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「時間も無いから単刀直入に言うね。
実は、今週末の土日にある人物の誕生パーティに誘われててね、三人まで行けるみたいなんだけどどうかなと思ってさ」
「誕生パーティ、ですか?」葵は繰り返す。
千春はそうそう、と葵の言葉に頷いて続ける。
「昨日、うちの部署に招待状が届いてさ、何でか分からないけど私のとこに回ってきたんだよね」
「なるほど……あ、おいしい」
葵はプリンを一口二口と食べながら相槌を打つ。
ほろ苦いカラメルソースの香ばしさと、決して甘すぎないまろやかなカスタードの風味が口いっぱいに広がり、自然と笑みがこぼれる。
「誕生パーティか。俺は興味ねぇな」
洋は紅茶に砂糖を入れながら、だるそうに言い放つ。
「ある人物って誰なんですか?」
千春がムッとして洋を睨みつけたのを見て、葵は、これはマズイと間髪入れずに尋ねる。
「えっとね、それがびっくりなんだけど……。
北大路帆美花って分かる?
最近よくテレビに出てる女優さんなんだけど……」
予想していなかった名前に葵は、えっ!と思わず声を上げ、洋は飲んでいた紅茶を噴き出した。
「え!?何!?きったなっ!!」
「あ、私布巾持ってきます!」
「あ!大丈夫大丈夫!私ティッシュ持ってるから」
千春はそう言って、席を立とうとする葵を制し、足元に置いていたバッグからポケットティッシュを取り出す。
「もう、急になんなの?」
「あ、千春さん、私やります」
千春は、いいのいいの、とテーブルを拭きながら再び葵を制す。
「北大路帆美花ってマジか!?」
「それがマジなのよ。だってあの北大路帆美花よ?私も最初イタズラかと思ってたんだけど、これが本当みたいでさ」
「てことは、当然北大路帆美花本人も来るんだよな?」
「そりゃ、本人の誕生パーティだからね……あ、ごめんね」
葵は千春からテーブルを拭いたティッシュを受け取り、自分のデスクの側に置いてあるゴミ箱に捨てに行く。
「俺は当然行くぞ!」
「へ?」
「いやぁ今週末かぁ!楽しみだなぁ!!」
満面の笑みでトイレへと向かう洋を目で追いながら、千春は見当の付かないといった様子で首を捻る。
「ねえ、あれってどういうことなの?」
千春は、隣に戻ってきていた葵に訝しげに尋ねる。
「実は、あの人今北大路帆美花に夢中なんです」
「は!?マジで!?」
「マジなんです。今北大路帆美花って朝ドラの主役やってるじゃないですか?」
「ああ、あの和菓子屋のやつだっけ?」
「そうです。さっきまでそれ見てたんですよ、それも二回も」
「え、二回ってどういうこと?」
葵は立ち上がってテレビの元行き、テレビ台の引き出しから20枚はあろうかというDVDの束をテーブルに並べる。
「これ、全部その朝ドラ録画したやつなんですよ。朝ドラ以外のやつも混じってますけど」
「二回って、もしかして一回見て、録画したのをもっかい見たってこと?」
「その通りです」
そうしているうちにトイレから出てきた洋が、鼻歌を歌いながら自分のデスクに向かっていく。
千春は何か汚いものを見るような目でその姿を見送った。
「ここ最近はずっとそれが日課になってるんです。そのためにわざわざ8時前には出てきてるんですよ」
「そうなの!?あんまり人に趣味にどうこう言いたくないけど、そこまでやるとちょっと気持ち悪いよね?」
葵は千春の問いかけに無言で頷いた。
「そういえば、葵ちゃんはどうする?さっきも言ったんだけど、三人まで行けるみたいなんだ。土日がつぶれちゃうから無理にとは言わないけど、一緒に来てくれると嬉しいかな」
「私は……」
葵は、テレビで女優として輝く帆美花を見るたびに、どこか遠くの違う世界へ行ってしまったような気がして、ときゅっと胸が締め付けられるような感覚に襲われる。今や人気女優となった帆美花に対して、思い上がった感情だと自分でも分かってはいるが、帆美花との幼少期の思い出は今でもはっきりと心の中に残っている。
帆美花はもう葵のことを覚えていないかもしれない。それによって傷つくかも知れない。
しかし、葵にとって帆美花は今でも大事な友達なのである。
「私も……行きます」