最終話
白石さんがこの世からいなくなって、もうじき三年が経つ。
あの件で負った怪我の後遺症で、私の左半身には麻痺が残った。今はリハビリを経て、かろうじてひとりで歩行できるくらいにはなれた。
「あんたのせいじゃん!彩花が死んだの!」
「お前が死ねばよかったのに…!」
白石さんの友達からは、何度か強く責めたてられた。
涙ながらに怒声を上げる感情的な相手に、こちらは感情も無く、言い訳の言葉さえ出てこなかった。
学校には当然のように行けなくなり、自主退学という形をとった。変な噂ばかり広まっていたから、私ももう学校に通うつもりはなかった。
警察は私達の間に起きたことを、はじめは事件として取り扱っていて、私が殺したんじゃないかと疑っていたみたいだけど、見つかった遺書の内容から白石さんが自ら死を望んだことが分かって、最終的に私は巻き込まれた被害者として扱われた。
そもそも私が生き残れたのは、頭を包むようにして抱きしめてくれた彼女の腕が、頭部への衝撃と損傷を少なくしてくれたからだ。
つまり、最後まで白石さんに守られて私は生き延びた。
その代わり、彼女はほぼ即死だった。
遺書の内容にもあるように、呼び出したのは最後に会いたかったからという理由で、最初から死なせるつもりはなかったみたいだ。
警察が「恐怖から誤って手を引いてしまったんだろう」という見解を話してくれた時、私は否定も肯定もしなかった。事実は、まるで違うというのに。
ちなみに母親は、白石さんの両親から貰った慰謝料やその他諸々の大金を持って、私を置いて蒸発してしまった。住んでいた場所も引き払われて、携帯も変えたのか電話も繋がらず、メッセージアプリも削除され、完全に消息を断ったらしい。
だから会ったこともない親戚が形式上だけ引き取ってくれることになったものの、検査やら何やらで一年くらいは病院で過ごした。
「障害者の面倒は見れんよ」
麻痺の症状も緩和されて来た頃、一時帰宅で親戚の家に帰ると、心底困った顔でそう言われた。他に引き取り手がいなかったから、仕方なく引き受けただけだ…とも。
後遺症のおかげで貰える障害年金のお金なんかを渡して、なんとか住まわせてもらおうかとも頭を過ぎったけど、やめた。
しがみつくほど生きる気力もなく、それならもう死んでもいいかなって。
ある企みが過ぎる前までは、そう思っていた。
「人生、何が起きるか分からないね」
三年経った今は、満たされていて気分が良い。
死のうとなんて、思わないくらい。
「間宮ちゃん、冷えるよ」
ベランダに立って月を眺めていたら、後ろからそっとブランケットを掛けてくれた優しい存在に微笑んで、体ごと振り向いた。
「ありがとう、颯人さん」
「いいんだよ。……さぁ、ほら。早く入ろう」
気遣いに溢れる仕草で肩を抱かれ、温かな室内へと戻る。
一年前、親戚の家を出ることにした私はその後すぐ、颯人さんと結婚した。
私が入院中、彼は忙しい大学生活の合間を縫って毎週のように面会へやってきては生活のサポートをしてくれて、何かあれば支えになると言い続けてくれた。
自分の妹のせいでこうなった、という負い目もあったんだろう。リハビリにも積極的に協力したり、とにかくあらゆる面で助けてくれた颯人さんに、最後の最後まで甘えきった私の方から結婚を申し込んだ。
理由は単純で、未成年で親もおらず世間に放り出された私の唯一の生きる術が、それだったからだ。
だけど、白石さんの両親を納得させるには不純すぎたから、表向きは「支え続けてくれた彼に恋愛感情を抱いてしまった」ことにしてる。
娘のせいで私の体に傷跡を深く残している手前、反対できなかった彼女達は苦い顔をしつつも受け入れてくれた。颯人さん自身も、ふたつ返事で頷いてくれた。
だから、彼と結婚した。
そして何よりも、誰にも言っていないもうひとつの目的があった。
「……あの子は?」
「ぐっすり眠ってるよ。俺は片付けなきゃいけないことがあるから部屋にこもっちゃうけど……何かあったらすぐ呼ぶんだよ」
「うん。ありがとう」
「あ。あと、話したいことがあるんだ。落ち着いたら部屋に来てくれないか?」
「わかった」
「じゃあ、またな」
白石さんと同じで、優しい彼は頭をぽんと触った後で部屋を出て行く。
残された私は、様子を確認するためベッドのそばまで歩み寄った。
「……よかった、うまくいって」
颯人さんと結婚して、ようやく最近になって目的を果たせた。
「私に似たら、どうしようかと思ってたけど」
性別も望む通りだったし、これはもう運命かもしれない。
本当に運命で、私を選んで来てくれたんだとしたら。
笑えるくらい、完璧だ。
「……ね、あなたも、そう思うよね?」
ベビーベッドの中で、小さな寝息を立てて眠る赤子の、破けちゃいそうなくらい皮膚の薄い頬を指先で撫でる。
颯人さんを選んだのには、理由がある。
ひとつは、彼が白石さんによく似た目鼻立ちをしていたこと。
もうひとつは、彼の名字が“白石”だったこと。
「ふふ……また会えたね」
部屋に差し込んだ月明かりが、私達だけを照らす。
出会ったあの日も、こんな夜だった。
まるで月が降ってきそうな、満月の夜。
「愛してるよ」
絶望に埋もれた私が出した案は、単純明快なものだった。
失ってしまったものは、取り戻せばいい。
だってあなたのいない世界なんて、考えられない。
「彩花ちゃん」
白石彩花。
生まれ変わって、また私の前に現れてくれた――最愛の人。




