その10
◆
――目が覚めた
作戦実行の夜になり行動開始だー……と言いたいが辺り一面の床は空色透明のガラスに背景は真っ白。
どうやら夢らしい。
夢にしては不可思議な世界である。
生きてきた中でたった二色存在しない夢は初めてではあるが余計な物がない世界はスッキリしていて心が穏やかになる。
「空は飛べたりしないよな」
せっかく意識がある夢なので、飛べたり、浮いたり出来るかと思えば何も起きない。
普段と変わらず身体能力も変化なし。
自分の作り出した世界なのに何も出来ないとはいかがなものか。
「……だ……あ」
不意に背後から誰かの声がした。
振り向くとガラス板に座る人物がいる。
何も事象を起こせない世界だ。
暇なので遠くにいる人にでも話しかけてみよう。
いい時間潰しになるだろう。
足音を殺さずに普通に歩いて、その人の真後ろまで接近し歩みを止めた。
「彼に危険はなさそうだね。 奪還も無事に………」
言葉が続かずいきなり立ち上がり背後を確認しだした。
無言で立っている俺を見て目が点になりキョトンとしている。
鳩が豆鉄砲を受けたように。
「はぅあ!?」
「……挨拶ですかそれは?」
「違うわ! なんで君がこの世界に居るのさ。 存在する事態がおかしいのに!」
この世界にいるのがおかしいと、言われてもさっぱり分からない。
夢だから変な人が召喚されたようだ。
うん、それにしてもショートヘアーの黒髪で瞳が茶色の彼女は美人だ。
夢でさえ美少女に会えるのは日頃の良い行いのおかげだ。
「お嬢さん。 意味が全く分かりません」
「だよね。 ごめんね取り乱しちゃって……。 あーそれとなんで女だと分かったし?」
「骨格が男性にしてはほっそりで、顔も小さくて美人だからですね。 女性が男性服を着てる感じしか印象ありませんでした」
質問してきたから答えただけなのにゆでダコみたく顔が真っ赤だ。
恥ずかしいのかしゃがんで手で顔を覆い隠す始末。 しばらくして収まったのか立ち上がり睨んできた。
「俺のこと口説いている?」
「口説いてませんよ。 あなたが質問してきたからでしょうが」
「そうだけど……今後女性には美人とか言っちゃダメです!」
「……はぁ」
なぜ怒られているのか。 納得できない。
にやけてるクセに怒りがある。
嬉しいのか嬉しくないのかハッキリしてほしいものだ。
それに一人称が俺と使う女性は希少生物並みだ。
初めての遭遇だ。
男性っぽいのが原因と見解する。
「えと……この世界に居るのがおかしい理由なんだけど、ここって私の精神世界なの。 あなたとの相性が抜群にいいみたい。 それとは別に問題があって――」
ああ、だから記憶にない風景に面識のない彼女が夢として出てきたのか。
まさか前任者が女性とは驚きだ。 魂の器は性別が関係ないとはね。
「カルラから魂の侵食の魔法を施されている」
「……なんだって。 最終的にはどうなる?」
「あなたは自我を失い、いずれ俺に乗っ取られるわ」
「っ!? お前らの目的は――」
憤怒せずにはいられない。
わざわざ異世界に呼び出しなんの能力もない僕は、彼女の代わりに過ぎないってことだ。
大事なのは中身で、僕なんかカルラは見てなかった。
目の前にいる奴を再び顕現させるための道具しかない。
「誤解をしないで。 俺は二度目の生に興味なんてない。 カルラが勝手にやってることなの」
「お前の戯言を信用しろと?」
「あなた頭が熱くなりすぎよ。 ただ俺の器になるなら魂の侵食を受けてることを、教える必要ないでしょ。 教えても此方にはメリットはなく、むしろデメリットしかないわ」
熱々のフライパンに冷水をぶっかけたみたいに急激冷めていく。
