96.
〈注意事項〉
※15歳以上推奨作品です。
※敬語表現に間違いがあるかもしれません。あまり気にしないでいただけると幸いです。
〈あらすじ〉
無事に引っ越し作業を終えたアリスたちランフォード一家は、今年のアリスの誕生日プレゼントで、家族旅行をすることになったのだが……。
「——うっわ! これが遺跡?」
目の前の、石造りの巨大な彫刻を前にして、アリスはあんぐりと口を開けた。遺跡というより、そういう美術品のようだ。
アリスの誕生日祝いの遺跡探検だが、すぐに国とメアリーの許可が下りた。元々、レオは夏休み中に発掘調査に携わる予定だったのと、仮にも英雄と呼ばれている両親のお願いを国が却下するわけがなかった。
遺跡というのは、大きな断崖に美しい女性が彫刻されている場所だった。発掘中のため、あちこちに足場が設けられているが、その向こう側、女性の足元に小さな出入り口があった。
「この女の人は、ユリアな」
遺跡を見上げ、レオは興奮した様子で教えてくれた。
ユリアだという女性は、布一枚だけで体の大事な部分を隠しているだけで、目をつむり、両腕で自分を抱きしめるようなポーズをしていた。装飾は剥げて、あちこちが欠けてしまっていたが、それでも美しかった。
「一応、俺らのご先祖様。こうやって入り口にユリアの装飾があるってことは、神殿とか、昔の政治の場所とか、重要な場所だったことを意味してる」
「じゃあ、ここは?」
「ここは神殿。中から、ユリの花の化石と、祭壇が見つかってるから」
そこに一家を迎えにメアリーがやってきた。ニコニコと上機嫌な彼女は、みんなの先頭を歩いて神殿を案内してくれることになった。
小さな入り口をくぐると、一気に気温が下がったような気がした。
しかし、それすらも気にならないほど、美しい空間が広がっていた。
広い廊下は、色とりどりの石を埋め込んだ石画で飾られていた。廊下も、壁も、天井も、とにかく全部。それらは、人間たち連合軍と悪魔軍の、長い闘いの歴史を表しているらしかった。
「アリーは、この世界の歴史はどれくらい理解しているの?」
石画に対して「すごいねー」、「綺麗だねー」という感想しか言わないアリスを見て、アンは不安になったらしい。
流石は、母親だ。アリスは全く、この世界の歴史を理解していなかった。夏休み前の学期末テストで一番点数が低かったのは、魔術界史だった。
「えっと、昔話を教えてあげるわね」
慌ててメアリーは振り向き、大げさに咳払いした。
むかし、むかし。
魔術界と別世界が、まだ同じ世界だった時のお話です。
悪の化身、悪魔たちは、この世界を支配しようとたくらみ、黒魔術を使ってありとあらゆる種族を攻撃し、支配下に置いていました。
人間は他の種族たちと力を合わせて連合軍として戦っていましたが、悪魔の黒魔術があまりにも強すぎて、どんどん不利になっていきました。
ある時、人間たちは悪魔に対抗するため、強大な魔力を集めるために強い魔術を使いました。しかし、悪魔の手により失敗し、世界は魔術界と別世界に分かれてしまいました。レムリア大陸を残し、人間のほとんどが別世界に行ってしまったのです。
おかげで勢いを無くした連合軍は、レムリア大陸のほとんどを悪魔に盗られてしまいました。
このままでは、魔術界が滅んでしまう!
