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月夜の誓い  作者: 虎太朗
5/5

深まる孤立

今回は、ヒナ視点になります!

「はぁ...」


朝の準備をしながら、わたし——ヒナは大きなため息をついた。


鏡に映る自分の顔は、昨日より疲れて見える。目の下には薄いクマができていた。


洗面台に手をつき、冷たい水で顔を洗う。


(今日も学園に行かなきゃ...)


胸の奥で重いものがうごめいている。昨日からの学園での雰囲気の変化が、どうしても頭から離れない。


がちゃ


部屋のドアを開けて廊下に出る。


「ヒナちゃん、おはよう」


キッチンの方から声が聞こえる。


「おはよう、タマモ叔母さん」


できるだけ明るく返事をしようとしたけれど、声が少しかすれてしまった。


タマモ叔母さんは、お母さんのお姉さんでわたしの唯一の血のつながった肉親だ。


階段を下りて食卓に向かう。


「顔色が悪いけれど、大丈夫?」


タマモ叔母さんが心配そうに見つめている。その優しい瞳に、かすかに悲しみの影が宿っているのを、わたしは知っている。


「大丈夫だよ。ちょっと寝不足なだけ」


嘘じゃない。昨夜はなかなか眠れなかった。


(タマモ叔母さんに心配をかけたくない)


この学園に入学するために、どれだけの努力をしてくれたか。

あの火事で両親とお兄ちゃんを失い、一人残されたわたしを引き取ってくれたタマモ叔母さん。

叔母さん自身も同じ火事で妹である母と、お兄ちゃんと父を失っているのに。


政治的な取引だなんて言われているけれど、本当のところはわからない。

でも、きっと簡単なことじゃなかったはず。


もぐもぐ


トーストを口に運ぶが、味がしない。


「学園は楽しい?」


タマモ叔母さんの何気ない質問に、胸がきゅっと締め付けられる。同じ悲しみを知る人だからこそ、わたしの幸せを心から願ってくれている。


「...うん。ユキノさんという優しい方がいて、魔法を教えてくれるの」


「それは良かった。友達ができて安心したわ」


タマモ叔母さんの笑顔を見ると、本当のことなんて言えない。叔母さんはわたしのために、どれだけのものを犠牲にしてくれているか。これ以上心配をかけるわけにはいかない。


急いで身支度を整えて、家を出た。


学園への道を歩きながら、足取りが重くなっていく。


(また今日も...)


昨日の教室での冷たい視線、ひそひそ話、誰も近づいてこない空気。


がやがや


学園が見えてくると、既に生徒たちが登校している。


ちらり


わたしを見つけた生徒たちが、小さく話し始める。


「あ、あの子よ」


「人間の転校生」


「問題になってるらしいわね」


聞こえないふりをして、足早に校舎に向かう。


かつかつと石畳にヒールの音が響く。獣人の生徒たちは軽やかな足音なのに、わたしの足音だけが重く感じる。


あまり音を立てないよう教室のドアを開けて中に入る。


いつもよりも早く到着したはずなのに、既に多くの生徒が席についていた。


一歩教室へ入ると会話が止まる。


(...気のせいじゃない)


明らかにわたしのことを話していたのね。


自分の席に向かいながら、周囲の視線を感じる。


椅子に座ると、隣の席はまだ空いている。ユキノさんはまだ来ていない。


(ユキノさんがいれば...)


