氷の令嬢
今回はユキノの一人称です!
「はぁ...」
朝の光がレースのカーテンを通してふわりと部屋に差し込む中、私——ユキノは深いため息をついた。昨日の転校生、ヒナのことが頭から離れない。
ぺたり、ぺたり
裸足で冷たい大理石の床を歩き、窓辺に向かう。
カーテンを勢いよく開けると、眩しい朝日が部屋を満たした。
「あの人間の少女...なぜ気になるのかしら」
こんこん
扉をノックする音が響く。
「ユキノ様、おはようございます」
「おはよう、エリン。入って」
侍女のエリンが朝食のトレイを持って入室する。
「今朝も美しくいらっしゃいますね。でも、少しお疲れのご様子ですが...」
「大丈夫よ。ただ、昨日のことを考えていただけ」
銀のトレイがテーブルに置かれる。
「昨日のこと、と申しますと?」
「転校生のことよ。あの子、魔法レベルが8しかないのに、この学園に入学できたなんて…」
ぽり…ぽり…
焼きたてのクロワッサンを齧りながら考える。
「ユキノ様は優しい方ですから、きっと心配になさっているのでしょう」
「優しい...私が?」
くすり
エリンが微笑む音が聞こえる。
「もちろんです。表面上はクールでいらっしゃいますが、困っている人を放っておけない性格でいらっしゃいます。サクラ様もいつもおっしゃっています」
「サクラが?」
「『お姉様は本当は優しいのよ』って。昨夜も『お姉様、また誰かを助けたのね』って微笑んでいらっしゃいましたよ」
私の妹、サクラ。高等部1年で、のんびりした性格だけれど、時々鋭い観察をする。
「あの子は...よく見ているのね」
「そう...かしら」
ごくり
紅茶を飲み干すと、温かい液体が喉を通る感覚が心地よい。
「そういえば、サクラはもう起きているの?」
「はい。いつものように朝の魔法練習をなさっています。お庭の桜の木の下で」
あの子も頑張っているのね、とつぶやきながら私も学校へ行く準備を始めた。
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かつかつかつ
学園への道のりを歩きながら、石畳に響くハイヒールの音が規則正しく響く。
「おはよう、ユキノ!」
ぱたぱた
慌てたような足音と共に、同級生のレオが駆け寄ってくる。
「おはよう、レオ」
「昨日はびっくりしたよね〜。転校生の子、魔法暴走させちゃって」
「ええ、確かに驚いたわね」
「でも、君が助けてくれて良かった。さすがは学園のアイドル、ユキノちゃん!」
「アイドルって...そんな大げさな」
「大げさじゃないよ〜。みんな憧れてるんだから。あ、そうそう、君の妹のサクラちゃんも1年生で頑張ってるよね」
「ええ、あの子なりに...」
「のんびりしてるように見えるけど、実は結構すごいらしいね。魔法レベル33だっけ?」
「...よく知っているのね」
キラキラと朝日を受けて、学園の美しい尖塔が輝いて見える。
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がやがや
教室に入ると、既に多くの生徒が集まって談笑している。
「あ、ユキノちゃん!おはよ〜」
「おはようございます、ユキノさん」
次々と挨拶を受けながら、私は自分の席に向かう。そして、隣の空席を見つめた。
「...まだ来ていないのね」
そう思っていると廊下から慌てたような足音が聞こえる。
「はぁ、はぁ...間に合った...」
がらら
教室の扉が勢いよく開かれ、息を切らしたヒナが現れた。
「お、おはようございます!」
ひそひそと教室中がざわめく。
「あの子、まだいたのねぇ」
「レベル8なんでしょ?なんでこの学園に?」
「人間なのに、よく入学できたわね」
そっ
ヒナが私の隣の席に座る。近くで見ると、少し息が荒い。
「お、おはようございます...ユキノさん」
「おはよう」
ぺらぺら
ヒナが慌てて教科書を開く音。手が少し震えているのが見える。
「大丈夫?」
思わず声をかけてしまった。
「え?あ、はい!大丈夫です!」
ヒナの表情が明るくなる。その笑顔を見て、なぜか胸が温かくなった。