そんなとき、どこからともなく「ユリア」という名の女の人が現れたのです。
彼女は輝く金色の髪に、紫がかった、空のような青い瞳を持つ、美しい人でした。
ユリアは、かぐや、タタラという仲間とともに戦場を駆け抜け、見事、悪魔軍に支配されていたレムリアの土地を奪い返し、悪魔たちを封印してくれました。
平和が訪れた魔術界で、連合国軍は国を作り、王様を決める選挙をしました。
みなはユリアを連合王国の王に選びました。
王となったユリアは、素晴らしいものを魔術界にもたらしました。美しい水、暖かな炎、豊かな大地、綺麗な空気。それに、「賢者の石」を作り出し、人々の傷を癒しました。
みな、ユリアが大好きでした。
しかし、ユリアはある日、忽然と消えてしまいました。
悲しみの中、人々は次の王を決めることにしました。候補となったのは、ユリアの四人の子供たちでした。みな金髪と空の瞳をしていて、それぞれが優れた能力を持っていました。
長男のネレウスは、とても商売が上手でした。
次男のヘカトスは、とても魔術が上手でした。
三男のデメトリオスは、とても勇敢で強い戦士でした。
四男のアイオロスは、物作りがとても上手でした。
しかし、ユリアがいなくなった瞬間から、王国のバランスは崩れてしまいました。国内では、それぞれの種族を国から追い出し、連合王国を人間だけの国にしてしまっていました。それどころか、魔術師、非魔術師、対魔術師によって住む場所を分け、仕事も制限されていました。
これはいけない。
そう思った四人の王子たちは、連合王国をたてなおそうとしました。そのためには、次の王様を決めなければなりません。
しかし、最初は四人で机を囲って話し合っていたのに、いつの間にか戦争に発展していました。自分の味方だけでは兵士が足りないので、狼人間や小人、巨人、バンパイアを呼んで、戦争をしました。
今度は、連合軍同士で戦い始めてしまったのです。
何年も戦って、みなが疲弊してきた時、なんと、悪魔たちが戻ってきたのです。しかも、黒魔術師たちを連れて。
黒魔術師たちのリーダーは、エレボスという名でした。
悪魔たちは連合王国に腹を立て、復讐のために戦争を引き起こしたのです。
しかし、四人の王子たちは聡明でした。すぐに戦争をやめると、事の発端である黒魔術師たちと悪魔軍たちを倒したのです。
倒した黒魔術師たちと悪魔たちは、二度と魔術界に来れないよう、煉獄という地の底にある死の世界に封印しました。さらに、封印するのに使った四つの要石にはユリアの子孫しか辿り着けず、動かせない特別な魔術をかけました。
最後に、四人は要石を守るため、要石がある場所にそれぞれ国を作りました。
ネレウスは商人と知識人の国、ネロ王国を作りました。
ヘカトスは魔術師の聖地、フォティア王国を作りました。
デメトリオスは緑を守る戦士の国、ガイア王国を作りました。
アイオロスは錬金術師と発明家の国、アエラス王国を作りました。
こうして、再び世界に平和がもたらされたのでした。
「——めでたし、めでたし」
「全然、めでたくないじゃん」
思わず、アリスは眉をひそめた。
「結局、ユリアの子供たち同士で戦争しちゃってるし。そもそも、どうしてユリアの子供たち同士で喧嘩しちゃったんですか?」
「歴史上だと、理由は解明されていないの。黒魔術によって操られていた、っていう説が一番有名かな。実際、四人の王子様たちは、それぞれの国を建国してからは素晴らしい統治者だったらしいしね」
「中には、エレボスは連合王国から追放された宰相だって提唱している歴史学者もいるよ」
メアリーに続き、レオが口を開いた。
「エレボスを追放した後、揉めた結果が第二次世界大戦なんじゃないかって。ちなみにだけど、エレボスはユリアの後継人として国を治めていた時期があるらしい。その間は、種族差別がなかった、っていう説もある。種族差別じゃなくて、それぞれの種族の得意・不得意で就職の斡旋をしたんじゃないかって。確かに、当時の文献を見ていて、エレボスをボロッカスに言っている国民はどの種族にもいなかった。言っていたのは、王子たちと権力者だけだよ」
「私、何となくだけど、そっちの節の方が濃厚だと思う。エレボスは、本当は悪い人じゃない気がする」
「それを調べるのが、私たちの仕事よ。手に入れた歴史の痕跡から仮説を立て、それが本当かどうか明らかにしていく。本質はアリスが得意な理科や数学と一緒なのよ」
そう結論付けて、メアリーはさらに奥へ向かって歩き出した。
奥へ行くと、今度はフレスコ画が壁に、天井にはステンドグラスが現れた。今は、王宮に雰囲気が似ている。
「ステンドグラスがある場所って、大体が宗教に関する場所なんだぞ」
天井を見上げていたアリスに、ラファエルがニヤニヤしながら耳打ちした。
「ユリアの生誕祭と終戦記念日には、王宮が教会の役割を果たす。つまり、王宮は国王一家の家であり、巨大な宗教施設でもあるんだよ」
「そうだったんだ……」
俊宇たちもステンドグラスが多いことに驚いていたから、夏休みが開けたらこのことを教えてやろう。
アリスはラファエルから得た情報を、頭に片隅にメモしておいた。
