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第三話「ご息女」


 キアラとジンは今日から暫く世話になる予定の宿屋へと向かっていた。調査はまだ必要な事もあるが、王都からここまでの長旅に、キアラは顔にこそはっきりと出さないものの既に疲れ切っていた。彼女は王都から一歩も外へ出た事がなかった。最も移動が長いと感じたのは、王都の端に建っている自宅から、中心に位置する城へと向かう事くらいである。それが、今はこうして町を二つ分超えて、五日かけて馬車でこの街にやって来たのだから、キアラの常識の中では最も時間のかかった長旅であった。

 蔦の絡まる木造の質素な宿屋の前に着いたところで、一台の馬車が止まっている事に気付く。馬の様子を見ていた御者らしき男は、キアラ達の顔を見るなり、慌てたように身なりを整え、近づいてきた。

「キアラ=ヴェルロンド様と、ジン=アイザ様ですね。お待ちしておりました」

「待っていた、とは?」

 ジンが男に問う。

「我が主人、アーサー様より遣わされました。事件解決までの間、ぜひマーツェルンの屋敷に宿泊して頂きたいと、ご主人様が申されておりますので」

 男の襟の部分が少し汚れていた。良く見れば品の良い召使い、というわけではないようだ。恐らく平民を雇用したのだろう。これまで貴族の屋敷しか見た事がなかったキアラは、少々驚いた。貴族と大商人との屋敷や召使いは、同じようで違うらしい。

 キアラは少し考えてから、男に従い馬車に乗るのだった。



 屋敷に着いてみると、何やら庭園の方から声がする事にキアラは気付いた。楽しげな笑い声ばかりであったが、それがマーツェルン氏の娘のものであるという事を思い付くのにそれほど時間は要さなかった。侍女達が小さな黒い物体を追い掛けているのが遠目で見て分かった。その黒い物体こそ、マーツェルン氏の娘であるという事も。

 馬車を降りた途端、キアラの胸に何かが勢い良く飛び込んできた。彼女は思わずのけ反る。

 ぎゅっと彼女に抱きついてきたのは、まだ年端もゆかぬ幼い少女だった。見知らぬ人間を目の前にしながら、無邪気な笑顔を見せている。

「ねえ、あなた達がパパのお客さま?」

「パパ……って事は、やっぱり」

 マーツェルン氏のご息女か、とキアラは小さく呟いた。その言葉の意味が理解出来なかったようで、ご息女は小首を傾げる。しかしキアラの白髪を見て、今度は目を輝かせた。

「きれーな髪だね!」

「綺麗、か……ありがとな、えっと……」

「ノエルお嬢様!」

 女中がノエルをキアラから引き離した。まるでおぞましいものを見る様な目をしながら、ノエルをなるべく彼女から遠ざけようとする。それは当たり前の反応であって、キアラは特に気にも留めなかった。

 気味が悪いのは、キアラ自身が分かっていた。忌む者の証と言われている白髪を避けたいという思いは、誰もが持っているものであるから。

 しかしノエルは引き離されても尚、キアラに向けて笑顔を見せていた。

「可愛い子ですね、ノエル嬢は」

「まあ、小さいからまだ白髪の意味を知らないだけだろ」

「例えそうであっても、私は嬉しいです」

 そう言ってにこにこと笑っているジンを見て、「何でお前が嬉しがるんだ」とキアラは顔を顰めた。

 そうこうしているうちに、女中がノエルを連れて部屋へと向かおうとしていた。キアラは咄嗟にその女中の手を掴む。

「申し訳ないが、お嬢様と話をさせてはもらえないだろうか」

 恐れを持った表情を見せる女中に対して、事件に関する事なのだ、とキアラは付け足した。女中はノエルの顔を覗き込んだ後に、そっとその場から二、三歩下がった。

 マーツェルン氏の事だ、娘にはルーナの事件関与についての話は一切していないだろう、とキアラは推測していた。彼の性格からしてそんな事を話すわけがないし、何より、ノエルにとってルーナは大切な家政婦型人形であったに違いない。

 尋ねる事があるとすれば、事件についてではなく、人形についてだ。

「ノエル嬢、ルーナについて教えてくれるか?」

「ルーナのこと?」

「うん、良いよ!」と、ノエルは何の疑問も持たずにキアラの問いに答えた。

「ルーナはね、すっごい良い子なんだ! 寂しい時にね、いつも一緒に居てくれたの!」

「そう……素敵な、人形だね」

「うん! ルーナとノエルはね、とっても仲良しなの! ルーナも、いつまでもノエルと一緒に居たいって言ってくれたんだ! ――でも……」

「でも?」

 少し寂しげな表情を見せるノエルに疑問を感じたキアラは、彼女の顔を覗き込んだ。

「ルーナ、いなくなっちゃったんだ。約束したのに……ずっと一緒だって」

 しきりに髪に飾られている紅い花の髪飾りに触れながら、ノエルは俯く。

「……そうか」

 キアラはノエルにありがとう、と一言告げて頭を撫でた。そして女中の方に目をやる。女中は早足でノエルの傍に寄ると、またキアラを避けるようにしてその場を後にしたのだった。

 庭の噴水の色が夕陽の色に染まっていた。辺りの草花も、同じ色になりつつあった。もうじき日が暮れるのだ。たった一日の間に随分と多く情報を得る事が出来たのはキアラにとって僥倖であった。例え人形自体の所在が掴めなくとも、人形の事が分かれば十分である。

 決して珍しいわけではない、人形による殺人事件。それに関与していると思われる家政婦型人形・ルーナ。ルーナを慕うマーツェルン氏のご息女。事件については大方把握した。後は、その人形の状況次第である。

 キアラは警吏ではなく、あくまで別の仕事でこの依頼を受けたのだから。

「さて……今度こそ寝るかな」

「……そうですね」

 うんと伸びをした彼女を、ジンは少し複雑そうな表情で見ていた。

 ご息女の話を聞いて、余計に彼は人形に感情移入していたのである。そこまで愛されていた人形なのだから、恐らく何か事情があった筈であると。しかし、これはあくまで推測の域を超えるものではなかった。だからこそ、ジンは何も言わず、ただキアラに従った。

 ――そんな彼のその表情を、キアラは見逃してはいなかった。これが二人にとっての初仕事である以上、この仕事で彼を見極めようとしていた。これから先も彼は供として同行する。それに当たり、もし彼が情に流されて仕事を邪魔するような男ならば、別の護衛を頼む事になるかもしれないのだから。

 キアラは敢えて何も気付いていない様な風をしながら、寝に入るのだった。


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