第十五話
少し短めです。
ダンスパーティーなんてくだらないものに出る気なんてなかった。大体峰來祭って物自体無駄だ。なんで好きでもない有象無象と顔を突き合わせて、怖気がたつようなおべっかを使ってやらなきゃいけないのか。わざわざ出席している奴らの気が知れない。
「ねぇ君もそう思わない?・・・って、聞いてないか。」
このくらいで黙っちゃうなんてつまらない。あーあ、と落胆した様子を隠しもせずに、手に持ったライターの火を消して放り投げる。後ろのほうでこつんという軽い音がしたから、きっとテーブルにでも落ちたんだろう。
それにしても、今回選んだ子ははずれだったなぁ。両手両足を縛って動けなくしただけで泣き出しちゃって、ライターの火を見せただけで気を失っちゃうんだもん。もっと気丈な子じゃなきゃ、遊んだって楽しくない。
「そう、例えば・・・椋せんせーみたいな。」
椋せんせー。声に出しただけだというのに、自然とほおが緩んでしまう。どうでもいいことだらけの世界で、俺の前に現れたかけがえのない大好きな人。
そうだ、今年は椋せんせーがいるじゃないか。きっと椋せんせーのことだから、目立たないようにって会場の隅っこで息を潜めてるにきまってる。椋せんせーは自分が社交界とかそういうところからきてないからか、自分が目立ってしまえば笑われるんじゃないかっていつもおびえてる。そんなことありえないのに。椋せんせー以外にも一般のところから試験を受けて入った教師も生徒もいっぱいいるし、何よりせんせーの評判はせんせーが思ってるよりずっといい。あの笑顔と性格で、人から嫌われてしまうかもだなんて考えるのはせんせーが自分を過小評価しすぎなだけだ。・・・そのせいで虫がたかってくるのは、腹立たしいとしか言いようがないけど。
そうと決まれば、とさっそく委員会の幹部に与えられるクローゼットの中からタキシードを適当にひっつかんで取り出す。後ろで意識が戻ったらしい女が何か言ってるけど、無視無視。椋せんせーの所へ行く以上に優先すべきことなんてないし。
がらでもないネクタイまで絞めて、何とか椋せんせーの前に出ても恥ずかしくない程度にはなった。俺が出ていこうとするのが分かったのか、女が大声をあげて「これを外せ」って暴れだした。放置されるとでも思ったのかな、ばかみたい。
「それだけ大声をあげてれば、いつか誰かが助けに来てくれるんじゃない?んじゃ、ばいばーい。」
ほんの少しの慈悲で、女が好きだといった笑顔でひらひらと手を振ってやる。ドアが閉まる前に、また大声が聞こえたような気がしたけれど、気にしない。興味なんてない。
椋せんせーの所へ行ける、そう考えただけで足取りが軽い。思わずスキップの一つでもしてしまいそうになるけれど我慢我慢。椋せんせーには、『かっこいい俺』を見てほしいから。
もうすぐ大ホールにつく、という所で、前・・・つまりは大ホールの会場のほうから二人の女が歩いてきた。それだけなら気にも留めず通り過ぎるだけだったのだけれど、そいつらが聞き捨てならないことを話していた。
「ねぇ、さっきの見た?椋先生と瀬河先生。」
「見た見た。瀬河先生ってあんなに情熱的だったのね、椋先生の首筋にキスするなんて。」
え?
「それに向井先生もよ。椋先生の手をあんなに強く握りしめて・・・。」
「ああ、椋先生が少しうらやましいわ。」
ドクリ、心臓の音が嫌に響いた。
そいつらが驚くのも構わず勢いよく駆け出した。せっかく整えた髪が崩れるのも構わず一直線に、椋せんせーのもとまで。
ようやくたどり着いて、息を整えながら無駄に豪華な扉を開ける。
そこで見たのは、最悪の光景だった。
椋せんせー椋せんせ―、どうしてそんな奴に抱き着かれてるの?なんで何も抵抗しないの?
なんでと必死に心の中で問いかけても、椋せんせーは俺がいることにも気が付かない。なのに椋せんせーの腕に抱き着いている奴はこちらで自分を睨む俺に気が付いたようで、にっこりとほほ笑むと固まっている俺を横目に、そのまま椋せんせーの細い首筋にすり寄った。
「------」
発狂しなかったのは奇跡だ。
椋せんせーに触られたことへの怒りと嫉妬が荒れ狂う。同時に、椋せんせーへの怒りもほんの少し。
椋せんせー、俺は、俺のすべては椋せんせーのなのに、椋せんせーは違うの、椋せんせーは俺以外の奴とでも平気なの?
「―――そんなの、許さない。」
人ごみをかき分けて、椋せんせーのところまでやって来る。こちらを見てきょとんとしてる椋せんせーもかわいいけど、思わず抱きしめたくなっちゃうけど、それよりもまずこの場からいなくなることが先決だ。一秒でも早く、こいつらから椋先生を離さないと。
「椋せんせー、行くよ。」
さっき笑ってきやがったやつへの仕返しの意味も込めて、そいつがつかんでいたほうの手を取る。奴は離そうとしそうにもなかったけど、もう一人のほうがそいつを羽交い絞めにしたことによって、何とかはがれた。あとでやり返すときに少しぐらいそいつには手加減してやってもいいかもしれない。ただし0,00000000000001パ-セントぐらい。
俺の苛立ちが伝わったのか、周りの奴らは俺たちを避けるように分かれる。それは好都合と、少し走りながらその場から立ち去った。楽隊の音楽が、ふがいない俺を笑っているようで不快だった。
「・・・ねぇ、さっきの僕がうらやましかっただけでしょう。」
「うるせぇ、あれ以上お前がなんかしてたら、余計に椋がおびえるだけだろうが。」
会場のドアがかけらも見えなくなるくらいに離れたころ、小道へと入りようやく息をつく。そして、まだ何が起こったのかわかってなさそうな椋せんせーを、しっかりと、少しきついくらいに抱きしめた。
「へ、あ、あの、久那城君!!?」
恥ずかしいのか、椋せんせーは顔を真っ赤にして俺から離れようとする。赤くなってる椋せんせーはかわいいけれど、俺から離れようとするのはいただけない。お仕置きの意味を込めてさらにきつく抱きしめてやると、観念したように動かなくなった。
「せんせぇ、」
できるだけ弱弱しい声で、何とか声を出しているんだと思わせるように少し間をあけながらせんせーの名前を呼ぶ。思い切り怒鳴りつけて、自分がやったことの罪深さと俺の思いをしっかりとわかってもらうのもいいけれど、それをすると椋せんせーのことだからおびえてしまうだろう。きっとあの時のように、俺の手を取らない。それだけは嫌だった。俺を、椋せんせーが拒絶するのだけは、絶対に、いやだ。
縋りつくように、「寂しかった」とか「俺を一人にしないで」とかの言葉をポツリポツリと吐き出す。その間中、椋せんせーは俺の背を撫でてくれた。
こうしていれば、やさしい椋せんせーは俺を離したりはしない。俺を撫でてくれる。俺を、俺だけを意識してくれる。
しばらくして、だいぶ気持ちが落ち着いてきた。これでしばらくは・・・椋せんせーを囲い込めるようになるまでは、椋せんせーが何かされない限り平静を保てそうだ。
離れようとしたとき、やり残したことを思い出した。
「椋せんせー。」
「なに、久那城く―――」
そっと、触れるだけのキス。
ほんとはもっとやりたいけれど、あなたのその赤い顔に免じて、また今度にしてあげる。
だから、俺を愛して。




