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月の降る夜、あなたとふたり  作者: 小坂あと


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12/22

第12話






 最近、ひとつ悩みができた。


「間宮ちゃん」

「あ……脇さん…」


 バイト先のスーパーに、新しく入ってきた大学生の脇さん。

 彼は男性にしては細い体つきと、こけた頬が特徴的な……お世辞にも“かっこいい”とは言えない人だ。

 初めてシフトが一緒になった日に軽く挨拶を交わして以降、どうしてなのかよく話しかけられるようになった。

 内容は他愛もないものばかりで、「いつから働いてるの?」「バイト代は何に使ってるの?」とか、そんな感じだったと思う。

 ただでさえ人と話すことに慣れてない私は相槌を打ったり頷くだけで精一杯だったから、話しかけられるたび気疲れするのが嫌で本音を言えば避けたいくらいの気持ちだった。


「今日、何時終わり?」

「あ、えっと……9時…です」

「俺も。一緒に帰ろうよ」


 私の思いとは裏腹に距離を縮めてこられるのが怖くて、どうしようか白石さんに相談しようと思っていた矢先、断りきれず脇さんと帰ることになった。


「女の子が夜にひとりだと危ないから……ほら、俺って優しいから心配で。よかったら今度から、帰りは送っていこうか。家どこなの?」

「え……え、い、いや…」

「ていうか彼氏はいるの?」


 答えづらい質問の連続で、かと言って今さら「ひとりで帰りたい」と言えるわけもなく、頭を抱えたいくらいの気持ちでいるところへ。


「間宮」


 やけにご機嫌な声と、笑顔を貼り付けた白石さんに腕を引かれた。


「何してるの?帰ろ」


 まるで脇さんのことが見えていないみたいに、私を連れ出そうと歩き出した行動から、“助けてくれたんだ”って。

 

 彼女の部屋に着くまでは、そう思ってた。


 だけどふたりきりの空間になった途端、豹変して笑顔も消した白石さんは私の体を雑にベッドへと押し倒して、そこでようやく危機感のようなものを覚えた。

 もしかして、怒らせた…?

