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月の降る夜、あなたとふたり  作者: 小坂あと


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第16話










 焼肉を奢ってくれた時から、ちょっと様子のおかしかった白石さんはその日、終始ご機嫌だった。


 帰路についた足取りも軽く、月を見上げては「間宮と見る月が大好きだ」と口説くことばかり囁いた。

 家に帰ってからもそれは同じで、相変わらず母親の帰らないボロアパートの一室、私を愛でるだけ愛でた後はスマホを片手に笑顔を浮かべていた。


「何してるの?」

「んー……旅行とか、したいなって」


 気になって聞いてみれば、言いながらスマホの画面を見せてくれた。


「海とかどう?良くない?」


 映し出されていたのは綺麗な海の風景で、なんで今になって旅行?と疑問はさらに膨らみつつも、何度か首を縦に動かす。

 その後も旅行の計画を着々と進める彼女は今までにないくらい楽しそうで、私も私で旅行なんて行ったことが無いから期待で胸を膨らませた。


「でも、子供だけで行けるの……かな?」

「んー……わかんない。私のお母さんに聞いてみるよ。それより間宮、この旅館とかどうかな?」


 白石さんが選ぶホテルや旅館はどれも高くて、今見せてくれるやつなんて一泊で十万円と、高校生が泊まるにしては怖すぎるほどの値段をしていた。

 家がお金持ちだから、そのくらいのお小遣いを貰ってるのかな?って、自分とはまるで正反対の境遇を想像して言葉を失う。

 私は月に稼ぐバイト代の数万さえ奪われるのに、家庭が違うだけでこうも差があるのかとそのときに初めて自覚した。

 これって……普通?なのかな。

 同年代の高校生はそのくらい大きな金額でも問題がないほどにお金を貰っていて、旅行とかもしてるのかもしれない。

 白石さん以外に関わりがないから、知らなかった。


「泊まる場所はどこでもいい?こだわりあるなら聞くけど」

「わ、わからない……から、どこでもいいよ」

「間宮のために、素敵なところたくさん探しとくね」

「う……うん。ありがとう」


 “私のため”、些細な言葉ひとつ嬉しくて、どんどん白石さんへの想いは高まる。


「彩花ちゃん……好き」

「……私も」


 肩に寄り添って、そしたら相手もコツンと頭を乗せてくれて、しばらく多幸感に浸った。

 その日はふたりで眠くなるまでスマホを眺めて、どこに行きたい、何を食べたいと希望に満ちたやり取りを繰り返した。

 翌日にはもう計画は現実味を帯びるものになってきていて、家に帰ってから親に確認して、予約なんかも済ませてくれた白石さんから「冬休みの終わりに行こう」と連絡が来た。

 バイトも急遽休ませてもらって、母親には怒られた時が怖いから何も伝えなかった。それでも問題ないって、白石さんが言ってくれたから。

 旅行までの数日感は、とにかく私の人生の中でもワクワクが止まらない、待ちきれない時間となった。


「は、早く行きたい」

「そんなに楽しみ?」

「うん。彩花ちゃんと旅行、たのしみ」

「かわいい……間宮、おいで」


 連日、家に泊まっていた白石さんには毎日のように「楽しみ」と伝えて、そのたびに優しく抱きしめてくれた。

 それもまた浮かれる要因のひとつとなって、いよいよ前日の夜。


『今から少し、会えませんか?』


 白石さんのお兄さん、颯人さんからメッセージが届いた。

 どうしようか少し悩んだけど、“大事な話”らしく真剣さが伝わってきたのもあって向かうことにした。

 ちょうど白石さんはお風呂に入ってるタイミングで、家のそばまで来てくれてるというから、「数分なら」と返事をして家を出る。


「……あ。間宮ちゃん、ごめんね。こんな時間に」

「い、いえいえ」

 

 本当に家の近く、アパートの階段の下まで来ていた颯人さんと合流して、その場でさっそく彼は話を始めた。


「明日、旅行なんだって聞いて」

「あ、は、はい」

「……あの時のこともあるから、心配で」


 颯人さんの言う“あの時”とは、私が白石さんを怒らせてクローゼットの中に放置されていた時のことだと、すぐに分かった。

 今振り返っても恥ずかしい出会いで、忘れてほしい気持ちと申し訳なさが心の中で蠢きあう。


「あ、あの時は……私が、悪くて、それで」

「間宮ちゃん」


 居た堪れない思いで口を開いた私の肩をそっと掴んで、真っ直ぐに見つめてきた彼の目は白石さんそっくりだった。


「俺は、何があっても味方でいるから。……彩花には気を付けて」


 それだけを言い残して、「そろそろ時間だね」と颯人さんは去っていった。

 結局、なんのために呼び出されたのか分からないまま部屋に戻ると、白石さんは居間で髪を乾かしていた。

 私の姿を確認してドライヤーの電源を落としたから、怒ってないかビクビクしながら隣に座る。


「……どこ行ってたの?」

「え……あ、えっと、コンビニに行こうと思ってたんだけど、財布忘れちゃって」

「ふぅん、そっか。危ないから、私もついていくよ。髪乾かしたら一緒に行こ?」


 どうしてか嘘をついちゃって、オドオドする私を冷たい目で見てきた白石さんは、予想外に笑顔を見せて優しい言葉をかけてくれた。

 そして本当に、言ってくれた通り髪を乾かした後はコンビニまでついてきてくれて、さらにアイスまで奢ってくれた。

 寒空の下、横並びで帰りながらアイスの封を開ける。

 ふたつあるうちの一個を割って渡して、ふたりで「冷たいね」とか言い合って食べた。


「冬休みも、もう終わりだね」

「……うん。最後に、思い出作れてうれしい」

「私も。“最期”の思い出に、たくさん楽しもうね」


 意味を含ませた笑みの理由に、このときは気付いてさえいなかった。

 薄い雲に隠れた月は、ふたりを照らすには心許ないくらいで、隣にいる彼女の姿がどこかぼやけて見えた。


 そうして本当に、白石さんと楽しめるのは最後になるとも知らず、私は出発する翌日の朝を迎えるのだった。








 

 

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