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「マルヴィン! なんでここにいるのさ」
火掻棒を避けようとして後ろに下がり、廊下の壁にぶつかった挙げ句、床板に尻を強打したマルヴィンを見下ろし、サシャが目を大きく瞠る。
「……サシャ、いまのは絶対俺だってわかってやったよな」
額に当たる寸前で止まっている火掻棒から視線を背けると、マルヴィンは顔を引き攣らせる。
「まさか! 僕は怪しい物音がしたから、勇気を出して不審者に挑んだだけだよ」
空々しくサシャが答えると、マルヴィンは火掻棒を掴んで取り上げながら立ち上がる。
「マルヴィン、もうお祭りは終わったの? 早かったわね」
正装をしたマルヴィンの姿に、リーゼロッテが首を傾げる。
祭は夜更けまで開催されるので、まだまだ始まったばかりのはずだった。
「まだ終わってはいないけど、知らない女の子と踊っても楽しくないから帰ってきた」
リーゼロッテに促されて居間に向かいつつ、マルヴィンは答える。
「えぇ? だって、ダンスはまだまだ続いているんでしょう? マルヴィンにダンスを申し込みたいって女の子はたくさんいたから、途中で休む間もないくらい踊り続けているのかしらって想像していたのに」
「全部断った」
「嘘だ! もったいない!」
悲鳴に近い声をサシャが上げる。
「断れないのが聖トルステン祭じゃないの」
「だから、罰金払ってきた」
悪びれた様子のないマルヴィンは、リーゼロッテから非難がましい視線を向けられても平然としていた。
「踊りたい相手がいないなら参加することもないだろうと思って」
「それだと、聖トルステン祭の趣旨から外れてしまうわけなんだけど、よく罰金だけで帰ってこられたね。マルヴィンなら、みんな逃がそうとしなさそうだけど」
「クレメンスを囮にして脱出したから、簡単に抜け出せたよ。それより、ロッテのそのドレス、よく似合ってる」
居間の明るい照明の下でリーゼロッテのドレス姿を眺めたマルヴィンは、目を細めて誉めそやした。
「ありがとう。聖トルステン祭用に作ったから、お祭りには行けなかったけれどやっぱり今夜着ておこうと思って着てみたの」
最初の布地選びからマルヴィンに手伝ってもらっているので、初めて見せるドレス姿ではないが、面映ゆく感じた。
「そうだね。広場でなければダンスができないわけでもないのだし」
「――――――じゃあ、わたしと踊ってくれる?」
真正面から上目遣いにマルヴィンの顔を覗き込み、訊ねる。
「喜んで」
微笑んだマルヴィンが、白い手袋をはめた両手を差し出す。
「じゃあ、音楽がないと寂しいから、僕が歌ってあげるよ」
二人の世界に割り込むようにしてサシャが自ら提案した。
まさか日付が変わる時刻まで歌う羽目になるとは、想像もせずに。