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Losers <鈍色のアルゴリズム>  作者: 畦道半
第一章
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第一話 『隊舎にて』

 最後の都市ミルゴス。地上最後の人類の生地。外周を八つの砦と壁で守られた最後の都市。

 栄華を極めた人類は今、この僅か1,000km^2の土地に縛り付けられていた。かつて十一億いた人類も、今や二千万人ほど。


 原因は、機械類に頼り過ぎた事と断言してもいいかもしれない。機械にその身を任せていた人類は、突如として暴走を始めた機械に為すすべなく追い詰められていった。


 残ったのは、都市の中で機械の使用を制限していた一部地域。ミゴルスもその一つである。

 人類はその力を集約させ、死力を尽くして最後の都市を守り、要塞と言える都市を築き上げた。そして反撃の手を見出そうとしている。


 要塞の外周にはレーザー砲台が多数設置され、接近する物体は地上・航空どちらの接近も許す事はない。

 しかし、周囲をモルガザードの軍勢に囲まれ、ほぼ毎日二十四時間に近い体制で戦闘を行う生活が三年ほど続き、殆どの前線が下がる毎日だ。

 ここまで保ったのが奇跡、と言えるほど人類は奮戦していたが、同時に限りなく疲弊しているのも当然の理である。破滅へのカウントダウンは着実に進んでいた。



 ミゴルスの砦の一つ、最も北にある軍の支部、アロウ。その敷地外の一角。プレハブの簡素な建物が、負け犬部隊と揶揄される彼等の本拠地である。

 二階建てだが、僅か六部屋しかなく、当然シャワーも用意されていない。


 外が晴れているせいで室内に熱気がこもる中、扇風機のぬるい風を浴びながらモニタに向かい作業をする青年がいた。

「焼け死ぬ……」

 青年は言いながらも資料を作成している。内容は今回の戦果報告と、次の作戦の指示。

 青年は鍛え上げられた体を持っているせいか、温厚そうな顔立ちにしてはデスクワークに向いているように見えない。年齢も年齢であり、最前線にいてもおかしくはなかった。

 どこかを負傷しているというわけでもなく、健康そのもの。


 まだ作りかけの資料を前にして、青年はモニタに向かって溜息を吐く。

「……やっぱり向いてないなァ…………暑くてはかどらない死。死なないけど」

 彼は短い黒髪をぽりぽりと掻く。そこへ。

「髪、なくなるよシュヒト」

「うっさい。おかえり、イベリス」

「ただいま」


 シュヒトと呼ばれた青年は、イベリスに振り向き返した。イベリスと呼ばれたのは、負傷兵を救い出していた少女。同じような恰好ではあるものの、幾つかの装備が外され、スッキリした外観だ。

 今は装甲も付けておらず、銀色のボディラインが露わになっている。


 ただ、首元にあるチョーカーは相変わらずだ。一方、シュヒトはチョーカーを付けていない。彼と彼女の身分の差がそこに現れていた。

「じゃあ、戦果報告をお願いします」

 汗を拭きながら述べる。部下であるはずの彼女に対しても敬語になってしまうところが、役職に馴染んでいない証左だろう。


 彼の問いにイベリスは、やはり表情を変える事無く述べた。

「負傷兵救助五十、死者回収八百九十五、回収できなかった者も複数」


「……またそんなに死んだのか」

 別段イベリスを責めている訳ではなく、無力感故の言葉。イベリスも理解しているため、その無表情に変化はない。


 シュヒトの部隊に任されているものは、救助活動並びに物資という名の死体回収だ。イベリス達アティカの運搬能力を用いて、広範囲を可能な限り短時間で探索し回収する。

 ジャミングやハッキングなどでハイテク機器が制限される中、特殊なコアで構築された機械の体で、兵士を助け出す。


 助け出す、或いは回収する事『だけ』

 武器も持たされず、通信機器もなく、誰とも連携をする事が叶わず、孤独なまま作業を行う。敵機と遭遇しても戦闘は禁止。逃げる事しか許されていない。

 

「戦線は五キロ下がった。夜間の気温は零下になる見込み。襲撃率は二十パーセント程度と推測」

 イベリスは表情を変えず端的に状況を述べると、シュヒトはほっと息を着く。

 日中は五十度を超える暑さになるが、夜間はかなり冷え込む。機械もこれだけ寒暖の差があると不具合が発生しやすいのか、零度を下回る日の襲撃は統計的には低い。

「そっか、じゃあウチからの出撃は一人だけにしておこう」


「……シュヒト、救助以外の指示は出ないの?」

 単純な提案に、イベリスは疑問を差しはさんだ。

 死体回収はもうたくさん。イベリスが呑み込んだであろう言葉を、シュヒトは何となく想像していた。 アンドロイド化――彼等はアティカと呼んでいるが――したのも加わり、表情や感情が普通以上に解らないのだが、今回は恐らく間違いないだろう、と。


 救助部隊という名目の死体回収班。または負け犬部隊。そう呼ばれる事が殆どで、イベリスに不満が募るのも無理はなく、そういった思考になるのは当然の事だ。

(けど、家族を亡くした怒りが占める割合が多いんだろうな――)


 言葉には出さないが、シュヒトは彼女が家族を失った背景を知っていた。むしろそれが切っ掛けで彼女と知り合ったのだ。彼女の事は彼女が人間だった頃から知っている。

 ある事が切っ掛けで、脅迫に近い妄執からは解放されたとシュヒトは信じているが、どこまで軽減されたのか、本当の気持ちは解らない。


 一方シュヒトはと言えば、今はその任を離れているものの、軍の中枢で指揮を執っていた父がいて、それを支える母がいて、姉の件を差し置いても幸せなほうだ。


 彼女の気持ちを表面上は理解できると思うが、決して彼女の心境までは解らない。

「イベリスが不満を持つのはよく解ってる。僕も同じ、と言えないくらいの覚悟と恨みがある事は知っている。けれど、まだ僕達の部隊は発足してまだ半月で信頼がない。君達の検査もまだ終了していない。なるべく早く戦闘が行えるように努力するよ」


 本当なら、同い年の彼女を最前線に送り込みたくなどない。戦闘をさせたい筈もない。戦いに行けば彼女の周りで誰かが死ぬ。親しくなった仲間の死体回収など、絶対にさせたくなかった。


「私のボディの心配はないと、アメロニアが言っていた。だから早く武装が欲しい。私達なら、もっと守れる命がある」

「……僕から返答はできないよ。ごめん」

 当然だ。失う命を見たくなくて、彼女はヒトを捨てたのだ。しかし、どうすることも出来ない。無力感に囚われたシュヒトは俯いたまま、言葉を発する事ができなかった。


「……わたしもごめん」

 イベリスはそう言って、自室へと去っていく。シュヒトは彼女の気持ちを推し量る事ができないまま、その背中を見送った。

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