 原因が分からないまま白石さんを見上げたら、どこまでも冷めきった瞳と目が合って恐怖から息を止める。


「し、白石さん…?」


 声をかけても、反応すら返ってこない。


「あ……ご、ごめんなさい。私、あの、その」

「手、出して」

「え?」

「早くして」


 なんとか繕おうと言葉を探してる私にきつい口調で命令を下した白石さんの手には、制服のリボンが握られていた。

 何をするつもりなのか、聞きたいけど怖くてそんなこと無理で、おとなしく手を差し出したら「両手」と言いながらもう片方の手首を強く掴まれた。


「いっ…」


 怯えているうちに両手首はリボンによって皮膚に食い込むくらい固く拘束され、服も剥ぐように脱がされた。

 全裸にされた状態でビクビクと体を震わせていたら、まだ何かあるのか白石さんの手が伸びてくる。


 私が最後に見た光景は、タオルを持つ彼女の手と、怒りの滲んだ表情だった。


 目元はタオルに覆われて完全に光を失くし、真っ暗闇の中で白石さんはいつもの“行為”を始めた。

 ここ最近は気持ちよかったその行為も、昔に戻ってしまったかのように荒々しく乱暴で、恐怖心も相まってひどく痛いものでしかなかった。


「や、やめて……白石さん、痛いよ…!」

「うるさい」


 いつもの優しい彼女ならやめてくれるかもしれない、あまりの痛さに悶えて抵抗した私の希望も虚しく、布を口の中へ詰められるだけで終わった。


「んんん!…んうっ」


 いたい、こわい、くるしい。


 涙はタオルに吸われ、湿ってきた布の感触が気持ち悪い。


「あいつと何してたの?」


 質問されても答えられないのに聞かれて、呻くだけの私にイラついたのか太ももを思いきりつまみ上げられた。

 千切れそうなほどの痛みに耐え兼ねて体をよじれば、今度は頬を叩かれる。破裂音の後にじんじんとした熱さが広がって、喉が勝手に呻き声を鳴らした。

 ごめんなさい、頭の中で何度謝っても言葉にできないせいで状況は変わらない。


「間宮が好きなのは、私だけだよね?」


 痛い思いを重ねたくなくて、とりあえず何度も頷いた。

 そうしたら許してくれる気になってくれたのか口の布は外され、鼻呼吸しかできなくて足りていなかった酸素を取り戻すため大きく息を吸い込んだ。

 その時に涎が喉に引っかかって噎せた私の髪を掴んで顔を上げさせた白石さんは、咳き込んでいるのも構わず質問を続けた。


「私のこと、好きって言える?」

「っか……は、う、うん……すき。すきです」

「じゃあ、私以外の男ともう関わらないでね。わかった?」

「は、はい。はい……か、かかわりません、ごめんなさい、ごめんなさい…ゆるしてください」


 そこでバカな私は白石さんが怒っている理由をやっと理解して、許されるための言葉を必死で吐き出した。

 男の人と関わったら、痛い目に遭う。何度も脳内で復唱させて、刷り込んでいく。そうしないと、覚えの悪い私には分からないと思ったから、白石さんはこんなことをしたのかもしれない。

 優しい白石さんが意味もなくこんなことをするはずがない。そう考えることで、少しでも恐怖を和らげようと心が勝手に思い込んだ。


「間宮……ごめんね」


 次に聞こえてきたのは罪悪感と喜びが入り混じったような声色で、穏やかに髪を撫でた手の体温に全身から緊張が抜けていく。

 やっぱりそうだ。白石さんは私のためを思って…安堵した途端、意識は飛びかけた。

 だけど、突如響いたコンコンというノックの音と、


「やば……間宮、こっち」


 焦った白石さんに腕を引かれ立たされて、眠気も吹き飛ぶ。

 ベッドからどこかへ移動して、冷たい床の上へ投げ出された私が戸惑っていると、「彩花?」と白石さんを呼ぶ女性の声が耳に届いた。


「ここにいて。すぐ戻るから」

 

 小声でそう伝えた後、残ったのは静寂と暗闇だけだった。

  

 どのくらい、時間が経ったんだろう。


 あれから白石さんは戻ってこなくて、床に吸われた体温は冷え切り、ひとり孤独と戦いながら体を震わせた。

 何も見えない、何も聞こえない空間にいるのはおそろしく、不安感が心を包む。もう二度と誰も来なかったらどうしようと、悪いことばかり頭を過ぎった。

 早く、早く戻ってきてと願う気持ちも虚しく、しんと静まり返った室内には、泣きじゃくる私の吐息と嗚咽だけが響いていた。

 

 そこからさらに時間が経って、涙も声も枯れてきた頃。


 一筋の光とも思える、誰かの足音が耳に届いた。


「白石……さん?」


 きっと白石さんが戻ってきたんだ、そう思って立ち上がろうとしたら、足が痺れて転んでしまった。幸い、すぐに起き上がれてまた座れたから良かった。

 体が壁か何かに当たる音で、入ってきた人物も私の存在に気が付いたんだろう。

 だいぶ目も慣れてきて、タオル越しに光が差し込んできたと思ったら、


「彩花…?」


 聞き覚えのない男の人の声がして、私は絶望した。


 両手は縛られ、目隠しもされて、全裸である無防備な姿を、よりにもよって白石さん以外の……それも男の人に見られるなんて。


 殺される。


 男の人と帰っただけで、これだ。次はどうなるか分からない。


「あ……あ、あ、ごめんなさい、ごめんなさい」


 今はいない相手に向かって謝る私に、誰かも分からないその男の人は、


「あ、謝らないで。大丈夫だよ……怖かったね」


 そっと、肩に毛布をかけてくれた。


 

 

 

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