サウナは異世界への扉だった
「……ここが、我が家が誇る『白鳥湯』よ。さあ、年貢の納め時ね。徹底的に洗い流してあげるわ!」
凛華に引きずられるようにしてやってきたのは、昭和の趣を残しつつも、隅々まで磨き上げられた一軒の銭湯だった。番台に座る凛華の祖父に「修行よ!」と一言告げ、彼女は俺を男湯の脱衣所へと突き飛ばした
「(……やれやれ。スタミナが漏れる。早く済ませて帰るか)」
俺は諦めて、一週間着倒した(ように周囲には見えている)黒のパーカーを脱ぎ捨てた。
その瞬間、脱衣所にいたサラリーマンや老人たちが息を呑む音が聞こえたが、今の俺にはどうでもいい。一刻も早くこの儀式を終わらせて、限定イベントの周回に戻らなければならないのだ。
俺はタオル一本を腰に巻き、浴室の重い扉を開けた。
「……ふぅ。さて、せっかく来たんだ。カケ湯くらいはするか」
俺が桶で湯を掬おうとしたその時だ。
ドォォォォォン!!
浴室の隅にある『高温サウナ』の扉が、内側から爆発したかのような勢いで蹴破られた。
「あつぅぅぅい! 何なのですか、この煮えたぎる地獄の小部屋はぁぁ!」
もうもうと立ち込める熱気の中から飛び出してきたのは、眩いばかりの金髪を振り乱した美少女だった。
しかも、彼女の身を包んでいるのは、防具としての機能を果たしているか怪しい、面積の極端に少ない『聖女の法衣(サウナ仕様に蒸されて半透明)』……。
「……リリィ? お前、なんでサウナから出てくるんだ」
彼女は、俺が異世界で共に魔王を討伐したパーティーの聖女、リリィだった。
「ひゃぅっ!? か、カズマ様!?」
俺の姿を認めるなり、リリィは顔を真っ赤にして叫んだ。
「ようやく見つけました! 予言にあった『湿気と裸の男たちが集う聖地』とは、ここのことだったのですね! さあ、一刻も早く異世界へ戻りましょう。魔王の残党が、カズマ様がいなくなったせいで、逆に『平和すぎて娯楽がない』とデモを起こしているのです!」
「断る。俺は今、この世界の『ガチャ』という名の戦いに忙しいんだ」
「何を言っているのですか! あなたがいない間に、私の信仰心も限界です! この一週間、あなたの脱ぎたてパーカーの匂いを嗅げなかった私の身にもなってください!」
リリィが全裸同然の格好(法衣がもはや機能していない)で俺に飛びつこうとしたその時。
「ちょっとぉぉぉ!! 男湯で何やってんのよぉぉぉ!!」
浴室の仕切り壁を飛び越えて凛華が乱入してきた。
彼女はバスタオルを巻いた姿で、手にはなぜか「清掃用の高圧洗浄機」を装備している。
「佐藤くんを不潔な体臭から救うのは、私なんだから! あなたみたいな露出狂のコスプレイヤーに、彼の『更生』は任せられないわ!」
「コスプレ!? 失礼な! 私はこれでもアステリア神殿の第一聖女ですよ! あなたこそ、カズマ様に色目を使う不浄な女ですね! 浄化してあげますわ!」
「望むところよ! 白鳥湯の伝統にかけて、あなたをピカピカにしてあげる!」
「(……帰りたい)」
俺は二人の美女が裸で激突する光景を背景に、静かに湯船に浸かった。
湯船に浸かった瞬間、俺の『絶対浄化』が作動し、お湯が黄金色に輝き始めたが、もはや誰もそんなことには気づかないほど、現場は混沌を極めていた。




