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月の降る夜、あなたとふたり  作者: 小坂あと


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第11話









 新しく始めた“仕事”は、順調だ。


 思いのほか稼げなかったらどうしようと心配に思ってたけど、むしろ笑えるくらいお金が入ってきて驚いてる。

 目論見通り……いやそれ以上に、間宮の体には価値があると知ることができたのも良い。この調子なら、お金に困ることはまず無さそう。


「はっ……きも」


 毎晩のように送られてくるおじさん達からの画像は、面白半分で見て記憶にもスマホにも保存せず流した。

 誰が他人の恥部を見て喜ぶんだよ。それも、汚いオヤジの。

 でもまぁ……それで満足してお金を出してくれるんだから、このくらい安いもんかな。褒めてあげれば喜んで払うからなお良し。扱いやすくて助かることこの上ない。

 鼻で笑いながら、指先では「大きいですね」とか「ムラムラしちゃう」なんて思ってもないようなことを淡々と打っていく。

 察しの悪い間宮は思いもしない。彼女の写真をありがたく、このキモい奴らに提供されてるなんてこと。

 一応、彼女の体を使って稼ぐわけだから、本人にも説明しようとも考えたけど……あの時の間宮は、ほんとバカだったなぁ。普通、写真撮られた後なんだから勘付くでしょ。


「ほんと……愚かでかわいいなぁ」


 いいように利用されてるっていうのに、何も知らず私が呼べばやってきて裸になってくれる彼女は、もはやバカすぎて愛おしい。

 おかげで、とあるアプリの残高は増え続けていく一方だ。

 支払いは色々と面倒だから、QRコード決済サービスで統一してる。そのままでも使えるし、口座登録すれば現金化もできるから。

 

 ここまで稼げた方法は、至って単純な売買だ。


 まずは裏垢である程度のフォロワーを集める。今ではもう四桁規模の、下心にまみれた男達のアカウントが集まった。 

 ただ、あんまり大々的にやると通報を食らいそうだと警戒して、話を持ち出すのは必ずDMで、何回かやり取りを交わしてからと早い段階で決めた。

 寄ってくる男にも、色々と種類がある。

 会いたいとかほざくやつは論外、即切り。そういう奴らをブロックしても、他に男はいくらでも湧いてくるから問題なかった。

 自分の性器を送ってくる、いわゆる“チ■凸”をしてくる男は狙い目で、こちらから見せ合いを希望すればすぐ食いつく。

 焦らしつつうまい具合にお小遣いが欲しいとねだり、送金してきたらその対価として撮り溜めた間宮の写真を送りつける。もちろん全部、身バレ防止のため顔は隠して局部だけのものにしてる。

 金額はまちまちだけど、画像だけでも一枚数百円から数千円。

 動画となると一気に単価が上がるから、ひとつの動画で複数人相手に、数件のやり取りで数万稼げることもあった。


 間宮のことも危険に晒さない、労力も最低限で済む、まさに完璧な小遣い稼ぎ。


「いつ、間宮にあげようかな…」


 今の時点で、学生が持つにしてはかなりの金額が貯まっている。これを使えば、ハイブランドのバックが買えるくらいに。

 いきなり渡すと驚かせちゃうだろうから、少し様子を見よう。

 それにしても気分が良い。お金を稼ぐって、こんなにも楽しいんだ。アプリ内の残高の数字が増えていくたび、ゾクゾクとした優越感に浸った。


 間宮に渡せる日が、楽しみ。


「あーやか。なんかいいことあった?」

「ん〜?……ちょっとね」

「なになに〜、もしかして彼氏?」

「内緒」


 ついつい浮かれて学校でも開いちゃってたけど、後ろから覗かれたりしたら大変だ。今度から気を付けよ。

 友達からのダルい絡みは適当に返して、鞄を片手に部室へ移動する。


「白石さん、赤ちゃんの写真は撮れた?」

「あー……いや、まだです」


 そうだ、忘れてた。赤ちゃんの写真。

 

