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第2話







 

 人生で初めて、告白をされた。


 初めはからかってるのかと思い憤慨したが、彼女は私の醜い顔を見て真っ直ぐに言葉を紡いだ。


「私と生きてよ」


 強く、生気のこもった声色が鼓膜を殴った。


 脳の中で、心の奥で何かが弾ける感覚があって、愚かにも私はその感覚に縋ろうと涙を流した。


 どうせ捨てる命なら、最後に拾われてもいいと思った。
















 突然現れて、私のことを救ってくれた女の子――白石彩花しらいしあやかは、良くも悪くも普通の女子高校生という感じだった。

 友人もそこそこにいて、クラスでは目立つ方でもなく、かと言って隅に追いやられるわけでもなく。

 教室の隅で誰からも相手にされず、たまに関われば嘲笑されるような立場の私とは違って、きっといじめられたこともないんだろう。


「間宮は、かわいいね」


 屈託のない笑顔を向けられて褒められるたび、信じられない気持ちで首を横に振りたくなった。

 彼女から見える世界はきっと鮮やかに煌めいて、灰色に染まることなんかないんだろう。だから、そんなにもためらいなく明るい言葉を吐けるんだろう。


「昔ね、ハムスターを飼ってたの」


 道端に落ちていた石の欠片をつま先で蹴りながら、白石さんは薄く微笑む。


「そのハムスターに似てる。間宮って」


 愛らしい小動物と醜い人間の私では比べる価値もないと思うが、彼女にとっては同じ土俵にいるらしい。

 大事に育てていたというハムスターはすぐに死んでしまって、残念だったことも教えてくれた。そして、庭先に埋めたことも。

 彼女と付き合って七日目の放課後、そのハムスターのお墓を見せてくれるというから、家へ遊びに行くことになった。

 誰かの家へお邪魔するなんて初めての経験で、突然のことに緊張で体が萎縮するのが自分で分かった。


「これだよ」


 手入れされていると分かる庭で見せてもらったのは、小さく平たい石が積み重なって出来た簡易的なお墓だった。


「もう骨になってるかなぁ……」

「あ……や、やめた方がいいんじゃ」


 しゃがみこんで、そばに落ちていた木の枝を拾ってぞんざいにガリガリと土を掘り始めた彼女を見て、咄嗟に口を出してしまった。

 静かに眠ってるのに、再び呼び覚まそうとするのは可哀想だと、私なりの良心から来る発言だった声を受け取った白石さんはピタリと手を止めて「そうだね」と小さく呟いた。

 お、怒らせたかな。

 黒い瞳に冷たさが宿ったのを、私は見逃さなかった。


「……私の部屋、行こっか」

「う、うん」


 立ち上がった時にはもう笑顔へと切り替わっていた彼女に連れられて、家の中へとお邪魔する。どうやら今日は、両親どちらも仕事で不在のようだ。

 おそらく一般的な広さなんだろう家の中には他人の匂いがこれでもかというほど漂っていて、慣れない環境にただただ肩をすぼめた。

 二階へ上がり、奥側の部屋へと案内される。白石さんを表すかのように、部屋も至って普通だった。


「さ、ほら。来て?間宮」

「え……?」


 入ってすぐ、白石さんはベッドの上から私を呼んだ。


「おいでおいで」

「え……え、でも」

「私達、恋人でしょ?」


 全てを話されなくても、意味は分かった。

 まだ出会って一週間。あまりにも早い接触に戸惑ったものの、拒絶したらどうなるのかを考えたら怖くて、おそるおそるベッドまで移動する。

 私を腕の中へ招いて抱き止めてくれた白石さんは、言葉を交わさずただ頭を撫でてくれた。

 服越しに伝わる身体はしっかりと柔らかい皮膚の向こうに骨を感じられて、体温も、鼓動の動きも伝わって、生きてる人間って感じがした。

 

「……間宮」


 初めてのキスは、呆気ないくらい簡単に奪われた。

 女同士なのに、とか思うよりも先に、こんな私とそういうことをしてくれるなんて……という卑屈さと感動めいた気持ちが湧き上がって、その後は白石さんにされるがまま。 

 温かくて心地のいい空間に身を委ねてしまったら、時間が経つのは早かった。

 訳が分からない感覚に浸る中で、恋人ってこういうものなのかな。これが普通なのかなっていう、恐怖にも似た不安もあった。心が追いついていない感覚と言った方が近いかもしれない。

 ただそれは与えられる優しさの前では些細なもので、多少の痛みを伴ったとしても、人のぬくもりに飢えていた私に抗う術はなかった。


「じゃ、気を付けて帰ってね。また明日」

「……うん」


 ひと通り終わった後は、会話をする事もなく玄関先で見送られた。

 点々と街頭の照らす帰り道、ぼんやりと月を見上げた。

 さっきまで起きていた事が現実なのか疑ってしまうくらい輪郭のはっきりした綺麗な月は、怪物に食べられたみたいに大きく欠けていた。

 白石さんは、優しかった。

 何度もキスをしてくれて、何度も髪を撫でて、何度も名前を呼んで、何度だって手を繋いで指を絡め取ってくれた。

 それなのに、何か足りない。

 この欠けた月みたいに、私の心にもぽっかりと大きな穴が開いている気がした。

 体の中心が、痛い。無理やりこじ開けられたような痛みだ。


「ただいま…」


 夜には誰もいない家に着いて、どうしてなのか体を洗いたくて仕方がなくなった私は真っ先にお風呂場へと向かった。


「……あ。」


 違和感のあった箇所を洗うついでに触ったら、指先には鮮血が広がっていた。


 その日、私は処女を失ったのだと。


 改めて知った時にはもう、何もかもが遅かった。





 

 

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