いつもの冷静な視点で物事を考えていれば、魂の侵食が進行してるのを教える訳がない。
再びレクシリアに生誕することが目的なら、俺を安全な地帯に身を隠させたり、拘束するだろう。
危害を加える様子もなく、ただ僕の身を案じての情報提供をしてくれただけなのだ。
それに二度目の生に興味ないとは意外だ。
人並みに知能がある生物なら、もう一度の人生を歩みたいと思うのだが彼女には欲がない。
「すまない。 熱くなって暴言まで吐いてしまって」
「いいよいいよ。 君が怒るのはもっともだ。 自分がこの世から消えるのが決定してるなら、誰しも冷静にはいられないよ」
「そう言ってくれると助かる」
大人の貫禄を醸し出す彼女に少し惚れてしまった。
人として良くできた人格者だ。
「君の熱も冷めたことだし本題に入るよ。 魂の侵食の魔法を受けていることは話したね。
……一つだけ侵食をリセットする手段がある」
「本当か! どうやるんだ!?」
「それには四つほど素材が必要になる。 君にはリセットするための素材を集めてほしい」
自我を無くさず生きる希望があると知れば、俄然とやる気がでてきた。
生きるためならどんな難題だってクリアしてやる。
「アルトルスの牙、クレイコアの邪眼、デュアルの爪、崩壊の能力者の魔法。 この四つだ」
提示された三つは分からないが、崩壊の能力者には心当たりがある。
巨木をも意図も簡単に薙ぎ倒す怪力の持ち主――トルカだ。
以前フルネームを伺った時にレクシリアと名乗っていた。
偽りの名なら崩壊の能力はないが……それはないだろう。
トルカは嘘をつける性格ではない。
一週間も生活を共にしてないがこれだけは断定できる。
当たっているか彼女に確認してみることにした。
「崩壊の能力者は名前に、レクシリアの名は入っていますか?」
「なかなか鋭いね。 幸運にも君の仲間のトルカちゃんが崩壊を持っている。 あなたを通して見ていたけど、本来の能力は使った様子がないわ」
的中だ。 これであと三つ。 ハードルが一つ下がった気分だ。
しかし、相手の魔法をどうやって所有物にするのか。
第三の制約で相手の触れているもの、発生させた力はブロック化できないがある。
やり方は頭を絞りだしても浮かばない。
……にしても刻鉄の蒼の能力がまだ一部とは。
超絶な破壊力を有しているのに、本来の力ではないと発言に驚きだ。
「あ、カルラが伝えてなかったけど相手の魔法をブロック化できる条件が一つだけあるよ」
「条件?」
「対象者が魔法を渡すと念じて、あとは相手の肌にキスをするだけ。 ね、簡単でしょ」
「……簡単じゃない。 激ムズじゃないか」
相手が譲渡しますよー……まではいい。 なぜキスをしないと素材を入手できないのか。
女性とは手を繋いだ経験しかない僕に、キスをしろとかハードル高すぎだろ!
四つの素材集めで一番難しいかもしれない。
「頑張れよ少年。 トルカちゃんに殺されないように」
「他人ごとだな」
「うん、他人ごとだよ」
「………この野郎」
前任者はわざと腹立つ発言をしているな。 冷静になりたいが単純に苛つく。
だけど笑顔のせいか憎めないのが何とも歯痒い。
「なんだ身体が薄れている?」
「……もう時間みたいね。 最後に二つほど伝えておく。 一つは魂の侵食されてるおかげで、俺の技術力をある程度恩恵を受けていること。 もう1つは本当に守りたい者がいるなら、俺を引き出すことだ」
「引き出す?」
「記憶を引き出すってこと。 ただし、記憶を引き出せば浸食は早まり、己を壊す諸刃の剣。 使い時を見極めることね」
「あっ………まだ……」
ここで身体は消失し意識は途絶えた。
まだ彼女には聞いておきたいことが一つだけ残っていた。
――名前を知りたかったな。