見た目は、別世界の教会に一番近い。入り口は絶壁にあり、アリスたちはいわば洞窟の中に入ってきたわけだ。それなのに明るいのは、噂のステンドグラスから色とりどりの光が差し込んでいるからだ。
それについて質問すると、メアリーはこの神殿の周りには魔法石による境界が発生しているのだ、と教えてくれた。
「普通、境界は川を渡ったり、光と影の境目を越えることであったりすることがほとんどなんだけど、稀に、強い魔力が発生している場所でも境界が発生することがあるの。こんなに明るいってことは、ここはよほど、強い魔力の磁場が発生しているっていう証拠。あ、境界の中が明るければ明るいほど、魔力の地場って強いのよ」
「ってことは、——……えっと、何でもないです」
皓然が連れて行ってくれたあの境界もまた、明るかった。ということは、あの境界もまた、強力な魔力で作られていることを意味している。
そのことについて話そうとしたのだが、皓然からあの境界の存在は秘密だと言われていたことを思いだしたので、アリスは慌てて言葉を飲み込んだ。
それからも、主にメアリーとレオの解説を聞きながら一家は神殿の最深部へと向かった。
終着点、最深部には何かの祭壇があった。石で作られた横長の堅そうなベッド、その両端には大きな一輪挿しのような石で作られたオブジェがある。
その祭壇を見て、何となくアリスの体に悪寒が走った。
「アリー、大丈夫? 震えているけれど」
「なんだかここ、気持ち悪くて……」
なんだか、喉を締め付けられている感じ。それに、胃の中身がひっくり返りそうな、いや、ひっくり返そうとしている何かを感じる。
だが、これにはアリス以外、誰も気づいていないらしかった。みんな平気そうで、けろりとしている。むしろ、青白い顔をするアリスを心配するまである。
「ここ、一体何の祭壇なんですか?」
吐き気を我慢しながらアリスがメアリーに問いかけると、先生は困った顔で「そこまでは、まだ」と答えた。
「それより、本当に顔色が悪い。一度、外へ行きましょ……」
「——ユリアの器に、魂を入れる儀式をする場所だよ」
突然響いたその幼い声に、みんな一斉に魔力のスイッチを入れた。
声の主は、アリスより年下に見える女の子だった。波打つ長い黒髪に、シンプルなシャツワンピース。それは良い。よく見る特徴、格好だから。
少女の瞳は、紫がかった青色だった。レオと同じ空の青。
それに、顔つきがアリスとそっくりだった。
そんな、どう考えてもランフォード家ゆかりの少女は、ジッとアリスを見つめた。
「もう、ここには来ちゃダメだよ。間違えて、ユリアの器にされちゃうかもしれないから。あなたも、私も」
「お前、名前は」
周りで静電気をバチバチ鳴らすルイスの問いに、少女は素直に答えた。
「イリス。ママとあなたたちを結ぶ、伝令役」
それだけ言いながら、イリスという少女の姿はどんどんとぼやけてきた。
ルイスとアンが同時に捕縛の魔術をかけたが、無駄だった。イリスは空気に溶けるようにして消えてしまったから。
「『イリス』……。虹の神」
レオの小さなつぶやきが、なんだかやけに大きく聞こえた。
帰りはみんな黙りこくっていた。それに、王宮に着けばみんなバラバラに帰っていく。
アリスはレオと一緒に部屋に戻り、数日ぶりに皓然とアダンの二人と再会した。だが、兄は挨拶もそこそこに自分の部屋に引っ込んでしまった。
だから、不思議そうにしているチームメイト二人に、アリスは何があったのかを細かく説明してやった。
「——『ユリアの器』って、ねぇ?」
アダンが頬をひくつかせながら隣の皓然に視線を向けると、彼もどこか納得していなさそうだった。眉根を寄せて、腕まで組んでいたから。
「それこそ、本当におとぎ話の世界ですよ」
「だよねぇ。絵本の中でしか聞いたことないよ」
「えーっと……?」
戸惑うアリスに気付き、皓然が解説役を買って出てくれた。
「ユリア様には、いくつもの伝記、言い伝えがあります。その中の一つに、『ユリア様の器の話』があるんです。フォティア王家に生まれた姫君は、ユリア様の魂を入れる器になる。そうやって、世界を破滅から救うんだ、っていう」
「今のアリスは、どっちかと言うと破滅させる側だけどね」
アダンはいたずらっぽく笑って言った。
「だって、アリスってば、いつも魔力を暴走させてるんだもん。ぼくら、おかげで防御魔術だけすごく上達したよ!」
「どういたしまして」
唇を尖らせるアリスは、思い切りアダンを睨みつけた。彼にその気はなくても、アリスからすれば完全に嫌味を言われた気分だ。
こういう時、上手い具合にアリスのご機嫌取りをしてくれるのがパウラなのだが、彼女は今、実家に帰省中。おかげで、皓然の口から小さなため息が漏れた。こういう時になると、毎回、彼女に助けられていると気付くものだ。
「まあ、気になるのでぼくも調べてみます。自由研究にもできそうだし。図書館に行けば、何かしらの資料も残っているかもしれませんしね」
「それ! 私も一緒に行ってもいい?」
「もちろん」
「アリス、ずるい! ぼくも、ぼくも!」
アダンにも頷いた皓然は、二人に明日の出発時間を伝えてキッチンへ向かった。
お読みいただきありがとうございました!