始業のチャイムが鳴り響く。
「皆さん、おはようございます」
こつこつこつ
マリア先生がヒールの音を響かせながら教壇に向かう。
「今日は魔法の歴史について学びましょう。特に、運命の番についてですね」
ざわざわ
教室がどよめく。
「先生!運命の番って本当にあるんですか?」
生徒の一人が手を挙げる。
「古い言い伝えによると、獣人には生涯を共にする運命の相手を本能的に感じ取る能力があるとされています」
今までは気にならなかったことなのに、今日は自然に両耳が先生の方へ向いていた。
「でも、これはあくまで伝説です。魔法的根拠はありませんからね」
「そうですよね〜。おとぎ話みたい」
ちらり
無意識にヒナの方を見てしまう。彼女は真剣にノートを取っている。
さらさら
ペンが紙を滑る音が心地よい。
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かーん、かーん
昼休みのチャイムが響く。私は一人で中庭のベンチに座り、読書をしようとしていた。
とことこ…誰かの足音が近づいてくる。
「あの...ユキノさん」
振り返ると、ヒナが立っていた。
「何かしら?」
「改めて昨日は本当にありがとうございました。魔法の暴走を止めていただいて…」
恥ずかしそうに手をもじもじと動かしている姿が何だか可愛い。
「気にしないで。当然のことをしただけよ」
「あの...お願いがあるんです」
「お願い?」
ごくり
ヒナが唾を飲み込む音が聞こえる。
「昨日お話していた魔法の制御について教えてください!」
普段ならここまで人に手を貸すことなんてなかったのに。
なぜこの子を手伝いたいと思うのだろう?なぜこの子に頼られるだけでうれしいと思うのだろう?
「...分かったわ。放課後、ここで待っていて」
「本当ですか?!ありがとうございます!」
ヒナの表情が花のようにぱっと明るくなる。
そんな様子を見て、知らないうちに私の尻尾が揺れてたらしい。
気づいてすぐ止めたけど見られていないか不安だ。
昨日から私、やっぱり変だわ…。
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かーん、かーん
放課後のチャイムが響く。約束通り、中庭でヒナを待っていると...
ぺたぺた、ぺたぺた
慌てたような足音と共に、ヒナが現れた。
「すみません!少し遅れてしまって!」
「構わないわ。それより、基本から始めましょう」
私は地面に手をつき、氷の結晶を作って見せる。
きらきら。美しい氷の花が地面に咲く。
「わあ...とても綺麗です」
「魔法の基本は心の安定よ。感情が乱れると、魔法も乱れる」
「心の安定...」
ヒナが手のひらに意識を集中する。
すると、ぽっと小さな炎がゆらゆらと現れた。
「良いわね。でも、まだ不安定」
今にも消えそうな炎が左右に揺れている。
「深呼吸をして。そして、炎に話しかけるように」
「炎に...話しかける?」
「ええ。『落ち着いて』って優しく」
すー、はー
ヒナが深く息を吸い、ゆっくりと吐く。
「落ち着いて...お願い」
ぽわん
炎が安定した形になった。
「!!できた!できました!」
「上手ね」
彼女の成長を見ていると、なぜか自分のことのように嬉しくなる。
(この時間がもっと続けばいいのに…)
練習を終えた帰り道。
夕日が差し込み、二人の影が長く伸びる。
「ユキノさん」
「何?」
「どうして私を手伝ってくれるんですか?」
その質問に戸惑った。
「...困っている人を見ると、放っておけないの」
「優しいんですね」
ふいに顔が熱くなる。
「そ、そんなことないわ」
火照った顔を冷やすために、慌ててバッグから水筒を取り出す。
「私、ユキノさんみたいになりたいです」
「私みたいに?」
「はい。強くて、美しくて、みんなに尊敬されて」
胸の奥が締め付けられるような感覚。
「あなたは…あなたらしくいればいい」
「私らしく...」
ふわり
風が吹いて、ヒナの髪が舞った。その瞬間、心臓が大きく鼓動した。
(この感覚は...何?)
