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月の降る夜、あなたとふたり  作者: 小坂あと


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第19話









 旅行は無事に終わった。


 ほとんどを旅館で過ごし、海をぼーっと眺めただけだったけど、間宮が隣にいて穏やかに時を重ねられたという事実だけで心は充分に満足感を得た。

 ただひとつ、心残りがあるとすれば、彼女が最後の方に口にした“次の旅行”という願いを叶えられないことくらいだ。


「二泊三日にしてもよかったかなぁ…」


 どうせもう学校には通わない。それなら、休みを延長して旅行を楽しめばよかった。

 でもまぁ、後悔したって仕方ない。どれだけ先延ばしにしても、訪れる結末は同じなのだから。

 計画はいよいよ終盤。後は準備をするだけ。


「旅行はどうだった?」

「……楽しかったよ」


 帰ってから、真っ先に聞いてきた兄は何かをずっと心配しているようで、最後の最後に邪魔されないよう警戒しておく。


「お兄ちゃんは、いつ帰るの?」

「冬休みが終わるから……新学期が始まる前日には帰ろうと思ってるよ」

「そうなんだ」


 さすがに大学を休んでまで居座るつもりじゃないらしいことを知って、ひとまず安心する。ここで「休学する」とでも返されたらどうしようかと思った。

 それなら、間宮を殺す日は冬休みが終わってからにしよう。兄がいたら直前で邪魔されるかもしれないし。

 念には念を、ということで、兄の不在時に情報収集も兼ねて部屋に入り込んだ。


「……俺の部屋で、何してるんだ?」

「ううん。なんでもない」


 不審がる相手には本当に何でもないような笑顔を返して、目的も果たした後だったからぐちぐち言われる前に部屋を出た。

 殺すまでの間、出来る事はこうしてひとつひとつ片付けておく。

 まずは旅行で撮った写真を現像するためカメラ屋に行って、その日中に渡せると言うから待機時間を利用して銀行でお金を卸した。

 この現金は、間宮のものだ。私のじゃない。

 今ある全財産を封筒に詰めて、どうしようか悩む。渡すにしても、もう死ぬんだもんなぁ。


「死んだ後、間宮のお母さんはどう動くかな」


 緻密に、殺した後に起きるであろう出来事を想定していって、計画を頭の中で組み立てていく。

 ありとあらゆるパターンを考える。間宮が生き残った場合、ちゃんと死んでくれた場合、どちらも頭に入れておくべきだ。企んでいる殺し方は、確実とは程遠いものだから。

 どうして不安定な方法を選んだかーー答えは単純明快。その方が、“面白そう”だから。

 後遺症が残って、人生に絶望する間宮も可哀想でかわいいんだろうな。


 私は、その姿を見られないけど。


「あーあ。愛着が湧きすぎたかなぁ」


 これから実行する計画の先に、私はいない。

 なぜなら、間宮を殺した後で私も死ぬ予定だからだ。

 仮に間宮が死ななくても、死ぬつもりだ。大きな目標を達成してしまったら、生きる気力も湧かない。また前みたいに鬱屈として抑圧された日々に戻るなんて、二度とごめんだ。


「ま、後は任せよっと」


 パタリ、とペンを走らせていたノートを閉じる。

 幸い、後継者となる候補者はいる。憶測が外れていなければ、きっと奴は私の思い通り動いてくれるはずだ。

 念のため遺言を残して、現像が終わったというカメラ屋に寄って思い出の写真を入手した。これも、いずれ間宮に渡すためお金と共に封筒に入れておく。

 準備を進めているうちに、冬休みも終わりを告げた。


「……何かあったら連絡してくれ。必ず」

「うん、わかった」

「間宮ちゃんにも、よろしくな」

「おっけー。……お兄ちゃん、忘れ物はない?」

「……ああ」

 

 邪魔に思っていた兄も、昨日の夜にはひとり暮らしの家へと帰った。

 荷物を漁った時に何も反応がなかったから、あの様子だと気付いてなさそう。よかった。


「お母さん、お父さん。いってきます」


 朝、家を出る前に家族の顔をしっかりと見ておいた。言葉を交わすのは、これで最後になるから。


「おはよう、彩花」

「おはよ!」

「……なに?機嫌いいね」


 学校に着いてからも、友人達と最後になる会話を楽しんだ。私が死んだら、彼女達はどんな顔をするんだろう。考えるだけで、ワクワクする。


「先輩、これ……ありがとうございました」

「いえいえ。赤ちゃんの写真は撮れた?」

「はは。撮れませんでした」


 部活でも先輩にカメラを返して、名残惜しくもない部室からは早々に退散した。赤ちゃんの写真なんて、今の私にはもはやどうだっていいことだった。

 着実に、その時は近付いていた。

 日が沈み、空が暗く染まっていくのを見るたびに、心臓はこれ以上ないくらい脈打って、全身に興奮が駆け抜け続けた。


「満月か……いいね」


 ふたりの舞台を彩るには最高の月明かりが、煌々と街を照らす。


「間宮、もう少しだよ」


 数ヶ月前、今にも死を望んでいた間宮と同じ位置に立って、同じ景色を眺める。

 あの日も、満月の夜だった。

 彼女が見ていたのはおそらく遠くの地面だけだっただろうけど、少し顔を上げれば息を呑むほどに綺麗な夜景が広がっていた。

 視野を広げれば、世界はこんなにも広く美しいというのに、馬鹿な子だ。短絡的に死のうとするなんて。


 だから、私みたいなやつに目を付けられる。


 スマホの画面をタップして、電話をかけた。


『もしもし…』

「今から、学校に来て。場所は屋上ね」

『え?』 


 間宮には同情する。君が恵まれた人間ならば、私はここまで心を揺さぶられなかった。可哀想じゃなければ、かわいいだなんて思ってなかった。

 醜く、愚かな人間だから、ここまで愛せた。

 退屈を持て余し、人間らしさを失っていた心に宿った愛は本物で、今なら胸を張って言える。


「愛してるよ、間宮」


 一方的に告げて電話を切ると、肌に刺さるような冷たさを連れた風が頬を撫でた。

 最後の最後、スマホを初期化して放り投げた。数秒して、カンッと地面に当たった音が響き渡り、鼓膜を揺らす。これでもう、あれは使い物にならない。

 両手を広げ、自然と口角はつり上がる。

 こんなにも清々しい気持ちになったのは初めてで、心は歓喜に満ち溢れていた。


 いよいよ、ようやくこの時がやってきた。


「待っててね、みーちゃん」


 後は、間宮を待つだけだ。




 


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