第二話
玄関のドアノブを開けると、ひんやりとした空気が僕の頬を撫でる。
「…ただいま。」
中は暗く、静けさだけが家の中に広がっていく。
僕がここで一人暮らしを始めてから一か月ほどが経った。
最初は道が分からなくてとても不便だったが、慣れるととても住みやすく感じる。
いつも通り洗面台で手を洗い、自室に荷物を置く。
そして、少し早いが晩御飯の用意をすることにした。
包丁を取り出し、次々に食材を切っていく。
人参を乱切りにし、玉ねぎをざくざくと切る。包丁がまな板を叩く音が、部屋の静けさを埋めていった。
鍋に切った野菜と豚肉を入れると、じゅうっと油の音が立つ。
水を入れ、数十分ほど煮込む。
そうして、学校帰りに買ったカレーのルーを溶かせばカレーの香ばしい匂いが僕の鼻を刺激する。
冷凍庫からお米の入ったタッパーを取り出し、電子レンジで温める。
一分ほど経ち、電子レンジからピッという音が鳴り、タッパーを電子レンジの中から取り出す。
熱々のお米をお皿に盛り、出来上がったカレーを皿に盛り付ければ、カレーの完成だ。
そうして、出来上がったカレーをリビングに運ぶ。
「いただきます。」
カレーは僕が人生で初めて作った料理だ。
一人暮らしをするということで、高校に入学する前に自炊の練習をした。
よく鍋の底を焦がしていたが、今では失敗することも少なくなった。
テレビを点け、チャンネルをいろいろと変えてみるが、どの番組も僕の心には引っかからない。
僕はリモコンを机に置き、静かにカレーを食べた。
これが、僕の日常だ。
中学生から変わった事といえば、自分で料理をするか否かの違いだけだ。
僕の両親は共働きで、家にいることは少なかった。いたとしても疲れ切っており、自室のベッドかリビングのソファで寝ていた。
朝も早く、僕が起きる時には家には僕しかいなかった。
だが、そのことに孤独感を感じたことはない。
今まで、ずっとそうだったからだ。
慣れてしまったのだ。一人でいる生活に。
僕が中学に上がる頃には、二人の姿を見ることはほとんどなくなっていた。
小学生の頃は母もご飯を作ってくれていたが、次第に朝起きたときに机にお金が置かれているだけになった。
だが、そのことに不満を持ったことは一度もない。
そうして、僕は数分としないうちにカレーを食べ終えた。
「ごちそうさまでした。」
食べ終わった皿を洗い、残ったカレーをタッパーに詰める。
そうして時計を確認すると、短針は七時と八時のちょうど真ん中を指している。
特にすることもないため、僕は学校で読んでいた本を鞄から取り出し続きを読むことにした。
鞄の中には本と複数枚の書類しか入っていない。
本を取ろうとすると、ふと一枚の書類に目がいった。
「そういえば…部活はどこにしようか」
鞄から本とともに書類を取り出す。
そこには、入部申請書と書かれていた。
明日の放課後までにこの書類を担任の先生に提出しなければならない。
今日見た部活を思い出してみるが、やはりどれも僕の心に響くものは無かった。
「ねえ。一緒に心霊現象部に入らない?」
不意に、霧崎さんの声が頭の中で響いた。
そういえば学校からの帰り道で霧崎さんを見かけた。
どうやら落ち込んでいた様子だったので、おそらく心霊現象部に入ってくれる人は見つからなかったのだろう。
「心霊現象部か…」
部活として成り立たせるには最低三人が必要と担任が言っていた。
部活紹介時に、心霊現象部のブースには本を読んでいる先輩が一人しかいなかった。
つまり、現在は霧崎さんを含めた二人しかいないということになる。
他の部活と比較したら人数は圧倒的に少ないだろう。
そして、それは関わる人の少なさを意味する。
だが、逆に言えば関わりが強くなるということだ。
多数の内の一か、少数の中の一。どちらの方が僕に有益だろうか。
加えて、こう見えて僕は幽霊というものが苦手だ。
子供の頃に、一度だけ両親とホラー映画を見に行ったことがある。
思えば、家族で出かけたのはそれが最初で最後だった。
珍しく二人とも家におり、父が急に映画を見に行こうと言い始めたのだ。
様々な映画が上映されていたが、父親の趣味がホラー映画鑑賞ということで自然とホラー映画を見ることになった。
だが、その内容は到底小学生が見るようなものではなかった。
その日の夜は、すべてのものが幽霊に見えてしまって眠れず、次の日初めて寝坊してしまった。
恥ずかしい話だ。
大きくなるにつれて幽霊に対する恐怖心は薄れていったが、それでも心の奥底には恐怖というものが根強く残っている。
「でもまあ、結局は幽霊部員になるんだし、心霊現象部でもいいか。」
あの時は断ってしまったが、いまさら入部することを本人に伝えると面倒なことになりそうだ。
それに、幽霊部員になるのだから関わらなくても良いだろう。
とりあえず書類には心霊現象部と書き、鞄にいれる。
それ以上部活のことを考えることはなく、僕は本を読み続けた。
そして、気づけば時計の短針は十を指していた。
僕は読んでいたページに栞を挟み、本を閉じてシャワーを浴びた。
それから歯を磨き、少しの間本の続きを読んだ。
いつの間にか、僕はベッドの上で眠りに落ちていた。




