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月の降る夜、あなたとふたり  作者: 小坂あと


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第3話








 


 指に血が垂れてきたのを見た時、みーちゃんが死んだ時と同じくらいの衝撃を受けた。

 まさか自分の細い指で破けるだなんて思ってなくて、予想外の出来事に興奮と感激を隠しきれず鼻息を荒げてしまった。

 他人の血を見るのが、まさかこんなにも楽しいだなんて。想像したこともなかった。

 まずはハムスターの時と同じように愛でて、可愛がることで愛情を伝えようとしただけなのに、これはあまりに嬉しい誤算だ。

 ただ不満だったのは、痛がる顔を見れなかったこと。

 我慢しちゃったのか、反応が薄かったことには物足りなさを感じて、途中から雑に扱っちゃった。その方が嫌がるかなと思って。


「うーん……微妙だったなぁ」


 何もかもが控えめでつまらなかった。指に残る内臓の感触も、あまり気持ちのいいものではない。

 だけど恋人関係を続けるなら、定期的にあの行為も必要不可欠になる。人間はハムスターと違って体温を与えることで、愛着も湧きやすいだろうから。

 ……名前を呼んだ時の反応だけは、可愛かったかな。

 自分がこの世界にいるという自覚を照れに混じって持てば持つほど、命を失くした時の喪失感が増える。

 失いたくないと願えば願うほど、失った時の打撃が大きく、脳へのダメージや刺激も強まる。


「……もっと好きにならなきゃ」


 今のところ、好意は無い。当たり前だ、出会って数日の相手を心から愛せるほど私の情は深くない。

 とりあえず、“餌”を与える。

 今のところ私が用意できるのはお昼ご飯に菓子パンをひとつと、体温。それから甘い言葉。

 間宮は見るからに愛情とかに飢えてそうで、誰からも相手にされず今まで過ごしてきたんだろうな。思惑通り、一度抱いてからはけっこうすんなり懐かれた。


「おいで、間宮」


 親がいない時は部屋に招いて、あんまり乗り気じゃなくても体を重ねた。

 何回しても間宮の反応は薄いままで、湿り気も足りないのか摩擦で痛そうだ。それなのに抵抗しないのは、“嫌われたくない”って気持ちが透けて見えて可愛い。

 ハムスターよりも、人間の飼育の方が好きかもしれない。

 言語だけじゃなくて、肌感や視線の動き、吐息の激しさから汲み取れるのは楽で良かった。


「今日もかわいかった、間宮」

「う、うん」


 終わった後はこうして褒めてあげれば、分かりやすく単純に照れた顔を見せてくれる。こういう素直さは、かわいくてお気に入りだ。

 間宮と付き合って一ヶ月。時が経つのは早く、彼女はハムスターの寿命を優に超えて生き残った。

 せっかくだから生きた証を、ノートに書き記す。

 どれだけ強く触っても、雑に扱っても簡単に死なないのはありがたい。ただ、あんまり頑丈すぎると後々大変になっちゃうかな。

 なかなか命の灯火が消えなくてもがき苦しむ姿を見るのも、それはそれでありかもしれない。可哀想で見てられなくなっちゃうくらい好きになった後の死体も、死の価値が上がっていい感じがする。


 もっと早く、好きになりたい。


「間宮……好きだよ」

「う、うん……」


 言葉にすれば、心も誤解して錯覚してくれるかなって思ってたくさん伝えた。

 自分で傷を付けたんだろう、体中に残る跡にも丁寧に口づけをして回って、私はこんなにもあなたのことを受け入れてますよ、大切ですよってアピールもした。

 それなのに、間宮の反応は変わらないまま。

 いつまでも受け身なのが、だんだんとムカついてきた。


「あ……い、痛い…」


 ここで好感度が下がることは避けたかったのに、手が勝手に太ももの皮膚を強くつまんでいた。

 だけどそのおかげで念願だった痛がる顔は見れて、いくばくか鬱憤を晴らせたから、今度は抱き締めて「ごめんね」と謝った。


「し、白石さんって……私のこと、ほんとに好きなの?」


 その後もひと通り触って挽回できたと思ったのに、事後になって間宮は不安感を強く出した声と表情で聞いてきた。


「好きだよ」

「ほ、ほんとに?」


 迷わず笑顔で答えても、彼女の中の疑念は消えない。

 ……何が足りなかったかな。

 言葉でもスキンシップでも愛情は伝えてる。仮初とはいえ、愛を知らなそうな彼女にはそれでも充分だったはず。

 間宮は私が思うより単純バカじゃないのかもしれない。これは嬉しくない誤算だ。


「……何が不安だった?」


 それでも、冷たくあしらうようなことはしない。この獲物を逃したら、もう次はないかもしれないからだ。絶対に手放せない。


「ふ、不安っていうか……不思議で」

「うん。どうして?」

「わ……私、こんなだし、出会ってそんなに経ってないのに、何がいいのかなって」

「……うーん」


 やっぱり、面倒くさいかも。 

  

 だからもう、殺しちゃおうかなって。


 まだまだ愛着は湧いてないし、本来の目的とは程遠いけど腹が立つから。

 いつものように自室のベッドの上、ふと頭に殺意が過ぎって、顎の下に両手を当ててみた。


「えっ……?し、白石さん?」


 驚いて声帯が揺れる振動を手のひらに感じた瞬間、生を感じて興奮した。

 生きてるんだ、この子は。

 指には脈拍を感じられて、今からこの脈が止まるんだと思うと心臓が震え上がった。


「うぅ、ぐ」


 無意識のうちに込められた願望が体重をかけて押し倒して、彼女の首を絞めて、酸素を欲した口がだらしなくよだれを垂らしながらパクパク動く。


 私の手をガリガリと引っ掻いて抵抗するのもまた、興奮した。


 うわぁ……すごい。生きてる。


 そう感動した瞬間。

 

 ぐるん、と。黒目が回った。

 

「あ」

 

 呆気ない。


「待って」


 違う、こんなんじゃない。

 

「起きて」


 私はなんてことをしたんだろう。

 うなだれた頬を何度も叩いて、意識を呼び覚まそうと試みる。こんなはずじゃなかったのに、そう後悔しながら。

 一時的な感情で行動しすぎた。せっかく見つけた運命の相手を、少しムカついたくらいで殺そうとしちゃうなんて。私のバカ。

 泣きたいくらいの思いで必死になって顔を叩いたり体を揺らした結果、ただの気絶だったのか間宮は少しして目を覚ましてくれた。


「よかった…!」


 咳き込む相手に飛びついて、心の底から安堵する。

 意識が戻ったばかりでまだよく状況を理解できてない間宮は目を泳がせて動揺していて、彼女の気持ちを落ち着けるためにも頭を撫で触った。


「ごめんね……間宮。痛かったよね」

「あ……え。う、うん……大丈夫」

「もうしないから。許してね」

「わ、わかった」


 さすがの間宮も不審がって嫌っちゃうかなって思ったけど、意外にもそんなことはなく、許されたことにもホッと胸を撫で下ろす。

 私としたことが、やりすぎちゃった。

 この日のことは深く反省して、もうやらないと心に誓った。

 それに絞殺は、思ったよりもつまらなかったから。

 一度しかないチャンスを、無為に捨てるわけにはいかない。大切にしないと。

 思い改め、私はその日、深く深く眠りについた。




 

 

 

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