「そもそも赤ちゃんに会えなくて」

「あ。それならちょうど先週、姪っ子が産まれたからうち来る?」

「いいんですか?」

「もちろん。かわいいよ〜、赤ちゃんは」


 さっそく放課後、部活終わりに会わせてくれるという先輩は、早く見てほしくて待ちきれないのかその場で産まれたばかりの姪っ子の写真を見せてくれた。

 相変わらずか弱そうでかわいい……なんて感想を抱きつつ、ふと「間宮の子供はどんな顔になるんだろう?」と疑問に思った。

 女の私と付き合ってる彼女が、そもそも子供を産むことはないだろうけど。

 産んだとしたら、どんな名前になるんだろう。間宮の下の名前と、私の名前を一文字ずつ取ったりするのも、ありかもしれない。間宮だったら、なんて名前をつけるかな。

 

 想像は膨らむばかりで、止まらない。


 未来のことなんて考えても、近い将来いずれ死ぬ運命だというのに。

 自分でもおかしく感じて、思わず溢れた笑みを先輩は怪訝な目で見ていた。


「どうしたの、そんな笑って」

「はは、赤ちゃんかわいいなー…って」

「だよね!かわいいよね」


 間宮のことを考えていたら、急に会いたくなって。

 結局その日は先輩の家には寄らず、バイト終わりの間宮を迎えに行った。

 スーパーに着くと、間宮はもう着替えとかも済ませてたみたいで、駐車場の隅でぽつんとひとり座っていた。


「間宮」


 私の声に反応して顔を上げた彼女の瞳は瞼が重くて細いのにくりくりとした印象で、先輩に見せてもらった赤ちゃんの写真を思い出す。


「……間宮の子供、きっとかわいいんだろうね」

「え?」


 見れないのは、少しだけ残念かもしれない。


「帰ろう?間宮」

「う、うん……迎えに来てくれて、ありがとう…」

「いーえ。行こ?」


 冷えきった手を引いて、立ち上がらせる。

 家まで送る間は特に会話もなく、静寂がふたりの間を包んだ。

 着いた頃、煌々と浮かぶ月は絵に書いたような三日月で、散りばめられた雲が月明かりに照らされて薄灰色になっているのを、不意に見上げた。


「月、綺麗だね」

「う……うん。きれい、だね」

「掴めちゃいそう」


 空に向かって手を伸ばしても、当然月には届かない。

 それでも光ごと月を捕まえるように、手をそっと閉じた。


「三日月だから、刺さっちゃうよ」


 間宮にしては珍しい、冗談めかした言葉が鼓膜を揺らす。

 隣を見れば、安心しきって気の抜けた笑顔がこちらを向いていて、心臓は嫌に締め付けられた。

 いつの間に、そんなかわいい顔をするようになったのかな。


「き、今日ね、お母さんいない…の。……いつもいないけど」

「そうなんだ」

「す、少し……寄ってく?」


 分かりやすいお誘いに乗って、初めて上がった彼女の狭い家で、きっといつも間宮の母親も使っているであろう寝室の布団の上で、互いを温め合うみたいに体を重ねた。


「間宮……名前呼んで」

「し、白石さ」

「下の名前」


 舞い上がっていた気分のせいか、無性に呼ばせたくなってお願いしたら、間宮は照れた仕草を見せて、


「彩花…ちゃん」


 小さな声で、私を呼んだ。


「もう一回」

「あ、彩花ちゃん…」

「……もう一回」

「彩花、ちゃん…?」


 うん、悪くない。むしろ、好きかもしれない。

 新たな発見に心を昂ぶらせつつ、彼女のことも満足させてあげて、親は朝まで不在だと言うから帰るのも面倒でその日は泊まることにした。

 間宮の家は、お世辞にも清潔と呼べるものではなくて、物も多いし服なんかも散らばっていて汚かったけど、不思議と嫌ではなかった。

 翌朝、目覚めてからは間宮の母親が帰ってくる前にそそくさとふたりで家を出た。

 最初は横並びで歩いてたけど、学校が近づくにつれ間宮が気を使って速度を落として、私は逆に見かけた友達の元へ駆け寄ることで周りに違和感を抱かせることもなく距離を取った。


「おはよー、彩花」

「おはよ!」

「なに。朝から機嫌いいじゃん」

「んー……ちょっとね」


 分かりやすく浮かれるくらいには、何もかもが順調だった。


「え……間宮?」


 放課後、昨日断ってしまった先輩の家に寄った帰り道、男と歩く間宮の姿を見るまでは。






  

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