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こつこつこつ
家への帰り道、一人でハイヒールの音を響かせながら歩く。
まだ、先ほどの火照りが収まらない。
がちゃ
「ただいま」
玄関のドアを開けると、エリンが出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ、ユキノ様。今日はいかがでしたか?」
「エリン...」
エリンは私の様子を察したのか、自室に戻るとすぐ紅茶を用意してくれた。
「実は、気になることがあるの」
「気になること、ですか?」
「運命の番って...本当にあると思う?」
エリンが驚いたような表情を見せる。
手元への意識が薄れたのか、ポットを落としそうになって、すんでのところでキャッチしていた。
(…さすがエリンね……)
「急にどうなさいました?」
「授業で習ったの。でも、魔法的根拠はないって」
う~んと、ひとしきり考えた後、
「そうですね…、昔からの言い伝えですし..魔法ではない不思議な力があるのではないでしょうか」
心臓の音が大きく聞こえる。
「もし、心臓が早鐘のように鳴って、その人のことばかり考えてしまうとしたら?」
「それは...」
エリンがにっこりと微笑む。
「恋かもしれませんね」
頭の中で雷が落ちたような衝撃を受ける。
「こ、恋?私が?」
「ユキノ様も17歳の女の子ですもの。そろそろ恋をしても不思議ではありませんわ」
(この感覚が恋をするってことなの…?わからないわ…)
(私より社交的なサクラならわかるかしら…?)
「そういえば、サクラはどこ?」
「サクラ様でしたら、図書館で勉強なさっています。『お姉様が帰ったら話があるの』とおっしゃっていましたが...」
「話?何の話かしら」
「さあ...でも、なんだか嬉しそうでしたよ。『今日は面白いことがあったの』って」
立ち上がってふらつく。
「お、お風呂に入ってきます。サクラには後で会うわ」
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ざぶーん
温かいお風呂に浸かりながら、今日一日を振り返る。
「ヒナのこと...そんなに気になって仕方がないのは...」
ぼこぼこ
泡が水面に浮かぶ。
「でも、相手は人間よ。それに女の子だし」
ざぱん
お風呂から上がり、鏡の前に立つ。
「私って...そういう人だったのかしら」
鏡の中の自分の頬が赤く染まっている。
「それにしても、サクラの話って何かしら...」
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ぽふっ
ベッドに飛び込み、天井を見つめる。
「明日も魔法を教えてあげる約束をしたけれど...」
また心臓の音が大きくなる。
「この気持ち...運命の番だなんて、まさかね」
こんこん
ドアをノックする音が聞こえる。
「お姉様?サクラです。起きていらっしゃいますか?」
「サクラ?入って」
がちゃ
妹のサクラが部屋に入ってくる。私より一回り小柄で、いつものようにのんびりとした表情をしている。
「こんばんは~お姉様。夜遅くにごめんなさい」
「いいのよ。ところで私の部屋に来るなんて珍しいわね?どうしたの?」
私とよく似た顔がニコッと微笑む。
「実はお姉様のクラスにきた転校生の子のこと、気になっちゃって…。私のクラスでも話題になってますよ」
「あ、あの子のこと知ってるの?」
「ええ。『人間なのに魔法が使える珍しい子』って。でも、レベルは8なんですよね」
サクラの瞳が、一瞬鋭く光ったように見えた。でも、すぐにいつものほんわかした表情に戻る。
「お姉様が親切に教えてあげてるって聞きました。さすがです」
「別に...困ってる人を放っておけないだけよ」
「そうですね。お姉様はそういう方です」
他にも他愛もない話をしたら、いつの間にか就寝の時間になっていた。
「おっと!もうお時間ですね。私も部屋に戻ります。おやすみなさい、お姉様。また明日」
「おやすみ、サクラ また明日」
ぱちん
部屋の明かりを消すと、静寂に包まれた。でも、心の中では何かがざわめき続けていた。
「また明日、ヒナに会える...」
そう思うと、なぜか胸が温かくなった。これが恋なのかは分からない。でも、確実に何かが変わり始めている。
そして、先ほどのサクラから感じる雰囲気に違和感を覚えながらも、深く考えず、やがて眠りに落ちていく私。
夢の中でも、ヒナの笑顔が浮かんでいた。
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