第六話
遅れましたー!
遅れた分いつもより長いです!あと椋がおっとこまえ(?)です!
「あー・・・、疲れる・・・。」
時刻は夜十時。帰ってからずっとパソコンとにらめっこをしていたせいで痛い眉間を指でもみほぐしながら、椅子の背もたれに寄りかかる。
何をやっているのかというと、花咲ちゃんの学力アップの手始めとして、花咲ちゃん専用の問題集を制作しているのだ。作ってそれを花咲ちゃんがやってくれるのかは・・・まあぶっちゃけて言えば不安だが、私にできるのは花咲ちゃんが真面目にやってくれることを祈る事だけだ。
さて、もう一踏ん張りしようと再びキーボードに手を伸ばした時、ピンポーンという間の抜けた音が鳴り響いた。
はて、と首をかしげる。
こんな時間に誰だろう。・・・まさか、強盗とか・・・。
嫌な想像をしてしまい背筋に嫌な汗が流れる。足をカタカタと震わせながら何とか玄関の監視カメラのモニターの前まで来て、そこに映っている人物を確認する。
そこに映し出されていたのは、全体的に白っぽい美男だった。
私と同い年ぐらいだろうか。肩の辺りで切りそろえられた銀髪にアメジストの双眸を持ち、すっと通った顔だちをしている。表情を顔からはがし取ったような無表情は、彼に作り物のような冷たさを与えていた。
攻略キャラを含めてもこれまで見た誰よりも神がかった美しさの男に不覚にもあっけにとられていると、男は薄い唇を開きこう言った。
「―――久しぶりだね、むくたろー。」
それは10年位前に海の向こうへ旅立っていった友人だけが呼ぶ、私の(悪いけれど本当に嫌な)あだ名だった。
そして、それを呼ぶということは、目の前に居るこの男は。
「・・・そのあだ名呼ぶなって言ってるよね、梢。」
あまりにも美しく成長した鴨志田梢は記憶の中のあの頃と唯一変わってない無表情を少しだけほどき、神々しくほほ笑んだ。
梢と出会ったのは、小学校三年生のことだ。
たまたまクラスが同じで、たまたま席替えで席が隣になったからといういたって普通の出会い。しかし彼は・・・いや彼の体質は全く普通ではなかった。
その体質を私が知ったのは、梢と知り合って一年ぐらいたった頃だったか。
周りの子供より落ち着いている(そもそも私は体は子供中身は大人のコ○ン君みたいな状態だし、周りの子たちみたいなハイテンションにはなれなかった)上に読書好きな点も気が合った私たちはすぐに打ち解け、名前で呼んだり時々公園や図書館に遊びに行くほどなかよくなった。
そしてその日も帰りに図書館で本を借りようと一緒に通学路を歩いていた時、それはやってきた。
最初に気が付いたのは私だった。なんだか後ろから見られている気がして、足を止め振り返ってみた、ら。
電柱の陰から息をハアハアと荒げながらこちらを見る男を見つけてしまった。
瞬間的に私は「あ、この人変態だ。」と悟った。一目見ただけでそう決めつけてしまうのは失礼極まりないが、実際外れてなかったので許してほしい。
思わず固まってしまった私の隣で、梢はいつもの無表情を崩してかたかたと小さく震えていた。まるで、恐ろしい化け物にでも出会ったかのように目を見開いて、歯をカチカチと鳴らして。
「梢・・・?」
どうかしたのかと名前を呼ぶが、反応はない。
「こず―――」
「僕の梢君の名前を呼ぶなよガキィ!!」
もう一度名前を呼ぼうとするが、それに返ってきたのは電柱の陰にいた男から発せられた厳しい罵声だった。
「梢君梢君梢君ああかわいいなあ梢君何でそんなに怯えてるのかなそんな顔もかわいいけれどやっぱりいつもの凛とした顔の方がいいよああそうかそのガキが嫌なんだねんなガキに付きまとわれて迷惑だよねぇ今までは梢君に近づいてくるガキはいなかったのにやっぱり四年生にもなると色気づいてくるのかなああ気色悪いなあ僕の梢君をそんな目で見るようなガキが出てくるなんてやっぱりさっさと監禁した方がいいのかなあうんそのほうがいいよねえねえ梢君そのガキを痛めつけてさっさと追い払ってしまおうねそれでそのあと一緒に楽しいコトしようね梢君!!」
唖然の一言だ。
ものすごい早口で半分以上何を言っているのかさっぱりだったが、まあとりあえず私にわかったことはただ一つ。
コイツやべぇ。
梢をちらりと横目で見れば、先ほどよりも震えが激しくなっていた。当然だ、普段はとても落ち着いているとはいえ梢はごく普通の小学生なのだから。というか大人でもこうなるわ。
