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Losers <鈍色のアルゴリズム>  作者: 畦道半
第一章
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第四話 『本当の気持ち』

「っ、っくっ」

「……もう笑わないで」

 イベリスが不貞腐れてしまった。今彼女は通りを外れた細い路地で、三角座りをして伏せってしまっている。

「何であんな事になったのさ」

 笑いを堪えながら、イベリスに尋ねる。

「表情をロックしていたから。でも、驚き過ぎてロックが緩くなった。で、表情が変わった所でシュヒトに見られて、変な表情のままロックしてしまった」


 シュヒトが爆笑する理由がわからず、呆けた表情のまま「なんで笑っているの」とか「おかしな人」とか、指摘されるまでその事に気付かず、平静を装おうとしていた。 

 それがあまりにおかしくて、シュヒトは笑いを堪えながら指摘するのが大変だった。


「こんな事になるなんて。まだ体の操作がうまくできていない証拠。エラーを修正する。少し待って」

 うぅ、と顔を上げてシュヒトをちらりと見るが、その眉根は下がっていた。表情のロックは解除されたようだが、固定とまではいかず、今は感情が表情にも現れているようだ。

 本人はそれが気に食わないらしいが。

 こんなイベリスを見る事ができるなんて、誘い出して良かった、とシュヒトは笑いながら思っていた。貴重なシーンだ。ただ任務報告をしているだけでは絶対に見えないこと。


 サソリ自体は珍しいものではない。だからイベリスが驚いたのは、フレンドリーに声を掛けられた事によるものだろう。

 まさか自分に声を掛けてくるなんて、と。


「表情のロックなんて、しなくていいのに」

 イベリスは生身の頃から表情があまりなかったために、アティカになっても変わらないと思っていた。しかし、その要因が、わざわざ表情を固定していたとは。シュヒトも想像していなかった事だった。

 しかも話を聞いた限りでは、普段からずっとロックをしていたようだ。


「だめ。だって、表情をロックしないと戦えない」

 気軽に言ったシュヒトに対し、イベリスは頑として告げた。

「俺達は戦っているわけじゃない。人助けをしているだけだ。だから別に――」

 気楽にしていればいい、と言おうとしたが、続かなかった。

「人助けだって戦い。それに――」

 イベリスに遮られたのだ。彼女はシュヒトの言葉を遮って述べたあと、きっぱりと告げた。


「素直に感情を出す事が正しいとは思わない」


 その言葉に、シュヒトは心を押し潰されそうになった。人助けも戦い、と言われた所で自分の甘さを痛感し、感情を殺さなければならないほど過酷な現場だと知らされた。

 解っていたつもりなのに、全く理解していなかった。

 そしてイベリスはただ単に感情表現が薄いだけではなかったのだ。自ら制御し、それを振る舞っていた。自らの感情を押し殺していた。

 

 混乱する頭で、シュヒトはどうにか言葉を絞り出す。

「……じゃあ普段も表情を隠していたのは?」

「別に、理由なんてない」

 きっと嘘だろうとシュヒトは直感した。疲れや甘えを見せたくなかったのだ。けど、そんな事が続くはずがない。続く一言はもっと甘えて欲しい。そういう意味を込め、シュヒトは言葉を放った。


「もっとヒトらしく振る舞おうよ」

 しかし、言葉の選定を誤ったとシュヒトは直後に後悔した。

「――私はもう、ヒトじゃない。ヒトは私を見ると驚く、怖がる。蔑み罵る。ヒトだったくせに、その身を堕としたと呪言を賜る」

 返るイベリスの言葉の重さと音の軽さに、シュヒトは絶句した。


「初めは戦場の銃弾も、爆弾も、レーザーも何もかもが怖かった。でも私が怖がっていたら相手も怖がる。焦ったら相手も焦る。だから表情を隠そう、そう思っての事だった」

 シュヒトはその言葉を聞いて、頭を殴られたかのような衝撃を覚えた。

 アティカはその独自のコアの構造上、レーザー等の光学兵器は通用しない。コアがレーザーの周波数を霧散させる手段を持っている。

 イベリスはその中でも特に優秀な性能を備えているため、恐怖などとは無縁だとシュヒトは思っていた。

 

 しかし、普通に考えれば戦場が怖くない訳がない。

 シュヒトはイベリスを人間だ思っていた。しかし、心の底ではイベリスを人と思っていなかった。いや、本当に人だと思っていたのだろうか。人だと認識したから、衝撃を受けたのだろうか。

 シュヒトはヒトらしく振る舞う、ではなく、せめて機械らしく振る舞わなくてもいいんじゃないか、とか、笑うイベリスのほうが好きだとか言っておけばよかったと、後悔していた。

 せめてもの救いは「私はもう、ヒトじゃないの?」と言われなかった事だろう。


「銃弾や爆弾、光学兵器はもう怖くない。けど、私は人を助ける時がいちばん怖い」

 シュヒトは最早、何も言う事ができなかった。


 イベリスはそのまま、とつとつと語り出す。今まで表情と一緒に溜め込んでいたものが、溢れかえるように。


「まずお父さんとお母さん、お兄ちゃんが死んだ。逃げる途中にアヤもミランダも、他にもたくさんの人がわたしの目の前で死んだ。ようやく逃げられた先、孤児院でもいっぱい死んだ。餓死、病死、殺し合い、何でもありだった」

 震える声でイベリスは語る。顔を伏せ、表情を隠して。

「守れると思って体を捧げたのに、わたしに押し付けられたのはまた死だった。いっぱい死ぬ。このひとは助けられるのかな、このひとはもう助からない。助けられた人からは負け犬と呼ばれて」


 負け犬と呼ばれるのは別にいいけど、と付け加えたが、言葉には自嘲の色が滲んでいた。


「そして、死にゆく人からの言葉はもっと重い。恨みつらみだったり、懺悔だったり、後悔だったり、いろんな声を聞く。けど、わたしは彼等になにも、なにもできない」

 だから、と彼女は言葉を綴る。

「死んじゃうかも。嫌な事を言われるかも。でも生きてほしい。死なないでほしい。もっと助けたい。感謝してくれたっていいのに。いろんな気持ちが混ざり過ぎて、わけがわからなくなっちゃう」


 その言葉に、シュヒトは絶句するしかなかった。数字として報告されるだけではない戦場の経験者。無力だと自覚しているイベリス達はどれだけ苦しいのだろうか。


「……わたし……だから……感情なんて……」

 イベリスはそれ以上、喋る事ができなくなってしまった。そこには涙する少女がいるばかり。


 シュヒトが見失っていた――いや、今まで見る事ができなかった、本当の姿。

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