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Losers <鈍色のアルゴリズム>  作者: 畦道半
第一章
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第二話 『デートのお誘い』

 翌日午前。砦の地下にある研究所で、シュヒトはイベリスのメンテナンスに立ち会っていた。


 四日に一度のメンテナンス。

 アティカはまだ未確立の技術という認識で、信頼性が薄い。無論、道徳面で問題があるという事も拍車を掛ける要因の一つだろう。 

 ボディが機械という事もあり、メンテナンスを兼ね、ハッキングや造反、精神の暴走が起こらないかチェックが行われている。

 アティカは八人いるため、一日に二人といった具合だ。


 巨大な検査室とモニタリングルーム。検査室を見下ろすような恰好のモニタリングルームの硝子越しに、シュヒトはイベリスを眺める。


 省電力で灯りを落とす中、透明な管の中、溶液が淡い輝きを放っている。溶液の中では淡い発火が幾つも見られ、その中にイベリスは浮いていた。

 管の一部はボディ全体が見えないよう、擦り硝子を表現する映像が映し出されている。


(彼女達を尊重する意志があるんだかないんだか)

 そんな事を考えながら、装置に目を這わせる。


 透明な管の上下には大掛かりな機械が取り付けられているが、その様子はカボチャを上下で半分に割り、割面を上下逆にしたような恰好。その間に管があり、イベリスはその中に入っている形だ。


「ボディチェック完了。全ての機能は正常。ナノマシン製造装置は絶好調。メンタルチェック入ります」

 赤く縁取りされたモノリスのようなものを操作しながら、検査員の男が言葉を発した。これだけ大掛かりな装置を使用するのに、人員はシュヒトを除き僅か二人である。

 

 検査員と――

「オーケー。じゃあシュヒト、いいよ」

 ――白衣の女性。


「解りました」

 シュヒトの頭には、昨日のやり取りが頭の中に残っていた。いつまでもメンタルが正常でいられるのだろうか。あんな事をしていたら、普通の人間だって支障を来すだろうに。どうして平気なのだろう。


