1-9「解ける緊張」
赤い絨毯の上に立つ二人の少女。
マリアは証書を胸に抱きしめ、深く息を吸い込んだ。胸の奥にまだ、試験で感じた緊張の名残が渦を巻いている。心臓は高鳴ったまま、手のひらにはじんわりと汗が滲んでいた。
隣に立つエリーの横顔をちらりと見る。彼女の瞳は、まだ信じられないというように揺れている。いつもの明るい声も今はなく、唇が小さく開いたり閉じたりするだけだった。証書を抱える腕は、ほんの少し震えている。
広間の奥では、呼ばれなかった受験者たちが重い足取りで退出していく。床に響く靴音、低いざわめき、悔しそうに唇をかむ若者の姿……そのどれもが、マリアの目に映って胸を締めつけた。
(あの中に、昨日一緒に問題を解いていた人たちもいる……)
石造りの壁には巨大な紋章が掛けられ、ステンドグラスから差し込む光が床に色とりどりの影を作っている。その光が二人の頭上にも降り注ぎ、マリアはふと、自分がまるで物語の一場面に立っているような不思議な感覚に襲われた。
試験官が次の書類を確認している間、広間には短い静寂が訪れた。鳥の声が遠くの窓から微かに聞こえ、誰かが咳払いをする音が響く。そのすべてがやけに鮮明に感じられる。
エリーがようやく小さな声を絞り出した。
「ねえ……マリアさん、これ、夢じゃないよね」
マリアは少し笑ってうなずく。声に出すと涙がこぼれそうだったから、笑みで答えた。
エリーもかすかに笑い、証書を胸に押しつける。二人の間に、言葉にならないものが流れた。
やがて、広間の端から一人の男が近づいてきた。年のころは三十代半ば、英雄団の紋章が刻まれた黒いマントを羽織っている。彼は受験者たちを一瞥し、にやりと笑った。
「……緊張は解けたか?」
低い声が耳に響く。マリアは慌てて姿勢を正し、エリーも同じように頭を下げた。
男は頷くと、二人の証書をちらりと見て、薄く笑った。
「顔を上げろ。これからが始まりだ」
その言葉にマリアは、また胸の奥で炎が大きくなるのを感じた。今までの努力も、夢見た玉座も、ここから先の道のりも、すべてが一つに繋がっていくような感覚。
エリーはその横で小さく息を呑み、まっすぐ前を見ていた。瞳の奥に、恐れと同じくらい強い光が宿っている。
広間にはまだ同じ場に立つ受験者たちが残っていた。誰もが新しい未来に向けて動き出そうとしている。だがこの瞬間だけは、マリアもエリーも、自分たちがこの場にいること、そのこと自体を確かめるように、ただ立ち尽くしていた。