第九話
おひさしぶりです!やっと峰來祭開催です!
照りつける太陽、船艇に寄せてははじかれる波しぶきの音、ぴいぴいとなくカモメ。
峰來祭初日当日、私たちは理事長所有の豪華客船を実体化したような豪奢なつくりの船に乗り、海を進んでいた。
ここで改めて、この峰來祭について説明をしようと思う。
峰來祭は全5日間にわたり行われる、教師も生徒も無礼講、峰來学園に所属する理事長以外のすべての人間がゲスト側というとんでもイベント。
初日はこの船でこれまた理事長所有の島まで一日かけて移動し、二日目から四日目まではその島で様々なレクリエーションを開催し、そして最終日には大舞踏会なるものが行われて、また船で本土まで帰る、といった工程だそうだ。
レクリエーションの内容が気になるところではあるが、まあゲームの中で一二を争う重要イベントであるそうだから(薫X情報)、どうせ現実ではありえないような内容であることは間違いない。
いやしかし、ここで驚くべきは理事長の懐の深さというか、この金を出し惜しみすることのない感じであると思う。
峰來学園がいくら入学や就職するのが難しい難関校だといっても、生徒は確か300から400人ぐらいはいたはずだし、教師も50,60人は軽く超えている。
それだけの人数の5日間の食事代やらなんやらを想像したり考えたりしただけで私は卒倒しそうだ。古株の先生方いわく「あれは理事長の遊びみたいなものだから、気にしなくていい」とのことだけど。庶民の私には地球と土星のように縁遠い話である。さらに驚くべきことに、この間も給料は加算されているらしい。さすがゲームというか、なんか変な感じがする。
こんなんでいいんだろうか、とそんなことを考えながら甲板に出て海をぼんやりと眺める。最終日には夜行バスみたいな感じで夜中に変えることを想定しているからか、この船にはそれぞれに客室が設けられているのだが、どこまでも豪華なつくりのそこにいたたまれなくなり、気晴らしにでもと外に出てみることにしたのだ。こういう所で自分の庶民らしさを実感する。
いざ来てみると、ここは直接日差しを受けるからか人はまばらで私にとっては好都合だ。別にここの人たちがどうというわけではないけれど、あまり人の視線というものが好きではないから。なんかこう、落ち着かないっていうか・・・。
「椋先生、」
「ひゃい!!?」
我ながらひどすぎる心の弱さに軽く自己嫌悪に浸っていると、誰かが私の肩をポン、と軽くたたいた。思わず変な声が出てしまったことを恥ずかしく思いながらも後ろを振り向くと、そこには二人の男の人がいた。
「瀬河先生に向井先生、どうかされたんですか?」
日常的にさわやかな笑顔を絶やさない体育教師の瀬河斎先生と、これまた通常営業でのほほんとした空気を身にまとう養護教諭の向井康介先生、二人ともが攻略キャラである。この二人は教師陣の中でもお互いに仲が良く、いつも二人一緒に行動しているらしい。まだこの二人がゲームでの『私』に何をするのかはあまりわかっていないのだけれど、悲しいことに死亡するのは確実なのだから、この二人といるとついつい気を張ってしまいつかれてしまう。油断大敵、というやつだろうか、なんか違う気もするけれど。
「用、というわけではないんですが、これからこいつとカフェテリアでも行こうかという話になりまして、その話をしていた時に椋先生の姿が見えたものですから。椋先生、ご一緒にどうですか?」
どこぞの清涼飲料水のCM出演者だというような笑顔を浮かべて瀬河先生はそう言った。この人は攻略キャラだからというわけではないんだろうけれど、とてもモテる。誰もがこの笑顔に胸をときめかせてしまうような、そんな魅力があるのだろうと思う。かくいう私も何も思わないわけではないが、攻略キャラの一人だということに加え、私には遠く及ばないアイドルのように思えてどうも恋愛感情に持っていけない。向井先生も同様だ。他の人たちは年が離れすぎていて弟や父親のようにしか感じないし、まだその気はないけれど私がもし結婚するとしたら多分この学園外の人だと思う。って、そんなことはどうでもいいんだ。
「いいお話ですけど、私はちょっと・・・。」
「どうしてですか?まさか、気分でも悪いとか・・・。」
やんわりと断ろうとすると、向井先生が形の良い眉を八の字に下げてこちらへ顔をズイ、と近づけてきた。それに思わず後ずさろうとするが、背中にあたる手すりにそれを阻まれる。
「別に気分が悪いとかじゃ、ないんですけど・・・。」
そういいながら、自分の背中にたらりと嫌な種類の汗が流れるのを感じた。まずい、なんかよくわからないけれどまずい。ここを何とか切り抜けないとと考えるも、一向に状況が好転する気がしない。そうしている間にも向井先生の顔は近づいてくるし、何を考えているのかは知らないが瀬河先生が口を挟んでくる様子もない。じいっとこちらを見つめてくる。そうされていると、私は何も悪いことをしていないはずなのに咎められているように思えてしまう。
「この後急ぎの用でもあるんですか?」
「あ、ありませんけど、」
「なら、いいでしょう?僕たち椋先生のことをもっと知りたいんです。だから、ねぇ・・・?」
すうっとこちらに向井先生の白く細い手がのばされてくるのを視界にとらえる。それがなんだか恐ろしく思えて、思わずぎゅうっと目を閉じる。そして、指先が私の顔に、
「―――椋先生?」
触れる直前、誰かの声が飛び込んできた。