少し気持ちが楽になる。でも、同時に申し訳ない気持ちも湧いてくる。


ひそひそ


後ろの席から声が聞こえる。


「やっぱりおかしいわよね」


「レベル8でこの学園って」


「何かの間違いじゃない?」


教科書を取り出しながら、その声を聞かないようにしようとする。でも、耳に入ってしまう。


「おはよう、ヒナ」


待ち望んでいたユキノさんの声。振り返ると、いつものように美しい笑顔でわたしを見つめている。


「おはようございます、ユキノさん!」


そのとたん、胸の奥の重苦しさが少し軽くなった。


いつものようにユキノさんが隣に座る。


「今日も一緒に頑張りましょう」


「はい」


その言葉だけで、なぜか涙が出そうになる。


~~~


今日は魔法実技の授業。


夜の闇に溶け込むような美しい褐色の羽を揺らしながらマリア先生が教壇に向かう。


「皆さん、今日はペアを組んで魔法制御の練習をします」


ざわざわ


生徒たちがペアを作り始める。


当然のように、わたしには誰も声をかけない。


ちらり


周りを見回すと、皆楽しそうにペアを組んでいる。


「ヒナ、一緒にやりましょう」


ユキノさんが声をかけてくれた。


「ありがとうございます」


でも、その時——


ひそひそ


「また ユキノさんが組まされてる」


「可哀想に」


「あんな低レベルと組んで大丈夫?」


胸が痛む。ユキノさんに迷惑をかけている。


「気にしないで。私たちのペースで頑張りましょう」


ユキノさんの優しい声。でも、その優しさが余計に胸に突き刺さる。


ユキノさんが手を地面につけ、美しい氷の結晶を作り出す。


まるで宝石のような氷の花が咲く。彼女の魔法は本当に美しい。


「ヒナの番よ」


「はい...」


(わたしも失敗しないようにしなきゃ)


手のひらに意識を集中する。


ぽっ


小さな炎が現れる。でも——


一瞬、あの火事の記憶がよぎった。津波のように押し寄せる炎。熱を帯びている煙。助けを呼ぶ声。


(どうしよう…息が…)


体が震え、呼吸が浅くなる。


「落ち着いて」


ユキノさんの声が聞こえるが、周囲の視線が気になって集中できない。


ぽっ


炎が消えてしまった。


「すみません...」


「大丈夫よ。もう一度」


何度か挑戦したが、うまくいかない。自分の不甲斐なさを痛感する。


そのとき——



教室の入り口に、小柄な少女が立っているのが見えた。


1年生のようだ。ユキノさんによく似た顔立ち。


(もしかして...)


「お姉様〜」


その少女が手を振っている。やっぱり、ユキノさんの妹のようだ。


「あら、サクラ。どうしたの?」


「先生に呼ばれて書類を届けに来たの。ついでにお姉様の様子を見に」


にこにこ


人懐っこそうな笑顔。でも——


ちらり


その視線が一瞬わたしを向いた時、何か冷たいものを感じた。


「こちらが転校生のヒナさんね。お姉様からお聞きしてます」


「あ、はじめまして。ヒナです」


「サクラです。よろしくおねがいします〜」


表面上は友好的だが、なぜか背筋がゾッとした。


「お姉様がお世話になってます」


「いえ、こちらこそ...」


「大変でしょうね、人間なのに魔法学園で」


どきり


何気ない言葉だが、棘がある。


「サクラ」


ユキノさんが注意するような口調。


「あ、ごめんなさい。変なこと言っちゃって。でも、お姉様が親切にしてくださってるから安心ですね」


にこにこ


また人懐っこい笑顔に戻る。でも、さっきの冷たい視線を忘れることができない。


「それじゃあ、お姉様、頑張ってくださいね」


先生に書類を届けたサクラさんが教室を出て行く。


「妹がおかしなことを言ってごめんなさい」


「いえ...」


でも、胸の奥で嫌な予感がした。


その午後の魔法実習で、それは起きた。




~~~



ざわざわ


生徒たちが実習場に集まる中、わたしは一人で端の方にいた。


「今日は応用魔法の練習です。各自、自分のレベルに合わせて取り組んでください」


マリア先生の指示で、皆が魔法の練習を始める。


(今ならだれも見てない)


チャンスだと思いわたしも小さな炎を出そうとした。


ぽっ


いつもより少し大きな炎が現れた。


(少し調子が良いかも)


そう思った時——


また、あの記憶がよぎる。燃え盛る家。煙に包まれた部屋。家族の助けを求める声。


ぼうっ


急に炎が大きくなった。


「え?」


制御が利かない。この前と同じ暴走?いや、今日はもっと激しい。


「危ない!」


誰かの声。


ばっ


炎が横にいた生徒に向かって飛んだ。


「きゃあ!」


教室中が騒然とする。


「ヒナさん!」


マリア先生が駆け寄ってくる。


「すみません、すみません!」


でも、炎はなかなか消えない。まるで、あの火事の炎のように——


「氷よ!凍てつけ!!」


ユキノさんが氷の魔法で炎を消してくれた。


「大丈夫?怪我は?」


「だ、大丈夫です…」


炎が飛んだ生徒は幸い怪我はなかったが——


「やっぱり危険よ」


「人間はここにいるべきじゃない」


「また暴走した」


「わたしたちが巻き込まれたらどうするの」


周囲からの非難の声。


「すみません、本当にすみません...」


涙が溢れてきた。


ぽろぽろ


なぜかいつもより暴走が激しかった。いつもはこんな威力でないはずなのに——


でも、わたしの未熟さが原因だ。そして、あの火事の記憶が魔法を不安定にさせているのかもしれない。


「ヒナ」


ユキノさんが肩に手を置いてくれる。


「大丈夫よ。誰も怪我をしなかったから」


でも、教室の空気は更に冷たくなった。


~~~


授業が終わり、放課後になった。


「すみませんユキノさん、今日の練習は...」


「ええ、今回はやめておきましょう」


ユキノさんが優しく言ってくれたが、その表情も疲れて見える。


とぼとぼ


一人で家に帰る道。


(もう限界かもしれない)


毎日のように続く冷たい視線。ひそひそ話。そして今日の事故。


ぽろり


涙が頬を伝う。


(ユキノさんにまで迷惑をかけてしまった)


あの人の優しさに甘えて、周りが見えなくなっていた。


家に着いて玄関を開ける。


「おかえりなさい」


タマモ叔母さんの声が聞こえるが、返事ができない。


叔母さんの優しい声を聞くと、余計に申し訳ない気持ちが募る。あの火事で大切な人たちを失った悲しみを抱えながらも、わたしを温かく迎え入れてくれた叔母さん。


足音を立てないように階段を上がり、自分の部屋に向かう。


ばたん


ドアを閉めて、ベッドに倒れ込む。


(もう...退学しようかな)


その考えが頭をよぎる。


このまま学園にいても、皆に迷惑をかけるだけ。ユキノさんにも。そして、タマモ叔母さんにも。


拭いても吹いても頬に流れる涙が止まらない。


でも——


(ユキノさんとの約束...)


魔法の練習。あの人の優しい笑顔。


(もう少しだけ...頑張ってみよう)


でも、心の奥では分かっていた。


この状況がこのまま続けば、いずれは——


外では騒がしく、雨粒が窓を叩き始めた。


まるでわたしの心を表しているみたい。


「明日...どうしよう」


小さくつぶやくが、答えは見つからない。


ただ、胸の奥で不安だけが大きくなっていく。


(ユキノさん...ごめんなさい。タマモ叔母さん...ごめんなさい)


優しい叔母さんに、これ以上心配をかけることはできない。でも、どうすればいいのか分からない。

わたしはただ、この重い気持ちを抱えたまま、暗闇の中で途方に暮れるだけだった。

ここまで読んでいただいてありがとうございます!不定期の更新になりますが、コツコツと書いていこうと思います!コメントや評価をしていただけると励みになります!

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