「難しい顔してるねぇ、シュヒト。ここには私とアンタしかいないってのに」

 そんな事を考えているシュヒトの耳に女性はすっとシュヒトに近寄り、耳に息を吹きかけた。

「っう!?」

「オレも居ますよ、アメロニア博士」

 シュヒトがびく、となったところに検査員が割って入った。やれやれ、と言わんばかりの調子で、男は肩を落とす。


「おや失礼」

 言って、アメロニアと呼ばれた白衣の女性は快活に笑った。 

 野性的な雰囲気の女性だ。根本が金色、先が赤の長い髪を後ろで一まとめにしている。

 身長はシュヒトよりやや高く、体つきもすらりとしているが、要所要所は他人から憧れを持たれる程度には豊満だ。

 このご時世において、染髪はそうそうできるものではない。彼女が金と権力を持ち合わせている事は容易に知れた。

 白衣を身に付けているが、これは彼女の趣味である。医者というわけではなく、衣類を選ばなくていいという理由だけで着ているもの。

 身長にはコンプレックスを持っているのか、アティカになったら身長は低くしたい、と言うのが口癖。

 容姿の通り気の強い性格で、シュヒトはいつも困らされていた。


 アメロニアはけらけらと笑うと、シュヒトの肩をばしんと一撃して声を掛ける。

「まぁ、そう緊張しなさんな。何かあったんだろうけど、それも含めて普段通りにしてりゃいいさ。そういう人間らしさを見る場でもあるんだ。アンタが心配する事は何もない」

 アメロニアの言葉を受け、シュヒトは目を見開いた。

 ――人間らしさ、か。


 今までの事に思いを巡らせると、結論はあっさりとシュヒトの口から飛び出した。

「そうですよね。イベリスだって悩んだり迷ったりしている。たぶんきっと苦しいんだと思います。僕はもっと――彼女に楽にしてもらいたい」



 助けてあげたい、というのは傲慢な気がして言葉を変えた。

 昨日の問いと謝罪の言葉。あの少しのやり取りにだって、イベリスの感情はあった。苦しいと言わなくても、苦しいなら手助けをするのは僕だ。

 イベリスと話をしよう。いや、イベリスだけじゃない。他のアティカ達とも。

 そして彼女達がいかに人間らしいかを見て貰う。無力なんかじゃない。彼女達がどうするかは僕の努力に掛かっているんだ。

 シュヒトは隊長としての任を果たすべく、覚悟を決めた。



「うし」

 アメロニアはその様子を見て再び笑った。その笑顔には全く曇りや心配などの気配はない。

 イベリスに不調が見つかれば破棄の恐れもある。開発者である彼女は当然それを知っている。けれど、そうはさせないしならない。そんな自信をシュヒトは笑顔の中に見た。

 ――進もう。時の流れに身を任せるのではなく、自分達でしっかりと、時計を進めよう。

 シュヒトは一つ大きく頷くと、マイクを前に語り出した。

 


「気分はどう、イベリス」『……普通』

「昨日はごめん」『何が?』

「イベリスが辛いのに、何も話を聞いてあげられなくて」『別に……辛くない』


 会話は進むが、シュヒトはイベリスの返答に手ごたえを感じていない様子で、少し焦りを感じているよいうだった。イベリスの声には静かな怒気が含まれており、シュヒトはスピーカー越しにその空気を感じ取っていた。


「今はまだ、軍の人達を助けてくる事しかできない」『……』「でも」

 ――けど、気持ちをぶつける。それだけはしなくては。きっと気合があれば何とかなる。通じてくれる。

 シュヒトは信じて口を動かす。

「僕は――俺はその期間を目いっぱい短縮する。決められた時間なんかには従わない」

『ふうん……それで?』

(折角一人称まで変えて頑張ったのに!)

 シュヒトは内心で叫び、一瞬言葉に詰まった。

 甘さを痛感した。気合だけじゃあだめだったか、イベリスの怒りはもっと深いのか。


 そうも思ったが、しかし口はシュヒトの意志とは無関係に言葉を紡いでいた。それしか正解がないとでも言うように。

「俺は明日、君達の武装解除を進言するために会議を開く。だからイベリス――デートしよう」 

『……え? ……んっと……』

 イベリスの声はどこかきょとんとしたような、呆気に取られたものだった。


 シュヒトは小さく「何言ってんだ俺!」と声を上げたが、思い直したようで、眉根を寄せてマイクに向き直る。

「そ」口を挟もうとした検査員に、アメロニアが無言で蹴りを入れる。シュヒトは気付かなかったようだが。

 アメロニアはニヤニヤしながら、検査員にチョークスリーパーを極めつつ様子を眺める。


「デート、って言ってもそんなに重く捕えないで欲しい。あくまで、これから街巡りを俺と一緒にしよう、ってだけさ」

 砦から内側を巡回するタイミングが、八日に一度だけあるのだ。巡回という名目の半休。そこを利用して、一緒に街中を歩こう、という提案だ。

『……はい』

 イベリスもそれに気付いてか、一転して怒気を孕んだような声になった。シュヒトはその声に気圧され、疑問を抱いていた。――そんなに気に障ったのか?

 シュヒトは冷や汗をかきながら、しかしきっぱりと、自分の意志を告白する。


「でも、俺はそんな事を抜きにして、イベリスと一緒に過ごしたい」

 素直な気持ち。以前からずっと一緒にいるのに、どこにも行った事がない。だから、デートという言葉は必ずしも全て嘘、という訳ではなかった。

(俺とイベリスが釣り合う訳、ないんだけどさ)

 ただ、内心で卑下しているので、本気で、という訳でもなかったのだが。

 恐る恐る返事を待つシュヒトに下されたのは。


『……うん』

 イベリスらしからぬ――いや、本来の感情なのだろう。嬉しそうな響きが僅かに篭った声を聞き、顔に自然と笑みを浮かべた。

 他のアティカについては進言ができないかもしれない。何せ思いつきだし、時間がない。

 でも他のアティカについても頑張って纏めないとな。シュヒトは書類作業の多さに死を覚悟した。

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