格がシュヒトの倍はあろうかという偉丈夫である。さして高い天井というわけでもないが、頭は擦れそうなほど近い。肉食の獣を思わせるような風貌で、その金色の髪は獅子のたてがみのように荒ぶっている。

「さてはフラれたな! そう落ち込むな!」

 しかし、荒くれ者に見えて気遣いはする男であった。

 例に漏れずチョーカーをしているが、直径がイベリスの三倍以上あるらしい。

 普段はひとつ西にある砦、ゼクトが主な担当である。大柄なのが影響しているのか、救助者数はアティカの中で一番多い。


「ほっといてくださいよ……というか、あれ。カルミアさん見ませんでした? あの人のほうが先に来ると思っていたんですが……」

 カルミアはフェネルと一緒に呼び出したアティカの一人だ。

 スケジュールではカルミアさんのほうが早く着いている予定だったんだけどな、とシュヒトは首を傾げた。

「ああ、アイツは――」


 フェネルが口を開いたとき、建物正面のドアが開かれる音がして、人影が入ってきた。

「ごめんごめん、ちょっと遅くなっちゃった~。カルミアさんも来たよ~」


 語尾を伸ばしながら廊下の影から躍り出たのは小さな女性。に見えるのだが、フェネルの奥にいるせいで小さく見えているだけで、身長はシュヒトトほぼ変わらない。


 背中の中ほどまで届く茶色の髪と、柔和な笑顔が印象的。おっとりとした印象だが、衣装はわりと大胆だ。

 だが、優しげな風貌とは裏腹に、その速度はアティカ随一。まだ主要装備が実装されていないにも関わらず、その最高速度はマッハ2に到達する。


 上半身にフィットする薄紫のシャツと、極めて丈が短い紺のホットパンツ。私服というわけではなく、戦闘服。伸縮性と断熱性に富む合成素材でできている。高価な分、布面積を減らす為、本人の意図とは別に、大胆な恰好になってしまっているのだ。


 カルミアの担当する地域では、防御の重要性より速度の重要性が高いため。障害にならないよう装甲は持っているようだが、数日で装着するのをやめたのだ。

 おっとりとしているように見えて、判断能力と決断能力は高い。


 フェネルもだが、見た目と中身が合致しない部分がある。どこかちぐはぐなのだ。


「カルミアさんも、ありがとう」

「ふふ、しゅーちゃん元気ないね~。いいこいいこ~」


 ぎこちなく笑ったシュヒトの頭を、カルミアは笑顔のまま撫でた。

「ちょ、やめ……!」「あはは、てーい、てーい~!」

 彼女はいう事も聞かず、シュヒトの頭を楽しげにぽんぽんと叩く。


「その程度にしといてやれ」

 フェネルはカルミアを窘め、ソファ(鋼鉄製)にどかっと腰掛けた。カルミアも続いてとなりにちょこんと座るが、フェネルとカルミアが二人座ってもぎしりとも音を立てない。頑丈なものだ。


「それで、私達を呼んだ要件は? アニー、何も言ってなかったよ~?」

 シュヒトはアメロニアに内容を伝えていたが、時間がないのだろう、とも思っていた。


 試験部隊の隊長はシュヒトだが、まだ開発から手を離れきっておらず、アメロニアが管轄しているため、技術面の資料はアメロニアから提出をして貰わなければならないのだ。

 シュヒトが依頼をした時は平気な顔で「おっけー、やっとくさー」などと言っていたのだが。


「ま、候補は幾つかしかないと思うがな。ひとつ、ユニットの配置変更。ひとつ、任務形態の変更、ひとつ、武装解除。だいたいはこんなもんだろ」

「話が早い。武装解除に関して、明日会議を行います。お二人には会議に参加して頂きたいのです」

「理由は……まぁイイコトすんのに理由はいらんか」

 察しの良いフェネルの発言を受け、シュヒトの表情が少し緩む。

「助かります。二人には会議で――」


「ううん、欲しいと思うよ」

 カルミアはシュヒトの内心を見抜いたかのように、あっさりと否定した。瞬間、シュヒトの表情が瞬く間に硬直する。彼女の語尾はもう伸びていなかった。

 

 続くカルミアの口上は、シュヒトにとっては辛いものだった。

「だって、私達の部隊なんて結成してまだ半月だよ? たしかに辛い事は多いし急がないといけないのはみんな知ってるけど、どうしてしゅーちゃんがその結論に至ったかはちゃんと説明してほしいな。それに、しゅーちゃんが一番気にしてるあの子がここにいないのは、きっとよくないことなんじゃないかな」


