聖騎士は、湯船よりもガチャを回したい
都内のプログラミング専門学校に通う佐藤カズマは、クラスメイトから「いつも同じパーカーを着ている」「なんとなく浮世離れしている」という理由で、「あいつ、風呂入ってないんじゃないか?」という不名誉な噂を立てられていた。
しかし、彼には誰にも言えない秘密がある。実は1年前まで異世界に召喚され、魔王を討伐した伝説の聖騎士だったのだ。
カズマの体には、異世界で授かった**「絶対浄化」**という常時発動型のパッシブスキルが刻まれている。
• 汗も皮脂も、付着した汚れや細菌すらも、発生した瞬間に光の粒子となって消滅する。
• 肌は常に陶器のように滑らか。
• 体臭は無臭を通り越し、微かに「伝説の霊峰に咲く銀蓮華」の香りがする。
「わざわざ風呂に入る必要がない」という合理的判断のもと、カズマは帰宅後もひたすら推しのアニメ鑑賞とソシャゲの周回に明け暮れていた。
そんなある日、学校一の潔癖症美少女・白鳥凛華に、「あなた、不潔よ! 私が更生させてあげるわ!」と強引に銭湯へ連行されることになり——。
「……あいつ、また同じ格好してるぜ」
「まじかよ。今日も風呂入ってないんじゃないか?」
専門学校の講義室。休み時間の喧騒の中、俺——佐藤カズマに向かって飛んでくるヒソヒソ声は、もはや日常のBGMだった。
俺は自慢ではないが、この一週間、一度も風呂に入っていない。
それどころか、シャワーの一滴すら浴びていない。
「(ふむ……『聖騎士の休息(SSR)』の排出率が、通常時の0.3%から0.5%に上昇しているな。今こそ全リソースを投入すべき時だ……)」
周囲の視線などどこ吹く風。俺はスマホの画面に集中していた。
俺が風呂に入らないのは、不潔だからではない。入る必要が全くないからだ。
一年前、異世界で魔王を討伐した際、俺は最高位のパッシブスキルを授かった。
このスキルの効果は絶大だ。
汗、皮脂、埃、細菌。あらゆる「不浄」は、俺の肌に触れた瞬間に光の粒子となって消滅する。
どれだけ徹夜でアニメを観ようが、どれだけ脂っこいラーメンを食べようが、俺の細胞は常に生まれたての赤子のように清浄。
言うなれば、俺は**「歩く無菌室」**なのだ。
だが、そんな事情を知る由もない現代人からすれば、俺は「毎日同じ黒いパーカーを着て、表情を動かさずスマホを弄っている不気味なオタク」に過ぎない。
「ちょっと、そこのあなた」
不意に、目の前の光が遮られた。
スマホの画面に落ちる影。顔を上げると、そこには学校一の有名人が立っていた。
白鳥凛華。
陶器のような白い肌に、手入れの行き届いた長い黒髪。実家が老舗の銭湯だという彼女は、異常なまでの潔癖症としても知られている。
「……何か用か?」
「用があるのは私の鼻よ。……信じられない。あなたから、ありえないほど不自然な匂いがするわ」
凛華は俺の首筋に顔を近づけ、クンクンと鼻を鳴らした。
クラスメイトたちが「おい、あの白鳥が佐藤に……!」と騒ぎ出す。
「(マズいな……)」
俺の体からは、スキルの副作用で『聖域の銀蓮華』の香りが微かに漂っている。
人間が発するはずのない、天界の香りだ。
「……無臭。いいえ、無臭を通り越して、まるで高山の空気のような清涼感。あなた、一体どんな『香水』で体臭を誤魔化しているの?」
「香水なんてつけてない」
「嘘を仰い! そんなに汚らしい格好をして、お風呂にも入っていないという噂なのに、匂いだけ清らかなんて不気味よ。……決めたわ。あなたが何を隠しているのか、私が暴いてあげる」
凛華は俺の手首をガシッと掴んだ。意外に力が強い。
「放せ。これからイベントの最終追い込みなんだ」
「問答無用! 根性まで腐りきった不潔なオタクには、我が家自慢の『薬湯』が必要よ。さあ、行くわよ、銭湯へ!」
「ちょっ、待て! 今スタミナが全快したところなんだ! 離せ、離してくれ……!」
こうして、現代の聖騎士は、全ユーザー待望の期間限定イベントを放り出し、この世で最も不要な場所——『銭湯』へと連行されることになったのである。




