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Losers <鈍色のアルゴリズム>  作者: 畦道半
第一章
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第三話 『露店で見つけたもの』

 鈍色の空の下、シュヒトは隊舎という名のプレハブ前で待っていた。湿っぽさと熱さに嫌気を感じていたが、隊舎内では落ち着かず、出てきてしまったのだ。

 白のシャツに緑の迷彩パンツという簡素な服装。


 イベリスはまだ隊舎内だ。シュヒトはひとりそわそわしながら、ぶつぶつと呟いていた。

「どこに行こう、なんでこんなに落ち着かないんだ。いや、巡回ってだけなんだから落ち着けば。そもそもフェネルさんは何であんなにからかってきたんだ。いや、それよりも行く先……」

 

 同じ場所をぐるぐると回りながら、シュヒトは一人で勝手に慌てている。

最後の地上都市なだけあって、街の外れでは資源採掘のために掘削も行われている所があり、地下には食料の生産プラントがあり、前線を伸ばすために壁の拡張工事を行っている所があり、外装の修復を行っている所もある。

 

 そして、中心部に行けば商業も活発だ。街の中心にはこの街を守る最強の塔も鎮座している。今の距離からでも十分に見えるのだが、近くまで行けば迫力のある見物になるだろう。


(どこか行きたい所なんてあるんだろうか……)

 しかし、イベリスが行きたい所となると話は別だ。見どころがあっても、イベリスがそこに行きたいのか? と問われた所で、イエスと答えられる自信をシュヒトは持ち合わせていなかった。

 しかし、思考を巡らせている内に――


「あ、そう――」「おまたせ」「おぉいぃょぉぜんぜんまってない!」

 ――思い付いた所で虚を突かれ、シュヒトは不審者と化す。

「ふぃー、ふいぃー」

シュヒトは息を正し、ぐ、と腹部に力を入れた。顔を真っ赤にしながらイベリスに向き直り――

「おはっ!!」

――絶句した。


 ひとりの少女がそこにいた。彼女が着ていたのは、質素な白いワンピース。

 普段は鎧やスーツ姿ばかり見ているせいか、彼女が強い存在であるという事を理解しているはずなのに、そこにいるのは一人の年頃の女の子にしか見えなかった。人である事がどこか遠かった彼女が、服一つを変えただけで急に女の子になっていた。


 靴もどこから持ってきたのか、簡素な白いサンダルに履き替えているし、首元にはチョーカーを隠すためだろう、空色のストールが巻かれている。

 

 もともとアティカは砦から内側を巡回する場合、軍人としてではなく一般人として振る舞う事になっている。だからこういった衣類も支給されてはいるのだが、シュヒトはその恰好を見た事が無かった。


「……? シュヒト、顔紅い」

「い、いや何でもない!」

 イベリスが覗き込むように、シュヒトのほうを見て、

「私のセンサーでは照れていると出ている」

 普段の無表情で、突き刺した。


「おーまいがっ!」

 イベリスには各種センサーが付いている。バレていて当然。その事に思い至り、シュヒトは思い切り頭を抱えた。パニックは深くなるばかりのようだ。

「おーまいがって……うそなのに。今はセンサー、ぜんぶ切ってる」


 その一言に、ハメられたと知りシュヒトはがっくりと肩の力を落とす。

「っつ、うぁー」

 羞恥心が膨れ上がり過ぎて、言葉にもならない。


「でも、うそってわけでもないかも。だって、まるわかり」

「うぅ……」

 ダメ押しの一言でシュヒトが俯いた所で、イベリスの表情がはっきりと変わった。しかし、シュヒトはイベリスの顔を直視できなかった。残念ながら、見る事ができなかったのである。


