第17話
「彩花、忘れ物はない?」
「ないよ」
「間宮ちゃん、彩花のことよろしくな」
旅行当日の朝。
駅までは兄が車で送ってくれて、出しゃばってきてうざいと思いつつ荷物が多かったから素直に助かった。
「……彩花」
「なに」
「変なことするなよ」
トランクからキャリーケースを出してる時、耳打ちで伝えられた“忠告”には、静かな笑顔を返す。
兄が昨日の夜、間宮を呼び出したことは把握済だ。スマホのトーク履歴から確認した。
何を話したかまでは分からないけど……私を警戒したり、私に不信感を抱いていない間宮の様子から、余計なことは言ってないはず。
告白でもした?って思ったものの、それも違う。もしそうなら、バカな間宮のことだ、分かりやすく動揺するだろうから。
……鬱陶しいな。
でも計画を完璧に遂行させるまで、ここはおとなしくして悟らせないようにしなきゃいけない。
「心配だろうから、定期的に連絡するよ」
「ああ、そうしてくれ。“ふたりとも”心配だからな」
あくまでも良い兄ぶりたい彼は、私のことまで含めた言い方をわざわざして、吐き気を覚えながらも笑顔は絶やさない。
これから間宮との最後の時間を楽しむのに、こいつに割いてやる時間もない。
「ほら、間宮。行こ」
「う、うん」
駅前で兄と別れを告げて、せっかくだからと駅弁を買って予約していた新幹線に乗り込んだ。
電車を待つまでの間も、駅弁を買う時も間宮は緊張した面持ちで、楽しんでくれるかな?って心配だったけど席についてすぐ気を抜いたように私の肩にもたれかかってきたのが可愛くて安心した。
「疲れた?」
「な、慣れないことばっかりで」
「少し寝ててもいいよ」
膝に置いてあった手を握りながら言えば、首を小さく横に振られる。
「寝るなんて、もったいないよ」
その一言で、私との旅行を本当に楽しみにしてくれてるんだと伝わって、心の中で愛しさは膨らんでいった。
キスのひとつでもしたくなった想いは押さえ込んで、足元に置いた鞄からとある物を取り出す。私の行動を目で追って小首を傾げた間宮は、なんだろう?と体を離した。
「これ、先輩に借りたの」
手に取ったカメラを見せて、さっそくカバーを外す。
教わった通りの操作をして準備している横で、彼女は興味津々な目を向けていた。
「これで間宮のこと、いっぱい撮ろうと思って」
「え……あ、や、やだ。写真、好きじゃない…」
「いつも撮ってるじゃん、裸の」
「あれは……顔が、映ってないから…」
間宮の基準はよく分からないなぁと困りつつ、カメラレンズを向けてみる。
さっと手で顔を隠してしまった事には苛立ちを覚えたけど、ここで怒ったらせっかくの旅行が台無しだ。あくまでも穏便にいこう。
「思い出として、残しておきたいの。……だめ?」
こう言えば断りにくくなると分かった上で聞いてみると、思惑通り間宮は眉を垂れ下げながらも頷いてくれた。
照れる彼女にもう一度カメラを向けて、シャッターを切る。
初めて撮った間宮の顔写真は、引きつった笑顔でひどいものだったけど、画面に収まる彼女を見ていくばくかの満足感に包まれた。
生きた間宮をもう見れなくなるんだと思ったら、感動と同時に興奮が押し寄せてきて震えた。
だから生きてるうちに、どんな些細な姿も記録として残した。
駅弁を食べて美味しそうにしてる顔や、食べ終わってからうとうとして眠そうな顔、窓の外に広がる普段と変わった景色にはしゃぐ顔。
写真を撮るたびに、私の心にも記憶された間宮は輝いて見えて、羨望にも似た感情が心臓を苦しめた。
「へへ、さむいね」
「……そうだね」
目的の駅について、新幹線を降りたら突風が吹き抜けて、体を縮めた間宮が鼻を赤くして笑った。
「まだここから、少し歩くから」
自分の首に巻いていたマフラーを首の後ろからかけてあげて、ひしゃげた笑顔を撫でるように頬を触る。
しばらく見つめ合って、お互いにキスができないもどかしさを抱えたところで、彼女の手を引いて歩き出した。
「冷えちゃったね。早く行こう?」
まず向かったのは今日泊まる宿で、駅から徒歩十分ほどにある老舗旅館はところどころ古さが目立つものの、広く清潔感のある空間を維持していた。
親に予約してもらったのは離れの一室で、室内露天風呂付きの広さは14畳もある、ふたりで泊まるには充分すぎるほどの部屋だ。
ベッドがある部屋と、テーブルが置かれた和室は襖で分けられていて、窓際にある広縁には木で作られた椅子がふたつと、ガラスのローテーブルが置かれている。
一面ガラス張りの窓の向こうには海が見えて、混ざり合わない空色と濃い青の境界線を見た間宮は、吸い込まれるように窓際へ駆け寄ってガラスに手をつけた。
「すごい……ここからも、海が見えるんだね」
「うん。海側の部屋にしたの、綺麗でしょ?」
「ほんときれい……ありがとう、白石さん」
「いーえ」
感動して目をくりくりとさせる間宮を後ろから抱き締めれば、肩越しに振り向いた瞳と視線が絡んで、自然と口づけを交わす。
普段と違う場所ということもあり、彼女も興奮していたのか触れた唇は熱く、ぷっくらとした感触に心臓はズクンズクンと刺激された。
「間宮…」
「あ……ぅ、彩花ちゃん」
「観光は後でもいい?」
「ん、うん……っへ、へいき」
昂ぶった感情を抑えられなくて、この後すぐ行こうと言っていた海へ出かける予定を放棄してまで間宮の体を貪り尽くした。
あぁ……もうこのまま食べちゃいたいな、なんて浮かんだ欲望は、何よりも楽しみにしている死のためだと思えば堪えられた。
行為の最中、きっとこれが最後になるかもしれないと写真を撮ろうと思ったけど、やめた。
せっかくなら、目に焼き付けておきたい。
体に刻んでおきたい。
間宮が生きていた全てを、今のうちに。




