1-1「エリーとの再開」
それから数日後。王都全域に告げられた一枚の布告が、マリアの運命を大きく動かした。
《英雄団候補生募集──剣術・魔法・学識に優れ、国を導く志を持つ者、集え》
その紙を読みながら、マリアは胸の奥が熱くなるのを感じた。いよいよ、夢見てきた登竜門が開かれるのだ。
母は何も言わずに彼女の背を押した。ため息まじりに笑いながら「あなたが本当に行きたいなら、行ってらっしゃい」とだけ言って。
出発の朝。まだ空が薄青く、街道には霧が立ちこめている。訓練用の木剣と、母が持たせてくれた小さなペンダントを首に下げ、マリアは王城近くの訓練場へと向かった。
広場には、同じくらいの年齢から十代半ばくらいまでの少年少女がずらりと並んでいた。剣を持つ者、魔法の杖を持つ者、緊張した面持ちで列を作っている。
「……あっ、マリアさん!」
人ごみの向こうから、見覚えのある顔が手を振っている。エリーだ。
彼女もまた、軽装の鎧に身を包み、短剣を腰に差している。昨日までの不思議な来訪者が、今日は同じ挑戦者として立っていた。
「あなたも英雄団の試験に?」
「ええ、私にも夢があるんです。あなたの姿を見て勇気が出たの。だから、一緒に受けに来たの!」
エリーの笑顔に、マリアは少し頬を緩めた。ひとりで挑むつもりだった世界に、思わぬ仲間ができたような気がする。
そのとき、訓練場の中央に立つ教官の声が響いた。
「これより《英雄団》候補生選抜試験を開始する! 剣術・魔法・知識・統率力、すべての資質を試し、優れた者を選び出す!」
マリアは息を吸い込み、胸の前で拳を握った。
目の前に広がるのは、数々の試練が待ち受ける広大な訓練場。ここで証明するのだ──小さな少女でも王を目指せることを。
(負けない。必ず英雄団に入ってみせる)
その決意に呼応するかのように、胸の奥でかすかな光が灯る感覚があった。夢の中で見た歴代の王たちの眼差しが、背中を押してくれている気がした。
第一試験は体力と敏捷性を測る障害物走だった。木の壁を越え、縄をよじ登り、矢が飛び交う中を走り抜ける。
列の先頭で少年たちが息を切らし、少女たちが悲鳴を上げる。その中でマリアは、ひたすら前だけを見て走った。足は小刻みに震えている。だが視線は一点の迷いもなく、ゴールへと向かっている。
「はっ……はっ……!」
隣を走るエリーが苦笑しながら声をかけた。
「速いですね、マリアさん!」
「まだまだ……これから!」
マリアは答え、さらに速度を上げた。髪が風に舞う。幼い顔立ちの奥に秘めた覚悟だけが、今の彼女を突き動かしていた。
障害物走を終えると、次は剣術の試験が待っている。木剣を握る手に、マリアは深呼吸をした。訓練場の中央に立つ、屈強な試験官の視線が刺さるように冷たい。
周囲の受験者たちの視線もまた、冷ややかだ。「あの小娘が?」「遊びじゃないんだぞ」と囁く声が聞こえる。
マリアは唇を引き結び、構えた。
(誰にだって平等に権利はある。これは神様が唯一、私にくれた生きがい)
剣を掲げると、その小さな体に不思議な気迫が宿った。
試験官が一歩踏み出した瞬間、木剣と木剣がぶつかる乾いた音が訓練場に響きわたった──。