結局男は騒ぎに気が付いた大人の人たちによって取り押さえられ警察に連れて行かれたが、梢は精神的なストレスからか意識を失ってしまった。
そして梢のお母さんから、真実を聞いた。
梢には、生まれつきヤンデレ吸引フェロモンがあるそうだ。
どういう理屈なのかはさっぱりだが、梢の周りには何故か男女問わずヤンデレ・・・つまりは愛情表現がなかなか過激な人が集まってくるのだという。
ある時は誘拐されかけ、ある時はストーカー被害に遭い、またある時は犯されそうになり。
そんな目に遭い続けるうちに梢は表情を殺してしまい、自分のことを守るようになった。
そしてここ最近はそんな事件に会うこともなかったため、安心していたところに男を見て恐怖がフラッシュバックされたのだろうと梢のお母さんが悲しそうに言った。
私は愕然とした。いろいろな感情が頭の中を走り、消え、最後に残った感情は―――梢の痛みに気が付けなかった自分への怒りだった。
一年くらいの付き合いで何をと思うかもしれないが、私は気が付いていたのだ。梢が時々
顔に影を落とし、辛そうに顔をゆがめるのを。
気が付いていたのに何もしなかったのだ、私は。
「・・・私、最低だ。」
翌日、梢は学校を休んだ。まあ、昨日のことを考えれば無理もないだろう。
放課後、梢の家へとやってきた。
梢の様子を聞くと、部屋にこもったまま出てこないのだという。
よほど心にきているのか、食事も口にしないらしい。
梢の部屋の前に立ち、覚悟を決めてドアをノックする。
「・・・梢、起きてる?」
部屋からは何も返ってこない。
「梢の話、聞いたよ。」
何も返ってこない。
「正直言って驚いたし、とても嫌になったよ・・・一年も一緒にいて、何にも気が付かなかった私がね。」
何も返ってこない。
「昨日からずっと考えてたんだ。何で梢がその事を言ってくれなかったのか。」
何も返ってこない。
「私が怖がると思った?私が梢から離れていくと思った?」
何も返ってこない。
「・・・ふざけんなよ。」
何も返ってこない。
「私は!その程度のことで友達から離れない!!」
「っ・・・」
小さく息をのむ音がした。
「そんな風に人を見捨てるような、あの野郎と同じようなことをしたりはしない!!私は!梢の、友達だよ!!」
「―――う・・・うぁああ・・・」
泣き声が、聞こえた。
「・・・中、入れてくれる?」
「・・・・・・」
がちゃり。
鍵のはずれる音がした。
「―――本当に椋は、男のぼくより男らしいね。」
中から出てきたのは、泣きながら笑う―――大切な友達だった。
・・・というか今思い返してみると、小学四年生の会話じゃないよなあ、これ。
その後梢は小学校卒業と同時に海の向こうへと渡った。親戚に海外の資産家がいて、そこで家庭教師を雇って教育を受けるのだと説明を受けた。
・・・まあ、仕方のない事だったとは思う。結局あれから二回くらいヤンデレさんが来ることがあったし、中学に上がれば梢の危険も増えてしまうだろうし。ヤンデレ吸引フェロモンはどうやら日本人にしか効かないようなので、海外なら危険も減るだろう。
しかしそれでもさびしいはさびしい。せめて連絡先を知っておきたいと言ったのだが、それはまさかの梢にやんわりと断られた。
曰く、「今のままの僕ではむくたろーに釣り合わないから、ちゃんと大人になって会いに行く。そのためには連絡先を知ってしまうと甘えてしまってダメだと思うから。」だそうだ。
・・・え、そんなに友達のハードル高いか私。
そんなこんなで今、十数年ぶりの再会を果たしわけだが。
「何で会いに来るのがこんな時間になった・・・。」
本当に通報しようかと思ったぞ。
そう言えば梢は何でもない顔で爆弾発言をした。
「僕今日から隣の部屋に住むから、引っ越しの片付けしてたら遅くなっちゃったんだよ。」
「・・・わっつ?」
「What。相変わらず発音下手だね。だから、今日から隣の部屋に住むの、僕。」
・・・・・・・・・・。
・・・・・・そのうち倒れないかな、私。なんか不安になって来たぞ。
窓の外で煌煌と光る月が、遠くを見つめる私の顔を照らしていた。
後付けですが、梢のマフラーは小学五年生の時ぐらいにやってきたヤンデレ男によって喉のあたりにやけどを負ってしまい、それを隠すために椋が編んであげたという裏話があります。その話も後々できれば・・・