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月の降る夜、あなたとふたり  作者: 小坂あと


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第18話






「間宮……噛んで」

 

 汗ばむ素肌同士をくっつけて、体温を分け合うように繰り返された行為の途中、不意に白石さんがそんなお願いをしてきた。

 こういう事をしてる時に彼女から何かを望まれることは初めてで、戸惑いながらも期待に応えたくて首から肩にかけて僅かに盛り上がった筋肉の膨らみに歯を当てれば、柔らかい皮膚に簡単に食い込む。

 どのくらいの強さでやっていいのかまでは分からなくて甘噛みしていたら、「もっと」と言われたから今度は加減なく噛み付いてみた。

 痛みで顔を歪めたものの、白石さんの体はぶるりと震えて満足そうで、何度も癖のように頭の後ろを撫でられる。


「はぁ……かわいい。間宮、もっとして」


 気が付けば立場は逆転していて、私の体に覆い被さったままの彼女の肌に触れていく。

 相手の呼吸が荒くなるたびつられて興奮しては、今度は私の体も触ってもらうというのを何度か続けた後で、ようやくその日の行為は終わりを告げた。


「もう夕方近くなっちゃったね。ごめん、せっかくの旅行なのに全然どこも行けてなくて」

「わ、私はへいき……一緒にいられるだけで、うれしいよ」


 申し訳なさそうに謝る彼女に素直な気持ちを伝えれば、唇を奪われて、そのまま流れでまた始まる。

 結局、旅館の一室から出ないまま一日目の旅行は幕を閉じた。

 最中に夕食の準備のため仲居さんが部屋に来たのは本当に焦ったけど、その後食べた料理はどれも慣れない味で新鮮で美味しくて、些細な焦りはすぐに消えた。

 ふたりで部屋に備え付けられた露天風呂に入って、日の沈んでいく水平線を眺めながら、触れ合ったのは後にも先にも訪れることがないと感じるくらいの思い出になった。


 幸せで満たされた時間は、旅行の間中ずっと続いた。


「明日こそは、海行こうね」

「うん。たのしみ…」


 疲れ果てて眠りに落ちた翌朝、早くから観光に出かけたいと白石さんに起こされて、さっそく支度を始めた。

 もうこのままチェックアウトもしちゃうと言われたから荷物をまとめて、あっという間の滞在だった旅館に後ろ髪引かれながら別れを告げる。

 荷物は一旦、駅のコインロッカーに預けて、いよいよ旅行のメインだった海へと出向いた。

 昨日の夜から降った雪の影響で道路は白く染まってたけど、砂浜には雪が積もってないのが不思議で、初めて見るような景色に心打たれる。


「わぁ……綺麗だね、彩花ちゃん!」 

 

 感嘆と振り向けば、向けられていたカメラのシャッターが切られ、変な顔してなかったかな?と照れ笑う。

 写真を撮られることは苦手だけど、白石さんが喜んでくれるならなんでもよくて、嫌じゃないアピールも込めてピースサインを作ったら、彼女は満足げに微笑んだ。


「あ……わ、私も、撮るよ」

「え?」

「撮りたい、彩花ちゃんのこと」


 かわいらしい彼女の姿を残しておきたくて、お願いしてみる。

 白石さんは少し悩んでたけど最後にはカメラを渡してくれて、「ここを押すだけでいいよ」とシャッターボタンの位置を教えてくれた。

 浜辺に立って、こちらを振り返ったスカートが広がりながら揺れる。

 その動作ひとつ、取りこぼすことのないよう見つめながら、決して入り混じることのない空の青と海の青を背景に写真を一枚カシャリと撮った。


「ははっ、撮られるのは慣れないね」


 照れた言葉とは裏腹に、満面の笑顔を見せた白石さんはまるで物怖じしてない様子で、横髪をかき上げて耳にかけた少女らしい一面もカメラのレンズに収める。

 写真が増えていくたび、私の心にも刻み込まれるみたいで楽しかった。


「冬休み、もう終わっちゃうね」

「……そうだね」


 ひと通り写真を撮り合った後は、砂浜の上でふたり寄り添ってぽつりぽつりと会話を始めた。


「やだなー……学校」

「彩花ちゃんでも、そんなこと思うの?」

「はは。思うよ、そりゃ」


 私と違って友達もいて、順風満帆に見える白石さんでも学校は嫌だっていう共通点を見つけて、単純な心で嬉しく思う。

 だけど理由までは同じじゃなくて、課題がだるいとか午後の授業は眠くなる、みたいな些細な愚痴を聞いていたら、やっぱり住む世界が違う人だなって感想を抱いた。

 人に蔑まれたり、孤独感に苛まれるから居心地が悪いと感じることがなさそうな彼女はごく普通の女の子で、それに対しては“羨ましい”と“恨めしい”が混じる。


「彩花ちゃんは……いいよね。お友達、たくさんいて」


 だからつい、棘のある言葉を投げかけてしまって、言ってすぐ後悔した私をキョトンとした目で見た白石さんは、眉を垂らして笑った。


「友達なんて、面倒なだけだよ」

「……そうなの?」

「うん。私は、間宮といた方が何千倍も楽しいかな」


 肩に頭を乗せて甘えてきた白石さんを受け入れて、さらさらな髪を撫でる。

 自分の存在を求めてくれるのは、この世界に彼女ひとりだけ。その彼女がこうして心を開いてくれて、思いのまま吐露してくれている事実が多幸感をもたらした。

 白石さんなりに悩んでいたことに、この時……気付いてあげていれば良かった。

 私達はいつまでも、どこまでも続く水平線を眺めて、この時間が一生続けばいいと思った頃、帰路についた。


「旅行、楽しかった?」

「うん……また行きたい」


 立ち寄ったのは旅館と海だけ。それでも、非日常を味わうには充分すぎるほどで、また退屈な日常に戻ることが惜しい気分にもなった。


「次は、食べ歩きとかしてみたいな…」


 欲深な私は“次”を望んで、ぽつりと呟いた言葉に白石さんは何も言わずただ困ったように微笑んでいた。


 次なんて、ないのに。


 その事実を知ったのは、旅行も終わり、新学期が始まった初日。


 私達が出会った屋上に、呼び出されてからだった。



 

 

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