第5話
心理学の本を買った。
ハムスターとは違って、人間の飼育方法が書かれた本がどこを探しても無さそうだったから、代わりになりそうなものを……と考えた結果、心理学に行き着いた。
あまり難しいものは読む気が起きなくなるから、比較的簡単そうな“恋愛に使える心理テクニック”なるものを購入した。
興味深いことに、“人を依存させる方法”なんていうものも項目の一つにあって、最近はそれを読むのが大のお気に入りだ。
間宮が私に依存して離れられなくなればなるほど、間宮に対して出来ることの幅も広がる。
最終的に、私のために死んでもらう。
そのためには必要な知識で、必須と言っても過言じゃない。
読み進めていくうちに、私は大きな間違いを犯していた事にも気が付いた。
依存させるには、優しくするだけじゃだめらしい。
適度に突き放して不安感を与えることで、離れてしまうかもしれない危機感を抱かせて、また優しく接する。そうしていくうちに、捨てられたくないという気持ちを芽生えさせる。
何事も、緩急が大事ということだ。飴と鞭とも言う。
これまでの私は優しくしすぎた。ただ与えるだけ与えればいいと思ってたから。
実際は違った。与えたら、奪わなきゃいけない。
そうすることで、お気に入りのおもちゃを取られたくない幼子のように意地でも私を手放せなくなるだろう。
「しばらく、うち来なくていいから」
まずは、距離を置く。
「え……あ、い、忙しい……とか?」
「あー……まぁ、そんな感じ」
「そ、そうだよね。白石さんは、部活とか、入ってるんだもんね」
「うん。だから会えない」
「……わ、わかった」
伝えた瞬間の、あからさまに寂しくなって落ち込んだ表情はかわいくて、珍しく心音に影響した。
今の時点ですでに依存しかけてるなら必要ないかもと思いつつも、追い打ちをかけたくて決行する。
だけどその前に。
「しばらく会えないから」
別に抱きたかったわけじゃないけど、念のため。
白く不健康な肌に吸いついて、跡を残しておく。こうすることで、誰にも裸を見せられなくなると思ったから。
「そ、そんなことしなくても……誰も、見ないよ」
「間宮はかわいいから。一応ね」
言わずとも意図を理解してくれた間宮は恥ずかしそうに身を縮めて、どこか照れた顔がやけに脳裏にへばりついた。
好みでもなんでもない。整ってもない顔立ちのはずが、たまにどうしようもなく庇護欲をくすぐってくる。
間宮と出会って三ヶ月。ようやく、情が湧いてきてくれたのかもしれない。
この調子なら、彼女の死を見れる日も近い。
「じゃ、またね」
「……うん」
はやる気持ちを堪えて、離れる期間は今後のためだと割り切った。
間宮と会わない間は、通常通り。
「彩花、最近ちゃんと勉強してるの?」
「してるよー」
「成績落ちたらお小遣い減らすからね」
「えー……やだー。がんばる」
小言混じりな親との会話を乗り越えながら朝食を終えて、学校に行けばいつもつるんでる友人達と雑談を交わす。
内容は大体が恋愛だったり、愚痴だったり。
中学の頃から男と遊んでる子はすでにいたけど、高校生になってからは余計にみんな興味を持つようになって、彼氏が出来る子もいて。
「昨日、彼氏と生でしちゃった」
照れくさそうにされた報告を、たいした興味もない中で、悟られないようにテンションを上げて反応した。周りの子もそうしてたから。
「妊娠したらどーすんの?」
「え〜、やっぱやばいかな?」
「やばいでしょ。退学とか」
「ま、そんな簡単にデキないって。一回くらいじゃ」
目先のことしか考えられない彼女達は、軽々しく言葉を交わして笑い合った。
かくいう私も、妊娠とか子供とかよく分かってない。セックスしたら出来ちゃうんだろうけど、気持ちよさの前ではそんなの関係ないんだろうことは分かる。
「赤ちゃんできたらどうする?育てる?」
「育てるかなぁ、かわいいし。……そういえば、彩花は子供好きだったよね」
「あー……うん、好きだよ」
「見かけるとかわいい〜っていつも言ってるもんね」
確かに、子供はかわいい。
赤ちゃんなんかは特に、少し力を加えたらポキッと骨が折れちゃいそうな未熟さとか、爪を強く立てたらすぐに裂けそうな薄い皮膚の脆さが、人間の形をしただけの弱い生物って感じがして良い。
殺しやすそうだな、と思う。
もし将来、私が結婚して赤ちゃんが出来たら、多分高い所から落としてしまう。どうなるのか気になるから。
「彩花はいい奥さんになりそう」
「……そう?」
「うん。面倒見いいし、子供好きだし……彼氏とか作らないの?」
「んー……私、男の人はあんまり得意じゃないんだよね」
「なんで?」
壊れにくそうだから。
「……あんまり逞しいと、困るから」
「困る?」
「ほら、手とか繋いだ時に潰されちゃうかも」
「はは!そんなことないよ。でも彩花はか弱いもんね」
「うん」
よしよし、と子供にするみたいに頭を撫でられて、笑顔を返しておいた。こうすれば相手の母性をくすぐれると、いつだか学んだ。
お昼休みはそうやって他愛もない会話で過ごして、放課後になれば所属している写真部の部室へ移動する。
部員は一年生が私含め二人、二年生が三人、三年生が一人。六人という小さい規模で行われる活動内容は地味なもので、今日は次回撮る写真のテーマを話し合って決める。
しばらくコンテストは無いから、各々自由にテーマを出し合って、
「白石さんは何にする?」
「……赤ちゃんにします」
たまたま頭に浮かんでいた事をテーマに決めて、その日は解散した。
とはいえ、身近に赤ちゃんなんて存在はなくて、どうしようかと頭を悩ませる。
そういえば間宮は、やせ細っていて骨が弱そうだ。
皮膚も薄い感じがするし、彼女は実質赤ちゃんと変わらないかもしれない。すぐに殺せそうなのが、なんとも言えない愛らしさである。
考えてたら、会いたくなってきた。会わないと決めて、まだ一日も経ってないというのに。
今のところ、間宮からの連絡はない。……思えば、彼女から連絡が来たことなんてない。
「さびしいなぁ」
もっと私を求めて寂しがると思ってたのに。
拍子抜けと落胆の間に失望も混じり合って、不快だ。
今会ったら、このイライラをぶつけてまた殺しかけてしまうかもしれない。そう考えると、会えなくて正解かも。
ひとりぶらりと閑静な住宅街を歩いて帰りながら、ふと空を見上げる。
まだ明るく薄青色の空の中、欠けた月が透けて見えた。




