第10話
私の痣を見つけてから、毎日。
「……うん、目立たなくなってきたね」
マッサージをしてくれるがてら体を丁寧に確認して、治りが早くなるようにとクリームまで塗ってくれる白石さんは、満足げに声を出した。
おかげで痣の数々も今ではほとんど色を失い、皮膚の表面は本来の肌色を取り戻している。
気にかけてもらえるのは、大事にされてる感があってなんだか嬉しくて、ちょっとだけ照れもした。
「あれから、殴られてないみたいでよかった」
「う、うん……白石さんのおかげだよ」
「あの時、手持ち数千円しかなかったけど……足りた?」
「うん。お母さん、機嫌よくしてくれた」
「よかった」
実はあの日の帰り、家に着いたところで白石さんが「また殴られると困るから」って財布の中身をいくらか渡してくれた。
私が使い込んで渡せなかった分を、立て替えてくれたのだ。
申し訳なく思いつつも、母親への恐怖心からお金を受け取ってしまった。……また殴られるのは、私も嫌だったから。
嫌な顔一つせず私のためにお金まで出してくれた彼女は優しくて、自分の中でどんどん白石さんの存在が大きくなっていくのを感じていた。
彼女に嫌われたら、もう生きていけないと本気で思った。
「……ねぇ、間宮?」
「な、なに?」
「ひとつ、お願いがあるの」
だから、その“お願い”を聞いた時も、私は断れなかった。
「顔は映さないようにするから。大丈夫だよ」
「う……うん…」
心配だろうからと頭に毛布をかけられたけど、正直な話、視界が奪われて何も見えない方が怖かった。
それでも文句は言えない。
これは、“私のため”らしいから。白石さんなりに、一所懸命考えてくれた結果なんだから。
「胸、隠さないで。手はこっち」
「うん…」
手首をやんわり掴まれて、シーツの上に固定される。
何も見えない真っ暗闇の中、カシャリとスマホで写真を撮る音が何度か響いた。カメラが映しているのは自分の体だということは、見なくても分かった。
無防備な裸体を撮られているのは心がそわそわして落ち着かなくて、不安に怯える気持ちを掬い取るように手を取られ、指を絡められた。
唯一の接触である白石さんの体温をしっかりと握って耐えること数分。
「もういいよ、間宮」
ようやく視界が開けて、変わらず優しい白石さんの瞳と目が合った。
「がんばったね」
終わってからは抱き締めてもらって、キスを受け入れていくうちに始まった行為に身を委ねる。
途中、「せっかくだから」と湿り気を帯びた箇所も写真に収めた白石さんは、ひと通り事を終えた後でようやく詳しく説明してくれた。
「ほら、見て。これ」
まず見せてくれたのはSNSのアカウントで、名前もアイコンの写真も私達とはかけ離れたものだった。
ただひとつ合っている情報といえば、“JK”であることの説明くらいだ。
フォロワーは数百人程度、多いのか少ないのか……そういうことに疎い私には分からなかったけど、白石さんが言うには「まあまあかな」くらいの数らしい。
このアカウントと私の写真、どういう繋がりがあるのか分からなくて首を傾げていたら、白石さんは「試しに」とDMを一件開いて見せてくれた。
メッセージのやり取りは……その、あんまり良い気がするものじゃないというか、本音を言えばちょっと気持ち悪い男の人との会話だった。
「この人は…?」
「んー……そうだなぁ。お客さまってとこかな」
「お客さま?」
「うん。この人に売るの」
「何を?」
検討もつかなくて聞いてみたら、白石さんは珍しく眉を垂らして困った顔で笑った。
「やっぱり内緒」
スマホを伏せて、私の体を包み込んだと思ったら、愛でる手つきで頭を触ってくれた。…優しい。
そしてしばらく、宥めるみたいに髪を撫でては頬を擦り寄せる。
「間宮は、何も知らなくていいんだよ」
どこか言い聞かせるように呟いた彼女の腕の中、気が抜けたことと疲れも相まって、自然と瞼は落ちていった。
「ほんと……かわいいなぁ」
意識が睡魔に連れ去られる前、白石さんの穏やかな声が聞こえた。
今までとは違って、心からの言葉にも思えて……ドキドキした気持ちを抱えたまま眠りについた。
そばにいると、落ち着く。
何かあっても守ってもらえる、そんな安心感を白石さんは与えてくれた。
その日から数日、家に呼び出されては写真を撮られる謎の時間は続いた。だけどそれも、意味があっての事だろうから何も言わずに応じた。
たまに「自分で触って」とお願いされることもあって、動画を撮られた時はさすがに恥ずかしくて躊躇いもした。
「触れたら、ご褒美あげる」
「ご、ご褒美…?」
「うん。……なんでもいいよ。間宮の欲しいもの、なんでもあげる」
渋る私に、彼女はどこまでも甘い言葉をかけた。
欲しいものなんて、物欲を持つことさえ許されてこなかった私にはあまり無くて、そうすぐには思い浮かばなかった。
ひとつ言えるのは、白石さんに甘やかされるこの時間がいつまでも続いてほしいってことくらいで。
「……ほしい」
「ん?」
「いれて、ほしい」
女の子らしい細さと柔らかさのある指先を下腹部まで運んで誘えば、切ない吐息が相手の口から漏れた。
「……ちゃんと自分で、触れた後でね」
額に当てられた唇の感触は熱く、興奮を伝えてくれているみたいで嬉しい。
うん、と小さく返事をして、私は望まれるがまま手を動かした。
何もかもが、順調なように思えた。
生温いくらいの空間が、いつまでも続くと思ってた。
彼女の逆鱗に、触れるまでは。




