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事務所の扉を開けると暖かい風が吹き込んでくる。
早足でドアの内側にもぐりこみ、葵は出来る限り早くドアを閉めた。
「あったかーい……」
キンキンに冷えた体の芯が徐々に暖まっていくのを感じ、自然と笑みがこぼれてしまう。
しばらく無防備な緩んだ笑みを浮かべていた葵は、はっとして周囲を見回した。
どうやら誰にも見られていないようだ。
この事務所の主にそんな姿を目撃されていれば、嬉々として茶々を入れられたに違いない。
とりあえず、主に見られていないことに安堵し、表情を引き締めて応接室を兼ねたオフィスへと続くドアを開く。
「おはようございまーす」
ドアを開けるとすぐに、ソファから身を乗り出すようにして、テレビにかじりついている事務所の主であり、葵の叔父にあたる伊豆見洋の姿が目に入った。
葵の挨拶もその耳に届いていないのか、ピクリとも動かない。
葵は小さくため息をついて、自分のデスクへと向かう。
事務所は大きく4つの部屋で構成されている。
玄関の廊下を突き当たって右手のドアは、応接室を兼ねたオフィスの部屋へと繋がっている。
入ってすぐ左手側が3メートル程パーテーションで区切られており、その裏側がオフィススペースとなっている。
区切りのちょうど裏が洋のスペースとなっており、洋のデスク・資料棚がある。
そして、洋のデスクの前方にある足にバラの装飾が施されたガラスのテーブルを挟み、スペースの窓側に面して葵のデスクがある。デスクの上・引き出しの中はきっちりと整理されており、葵の几帳面さが伺える。その向かい側にもう一つ空きのデスクがあるのだが、未整理の資料で埋め尽くされており、ほとんど物置と化している。
葵が定期的に整理しているのだが、洋が処理した案件の資料を乱雑に積み重ねていくので、整理しても2・3日でまた元の物置に戻ってしまう。
酷いときはその整理だけで1日が終わってしまうこともあるほどである。
そのオフィススペースと反対側――廊下のドアを開けてすぐに見えるスペース――が、応接スペースになっている。
応接スペースには、中央に明るい色の木製テーブルが置かれ、それを挟むように2人掛けの黒いソファが置かれおり、壁側には木製のテレビ台の上に24インチのハイビジョンテレビが置かれている。
ちなみに先ほど洋が座っていたソファは、廊下側のものである。
廊下から入って右側にはトイレと仮眠室へと続くドアがある―テレビはちょうどその2部屋のドアの間に置かれている―。また、突き当りにも2つのドアがあり、オフィススペース側のものが台所、応接スペース側のものが物置兼資料保管室へと繋がっている。
また、玄関・応接・オフィススペースの角には、葵が持ち込んだ観葉植物のパキラの鉢が置かれている。
元々インテリアの類は一切置かれていなかったために、あまりにも殺風景であった事務所に不満だった葵は、自身で様々なものを持ち込んで事務所が華やかになるよう努めてきた。
パキラの鉢もその1つである。
「いやぁ~!帆美花ちゃんは最高に可愛いなぁ!」
イスに座って今日中に処理する予定の資料に目を通していると、そんな葵の健気な努力を知ってか知らでか、応接スペースの方から腑抜けた声が聞こえてくる。
声の方に視線を移すと、大きく――まるでひと仕事終えたような――伸びをしている洋の姿が目に入った。ひと仕事"終える"どころか、これからまさに"始まる"ところである。
葵のデスクの前にはパーテーションが届いておらず、応接スペースを見渡すことが出来る。
デスクの上のデジタル式の電波時計に視線を落とすと、時刻はちょうど8時15分を過ぎたところだった。