 シュヒトの心にカルミアの言葉がぐさぐさと突き刺さる。

「カルミアさん、僕達にはもう時間がないんです。だから早くしないと……」

「それって明日の会議までの話かな? そうじゃなければ時間はあるよ。アイギスの塔がある限り、ね」

 アイギスの塔があれば、大抵のものは迎撃できる。それが例え核ミサイルであってもだ。


「でも早くしなきゃいけない。人が毎日大勢死んでるんです。それを僕達が何とかできる」

 シュヒトは焦り説得を試みるが、カルミアは横に首を振った。


「言われなくても知ってるよ? しかもそれって、メカさんたちの工場をなくして陣地を拡大したくて戦線を広げて死んでるんだよ? 街の近くで戦えばたくさん死なずに済むかもしれないのに。ある意味自業自得だよね? その自業自得の人達を助けた結果、なんの罪もない人達が私達のせいで死んじゃうかもしれない。検査をちゃんとしていたら不具合が見つかるかもしれない。焦ったことでいろいろ失っちゃうかもしれない。だから私は反対かな~」


 現実を見てきているはずのカルミアは、至極冷静に言い放った。今やカルミアの表情に笑顔はない。


「おいおい、そりゃあんまりだろ……」

「しゅーちゃん、私がなんでこんなに言うか、わかる?」

 さらりとフェネルの事を無視し、カルミアはシュヒトの顔を覗き込み問い掛ける。

 心配そうに見つめる彼女に、シュヒトは観念したように言い放った。

 命を秤に掛け否定された時点で、他に話を進める事は難しいと判断せざるを得なかった。カルミアが求めている理由は、そこにはないのだ。


「……まずは、すいませんでした」

「うん」

「一瞬、黙ってしまおうかと思いました」


 フェネルに言われて、とは口に出さなかったが。


「武装解除については動議をもう掛けてしまっていて、別の手段を取るために二人にお願いをしてしまいましたが……それは逃げているだけでした」


 シュヒトは二人に、会議への参加は、イベリスの代わりになって貰うつもりだったと告げる。

 カルミアはその言葉に笑顔で首肯をひとつ。


 シュヒトはそこから、武装解除をすると決意した話、イベリスとの話。彼女の心の問題に関する具体的な説明は避けながら、彼女との間に起きた事を話した。自分の想いも交えて。


 カルミアはうんうんと頷いて聞いていたが、最後まで聞き終えると。

「それで、しゅーちゃんの気持ちはどうなの?」


「俺は……それでもやっぱり武装解除をするべきだと思います。みんながハックされたり暴走したりする事はもう無いと思えます。そして、何よりも力を手に入れて、人が生きやすい世界を取り戻したい。イベリスが戦わなくて済むような世界を取り戻したいです」


 イベリスに頼らなくてはならないというのは、今は割り切るよりほかにない。シュヒトは内心で情けなさを覚えていた。


 しかしカルミアはその問いに満足したようで、

「しゅーちゃんの本音が聞けてよかったよ~。あと、頼りにしてくれてありがと~」

 と満面の笑みで答えた。


 本音。カルミアが計っていたのはシュヒトの正直な気持ちだったのだ。部隊を動かす上で本当に必要な事なのか。本当にそれが大丈夫なのか。


 隊長とはいえ、シュヒトには実力・適正共に不足している所が多分に見られる。

 しかし、試験部隊だからこそ、人を捨てるような人々の部隊を纏める者だからこそ、人間らしさが大事なのだ。

 迷いや悩み、そして正直な気持ちを表にすること。シュヒトは隊長になった時、それを表明していた。しかし、口にするだけではなかなか思い切れないものだ。


 カルミアも意地悪く言ったわけではなく、再確認のようなものだろう。自分達のリーダーに求めるもの。その事を忘れないでいて欲しいという願い。


 ただ、命を預ける隊長が優柔不断の坊やでは話にならない。成長して貰わなければならないのだ。

 表面だけの言葉に従うだけでは決して良い未来は見えてこない。カルミアはその事をよく知っているのだ。


「会議はどうするの~?」

「イベリスの意見を聞いた上で、部隊としてどうするかを決めたいと思います」

 笑顔での問いに答えたシュヒトの顔には、もうマイナスオーラは漂っていなかった。


「うん。そうだね~。会議へはベリちゃんが参加したほうがよさそうだし~」

 カルミアも満足したようで、それ以上は何かを追求するつもりはないようだ。


「お二人とも、本当に、すいません。お悩み相談に呼びつけただけになってしまって」

「ま、俺の事は気にすんな。何もしてないがな! ふはは!」

 フェネルは豪快に笑い、だが、と続けた。

「しかしお前さんは隊長なんだ、もっと堂々としてりゃいい! 俺達を使ってみせろ!」

「部下に気を使われる上司になっちゃいけないですね。頑張らないと」

 フェネルの気遣いに、シュヒトは頭を掻かざるを得なかった。


「反省するのもいいけど、早くベリちゃんとこ行っておいで~。やらなきゃいけないこともいっぱいあるだろうし~」

 そしてカルミアは、あっさりと告げた。

「あのこ、今建物の裏手にいるから~」

既に四苦八苦しながらであります。


彼女達の戦闘デビューは一体いつになるのか……?

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