第七話
遅い時間ですが・・・。
イベント『峰來祭』突入!
時間の流れというのは本当に速い。
季節は夏、夏休み一週間と二日前である。
期末考査も終わり、学生たちは皆夏休みという魅惑の果実を前に浮き足たつ。
それはこの峰來学園でも例外はない。いつもより学園内の雰囲気も明るく感じる。ただし、普通とは二つ違う点がある。
一つは浮き足たつのは私たち教員もなこと。そしてもう一つは・・・学園内の人間が浮き足たつ理由が夏休みが近いからではなく、あさってから行われる『峰來祭』が楽しみだからということである。
『峰來祭』とは、普通の学校で行われる所謂文化祭・・・ではなく、学園側が企画する旅行のようなものだ。
峰來学園は・・・まあ乙女ゲームらしいというかなんというか、とにかく金持ちが(言い方が悪いので資産家が)集まっている学校である。
そんな学校なので、いちいちやることのスケールがでかくクオリティーもちがう。
今回の『峰來祭』では、豪華なクルージング船に乗り、本来高校生が習うことはほぼないであろうテーブルマナーやワルツなどのダンスの踊り方の指導をし、一日ごとにパーティーなども催し事もあるのだ。
何度でも言おう。学校のスケールを軽―く飛び越えているのだ、この学園は。
もちろん、パーティーには教職員も参加しなければならない。古典教師の川橋さん(30歳。大人な雰囲気のきれいな女性で、2歳年下の外人の夫がいるのだとか。この話は蛇足か。)から聞いた話では、「この日のために女性教員は皆ドレスの下見を最低1か月前からやってるのよ。」だそうな。学園の教職員は私以外のほとんどが生徒たちと同じように資産家の子息や令嬢などお金に不自由はしていない人々ばかりなので(まあ私もそうと言えばそうかもしれないけれど)自分に合うドレス選びには幼少期からのこだわりがあるのだろう。
さて、ここで三つ問題が発生する。
それは私がドレスを持っていないことと、ドレスを買うお金なんて一銭もないこと、そして・・・まあこれは別にいいかもしれないけれど私は化粧がほぼできないということだ。
私が前世で生きていた頃に、親が「お見合いとか婚活パーティーの時に役に立つから!」と言われいやいや基本的なテーブルマナーやダンスなどは大体習っていたので、そっちの方はおそらく問題ない。ありがとう前世のお父さんお母さん。でもちょっと下世話だったんじゃないかなとか今でも思うよ。
だが、さっきの三つのことだけはどうしようもないのだ。
私は一般人なのだ。それも服なんて最低限しか買わないようなタイプの。ドレスなんて持っているはずもないし、先日母さんの口座へ入金したためにそんな何着もドレスなんて買う余裕はない。(というかしてなくてももったいないからって買わなかった気がする。)
安いのでもいいじゃないか?いやいや、考えてもみてくれ。
周りは良家の子息や令嬢だ。それはもう煌びやかに磨き上げられていることだろう。そんな中にこんな平凡が下手な化粧と安物のドレスを着て入って来てみろ。
悪目立ちしかしない。
死亡フラグも折れていない今、そんなことは避けたい。というかそんなことになったら羞恥で死ねる。別の感じでの死亡フラグ。
どうすればいいのかいくら考えてもわからない。おじいちゃんたちを頼るという手もあるが、それは出来れば避けたいことではあるし・・・。
「まさかこんなところで追いつめられるとは・・・。」
最終手段として『峰來祭』に行かない口実を考え出した時、唐突に間の抜けたチャイムが鳴り響いた。
何となーく嫌な予感を感じとりながらも玄関のドアを開けると、案の定そこにいたのは梢だった。
相変わらずの無表情で、なぜかCMを何本も出す有名店のドーナツを三箱も抱えている。
「・・・母さんが大量に持ってきたから、消費するの手伝って。」
少し眉を下げて困ったような顔をする梢を見て、私は妥協案を思い付いた。
「うん、いいよ。」
妥協案とは、梢にお金を借りてドレスを買うという案だ。梢の家は倉橋の家と同じくらいの規模の会社を経営しているので、梢はお金に困ってはいない。しかしそれでもどうだろうと思い恐る恐る梢に提案してみたのだが、こいつはあっさりと二つ返事で了承した。
「・・・・・・。」
ありがたい、ありがたいのだけれど。
「今からドレス選ぼうか。・・・何で手を握ってるの?」
梢にちょっとデコピンしたくなったのは秘密だ。