シュヒトの悶絶する様子を見たイベリスは――

「人差し指つんつんしている人、初めて見た」

 ――の表情と共に、そう述べたのだった。

「もうやめてくれえええええええ!!」

 シュヒトは背の後ろに手を隠し、そう言うのが精一杯だった。




 ああ、笑いをこらえるのが大変。機械の体なら何とかなる。表情をロックしてしまえばいいんだから、と思っていたが、甘かった。

 さっきのは危なかった。でもシュヒトも見ていなかったし、いいのかな。感情抑制も、まだまだうまくいかないなぁ……。

 笑ってはいけない。笑ってはいけないのだ。

 もう、感情は表に出さない。私は兵士であり、兵器なのだから。

 

 そう言い聞かせて、イベリスは今回の『任務』にあたる。




 結局、シュヒトはイベリスを連れて街中を歩き回ることにした。最後に行くところは、別に大した時間を使う所でもない。しかも隊舎からそう遠い場所でもないのだ。

「とりあえずは内地に行こう」


 以前イベリスが巡回に出た時は、外周を回ってきたという報告があっただけで、内地のほうへは行っていない。まだ見た事がないはずだった。


 街の中心部へ歩いていくと、最初に見えてくるのは白亜石で作られた簡素な診療所。

外地に近ければ近いほど物価、地価は安くなり、弱者が住まう地域になる。そんな所で、お金に困った人を助ける良心的な診療所。シュヒトも何度かお世話になっていた。


 砦に最も近く、何でも診療する優秀な町医者。軍にもスカウトされたが、外地の人を診療するために断ったという噂がある。

「ここ、前に何度か行った事がある診療所。リーシアって先生が一人でやってる。でも今日はいないみたいだな。多分また外地で診療してるんじゃないかと思うけど」

 訪問診察中、と書かれた札が入り口に掲げてあり、手書きで『ごめんなさい。御用の方はこちらのボードに』と矢印が引かれている。矢印の先には椅子に置いた黒板があり、要件がびっしりと書き込んであった。

 シュヒトはリーシアの顔を思い浮かべ、大変そうだと苦笑する。


 そうなんだ、と口にするイベリスに対しシュヒトは続ける。

「いい先生だから紹介したかったんだけど……仕方ない。今日は沢山見て回ろう。俺達が守る街がどんな所なのか、しっかりとこの目で見よう。良い所も、悪い所も」

「うん。どんな人達がいるのか見てみたい」

 言って街中に向かう二人の足取りは軽やかだ。

 曇り空という最高の天気が、シュヒトには嬉しかった。


 ミルゴスの町は閑散とした遠外周から、露店や生活に影響の少ない設備や資源のある外周、堅牢な建物に守られた内地、そしてその中心部に存在する防御設備になっていく。


 食料や衣類は地下で生産しているという噂だが、その規模や出入り口などは公開されていない。塔の地下にある、という見方が多いようだが。


 二人は街の中心部である内地へ行き、買い物をする事にした。

 内地が近付き、露店が増えるにつれて、人通りが多くなり始める。


「いらっしゃいいらっしゃい! 今日はヤギ肉安いよ!」「高い高い! まけてくれよ!」

「ウチでしか入手できないワケあり野菜! どうぞ買っていってよ!」「ワケの内容は?」

「培養サラダいらんかねー」「一つくれ!」


 がやがやと非常ににぎやかだ。シュヒトはそれを心地よく感じていた。爆音のにぎやかさより遥かに落ち着く。

「もう少し進めば軍関係者向けの販売店が――」

 そこで少し買い物を、言おうとシュヒトが後ろを向いたところで、事件が起きた。

「おう嬢ちゃんサソリ揚げ喰うか?」

 ごつい体格の店主が、絶妙に揚がった香ばしいサソリをイベリスに差し伸べたのだ。

「ひっ」

 イベリスはびく、と驚きの表情を見せ固まる。

 シュヒトがぽかん、としていると、イベリスもそれに気付いたのかシュヒトのほうを向く。表情はそのままに。

 シュヒトのほうを振り向いたイベリスは「あ、しまった」という表情になり固まると、

「……見た?」

 口を閉ざす事なく、ぽかんとした表情のまま、平坦な声で告げた。

 シュヒトはその姿に耐えきれず、ガヤ真っ青の音量で大爆笑した。

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