第二話「聞き込み」
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事件の被害者は、女性に限定されていた。しかも必ず妙齢の女性が襲われ、その左胸はぽっかりと開いているのである。心臓は剥ぎ取られており、喰い散らされた後のようなものだけが現場に残されているのが特徴だった。
これを聞いた町の人々は、この出来事を果たして現実に起きたものだとしっかり認識出来ているのだろうか。ミステリー小説の中の話であると思うだろうか。
そんな事を考えながら、キアラは最初の事件の現場へと向かっていた。
最初の現場は、町で一番大きな公園。この噴水の側で、一般人の二十代の女性が殺されていたのである。
さすがに遺体や事件の跡は残っていなかったが、聞き込み程度ならやれる事はあった。
キアラは公園にいた。少しでも話を聞ければと思ったからである。――しかし、ジンから見れば、明らかにキアラは人々から避けられていた。それも仕方ない事である。
絹糸の様に白い髪を持つ者は、昔から災いをもたらすと言われてきていたからだ。思えば、マーツェルン氏はキアラの白髪を見ても、普通に接してくれた。そんな人間は本当に少ないものだ。故に、ジンはマーツェルン氏に非常に好印象を抱いていたのだが。
そんなジンの思いも露知らず、キアラは自ら傍を歩いていた貴婦人に話し掛けていた。
「すみません、ご婦人。この公園で起きた殺人事件について、知っている事はありますか?」
「ちょ、キアラ殿!?」
単刀直入にも程がある。ジンはそう思い、キアラの腕をぐいと引っ張り、その場を去ろうとした。しかし、傍を歩いていた貴婦人の返答は、存外あっさりしたものだった。
「えっ……ええと、こ、この前起きた事件の事かしら? ……申し訳ないけれど、その事件について詳しく知っている人は少ないと思いますわ」
少々怯えている様にも見えたが、どうやらキアラに気圧されて話してくれたようだった。
「……それは、どういう事ですか?」
ジンが横から顔を出し、貴婦人に問う。彼女は少し困ったように首を傾げながら、その問いに答えた。
「騎士様のお話によると、殺害現場を見た人は誰もいないのだそうですよ。発見されたのも朝ですから、夜中に殺されたのだろうというお話だけ聞きましたわ」
「では、犯人の特定は出来ていないと?」
「ええ、確か……あ、でも、怪しい人物のお話なら頻繁に。ここ最近、びしょ濡れの家政婦型人形が、真夜中に徘徊していると。この町はこの一月ほど雨が降っておりませんから、妙だという話ですの」
雨が降っていないのに、服を濡らして夜の町を徘徊している、というのは確かに引っ掛かるものがあるとキアラは思う。噴水に落ちてしまったという事も考えられなくはないが、それが最近頻繁に起きているとなれば、やはりおかしい。
この時点では、マーツェルン氏の人形が犯人だという事は断定出来ない。しかし、当のマーツェルン氏は、人形が犯人だと思っているような様子であった。それがまた妙であった。
「……ところで、あなた方はどうしてそのような事を?」
「え! あ、と、それは……」
貴婦人からの問いに慌てふためくジンの代わりに、キアラがそれに答える。
「実は、私達は作家のゲレオン=ドナート先生の助手をしておりまして。評判通りの“変人”である先生が次回作の参考にしたいという事で、多忙な先生の代わりに取材に来たのです」
「あら、まあ! あのドナート様のでしたの! 彼の小説は最後まで犯人の予想がつきませんから、いつもどきどきしながら読んでおりますわ。次回作も楽しみにしておりますとお伝え下さい」
「ありがとう御座います。先生もお喜びになる事でしょう。では、失礼」
キアラは貴婦人に対して一礼し、その場を後にする。
貴婦人と別れてから、ジンはむっと顔をしかめたままである事にキアラはしばらくしてから気が付いた。
「何だ」
「……勝手に人の名前を使うなんて、そんなの有りですか?」
「今この場にいないんだ。許可の取りようがないだろう」
「それはそうですけど……やはり、良くないと思うんです! ちゃんと許可をですね……」
つくづくどこまでも真面目な男だ、とキアラは溜め息をつく。
彼は出会った当初からこんな調子であった。皮肉を込めた物言いをしたところで、真面目に返事をしようとする。少々の反則技をしようものなら、それを全力で止めようとしてくる。
あまり真面目というものを好まないキアラにとって、ジンの存在は、お喋りである事も含めて何もかもが自分自身と相反するものであった。相性で考えるならば、最悪に近いだろう。
しかし、彼と共に仕事をしなければならないのは変わらなかった。
「……そんな事より、だ」
「そんな事!? そんな事で片付くと思ったら大間違……」
「あの話、どう思った?」
声色を変えたキアラに、はっとしてジンの表情も変わる。
「貴婦人のあのお話……ですか?」
「ああ」
「妙では、ありますよね。殺人の起こる日も不定期ですし、犯人の姿は誰も見ていない。服が濡れた不自然な人形の目撃証言があるだけ、なんて……」
やはりジンも同じ事を妙だと感じていた。決定的な証拠もなければ、殺害される瞬間の目撃もない。これだけで人形が犯人だとは言い難い。
しかし、キアラには一つだけ確信があった。それだけ分かっていれば十分といえる確信が。
「……犯人は、間違いなく人形だ。それだけは言える」
「何故ですか?」
「簡単な話だ。発見された時の遺体の状況、覚えているな?」
ジンはううんと唸りながら、口を開く。
「ええと……遺体は決まって左胸が開いていて、心臓が抉り取られていると。加えて、食い散らかされたような跡があるとありましたね」
「そうだ。俺が見た、以前の事件記録のものと一致している」
そこでジンは、キアラが王都を発つ前に書庫に籠もっていたのを思い出した。彼には理解し難い事件記録や書物を、キアラは一日中読んでいた。
事件記録というのは、キアラの“同業者”が遺したこれまでの事件についてが事細かに書かれているものである。職に就くにあたり、キアラはその手の書物にひたすら目を通していた。そう、今回の依頼が来るまで。
「これからどうしましょう?」
「そうだな、とりあえず……今日は寝るか」
「そうですね……って、ええ!?」