第十四話
今までで一番甘いです。
会場に指定された大ホールは豪華さの次元が違った。昼ご飯を食べたレストランも私の感覚から言えば十分すぎるくらいには豪華だったけれど、これを見るとそれがまだまだだったのかとわかる。天井にはひときわ巨大なシャンデリアが光を降り注ぎ、床には毛足の長いじゅうたんが敷かれる。設置されたテーブルやいす、窓にかかる赤いカーテンの一つとっても私が普段触れることなどできないだろう。
別世界すぎて思わずきょろきょろと辺りを見渡してしまいそうになるが、周りの人がそんなそぶりも見えなかったのでぎりぎりのところで踏みとどまる。この上流社会の集団の中でいかにも庶民的な行動はできない。恥ずかしいから。
始まってそこまで時間はたっていないはずなのだが、もう何組かは音楽に合わせて踊り始めている。音楽を演奏する奏者の方々もテレビや雑誌で見たことのある人ばかりで、本当にどれだけこの峰來祭にかかっているのかと頭が痛くなった。
しかしここへきたはいいものの私はだれも踊る相手がいないので暇である。こういうとき友達がいないと寂しい。別にはぶられてはいないのだけれど、他の先生はみんな恋人だったり夫の人と一緒に過ごすため、独り身の私はむなしく料理をつまむだけだ。
ずっと突っ立っているのもつかれるので、壁にもたれて踊っている人々を眺めることにした。
さすが世に名だたる峰來学園所属の人々。生徒の組は初々しくも品があり、教師の組は経験に裏打ちされた優雅さを持って堂々とふるまっている。楽団の演奏は耳にやさしく、うっかりするとこのまま眠ってしまいそうだ。
「・・・あ、花咲ちゃんだ。」
踊っている人々の中に、赤いドレスを着た花咲ちゃんの姿を見つけた。胸に赤いバラのコサージュをつけて、真っ赤なドレスというのは人によってはとてもひどいことになるに違いないが、花咲ちゃんはその難しい服を見事に着こなしている。少し露出が多い気がするけれど。ターンするたびにスカートがふわりと膨らむその様子はみずみずしいバラの花が咲いたかのようで、改めて彼女がこの世界のヒロインなんだと分かる。やっぱりかわいい子がダンスを踊っているというさまは眼福だ。
相手の男子はゲームでは彼女の婚約者な生徒会長、澤凪君だった。遠くから見る分にはそんなに体調が悪そうにも見えないし、ちゃんと言われたとおり休んだようだ。質のいいタキシードをびしっと決めて、さすがとしか言いようのない身のこなしで花咲ちゃんをリードしている。表情が少し硬いのは、愛しの花咲ちゃんと踊っているからだろう。かわいい奴め。
その様子をほほえましく見ていると、肩を軽くたたかれた。なんだろうと横を見ると、そこにいたのは会いたくなかった二人だった。
「・・・。」
「逃げないで下さいよ椋先生、ひどいなぁ。」
無言のまま逃げようとしたのだけれど、そんな私の抵抗などあっさりと打ち破られてしまった。しっかりと右肩を向井先生につかまれてしまい、にっちもさっちもいかない。さらに追い打ちとばかりに瀬河先生が向井先生の対になるように左側へ立ち、私の細くもなんともない腕をつかんだ。思わずため息をつきたくなる、気分は捕らえられた宇宙人だ。
「探していたんですよ?僕たち、あなたのことを・・・。」
男性の手とは思えないほど細くすらりとした指をするすると滑らせ、手の甲までたどり着くと私の指を絡めて巻き込み、きつく握りこむ。思わず振り払おうとしたけども、勢いをつけるために少し手を引いた時点で手がつぶれるというくらいに力を入れられたので泣く泣く断念した。もう私の手は赤いを通り越して真っ白だ。
私は少し勘違いをしていたのかもしれない。少女漫画のワンシーンを見てときめいたり、自分もそんなことになってみたいとか思うべきではないのだ。少女漫画のヒロインたちは、こんな握りしめられて手が真っ白になるという痛みを我慢して、それでもああやって青春しているんだということを今悟った。なんて強い子たちだろう。だとしたら花咲ちゃんのあの性格もむしろ主人公としてはピッタリだ。
「いっつ・・・!!」
なんて今日何回目かもわからない現実逃避をしていると、いきなり首に鋭い刺したような痛みが走った。
そちらのほうを恐る恐る見てみると、甲板で見た時のような不機嫌な顔をした瀬河先生の顔が思いのほか近くにあって。その距離はどちらかが少し顔を近づければ、唇が触れてしまいそうなほどに近い。
かぁっと顔が熱くなるのが分かった。もともと前世でも今世でもモテたことがそんなにないので、こういうことに対して免疫がないのだ。鏡で見てみたらきっとゆでだこのように赤い自信がある。
「せせせせ瀬河先生っ!?」
結構な年のいい大人が盛大にどもりながら瀬河先生から離れようとすると、今度は逆の右側にいる向井先生に近づいてしまう。すると向井先生は私がしまったと思う間もなく、ほかの人が見たらうっとりとしてしまうだろうとろけるような怪しい笑みを見せながら、ここぞとばかりに右腕を自身の腕の中へと抱き込んでしまった。
「おい向井、何椋先生の腕に抱き着いてんだよ。」
一層眉間のしわを深くしながら、地を這うような声を絞り出す瀬河先生を見て、私に言われたわけではないのにひぃっと小さく悲鳴を上げてしまう。しかし向井先生はそんなことなどどこ吹く風で、宝物を自慢する子供のように無邪気だ。
「いいでしょう?ねぇ椋先生、僕寂しかったんですよ?あの時椋先生が逃げちゃってから、どこを探してもいなくて・・・。だから、慰めてください?」
甲板で見た向井先生も怖かったが、今の向井先生も違う意味で怖い。
有無を言わさないというように改めてしっかりと腕を抱きなおしながら、首元へとすり寄ってくる。猫のようだという分にはかわいらしく聞こえるが、向井先生のようなかっこいい人がやると対処に困る。「いい匂いですね。」とか冗談言わないでくださいってああもうなんだこれ、ありえないことが起こりすぎて頭が混乱してきた。くらくらする。
混乱が一周回って頭の中を冷静にしたらしい。私の頭の中に雷撃が走った。
ここは豪華客船の大ホール、今はダンスパーティーの真っ最中。そこでこんなことをしていたら、どうなる?
答え。めちゃくちゃ目立つ。
ばっと視線を周りに向けると、ダンスを踊っている人以外の全員がこちらを見ていた。渡して視線が合って、気まずそうに一斉に目を背ける。ダンスを踊っている人も、何人かはこちらが気になるのかこちらをちらちらとみている。
ジーザス、神は死んだ。
当初の目的はどうした私。こんなに目立ったら、どうぞ私を殺してくださいと言っているようなものじゃないか。
うわぁああああと叫びだしたくなるのを唇をかみしめることで何とか抑える。
逃げたい。全速力で逃げたい。
誰かこの状況をぶっ壊してください、お願いだから。




