95.
〈注意事項〉
※15歳以上推奨作品です。
※敬語表現に間違いがあるかもしれません。あまり気にしないでいただけると幸いです。
〈あらすじ〉
錬金術師として賢者の石の研究を続けるのか、上級魔術師として国に仕えるのか。ラファエルは、大きな二択に迫られていた。そんな引っ越し作業中、ついにアリスは机の引き出しに手を付けようとしていた……。
「——家族旅行?」
仕事から戻ってきたルイスは、アンからの話を聞いて目を丸くした。
時刻はすでに日付を越えていて、子供たちもそれぞれの部屋に戻っている。
「なんでまた」
「最近、家族で過ごせていなかったでしょう?」
魔術を使って着替えを一瞬で終わらせたルイスはリビングの椅子に座り込み、アンもまた、魔術を使ってルイスの前に夕飯を用意した。
「だからと言って、休みがすぐとれるわけでもないだろ。子供たちは夏休みでも……」
「ええ、そうね。だから、日帰り旅行はどう? 朝早くに出かけて、夕飯くらいには帰ってくるの。それなら、公休日だけで完結できるでしょ?」
「まあ、そうだけど……。誕生日プレゼントだろ? 何かこう、物じゃなくていいのか?」
「アリーはこれがいいんですって」
「ふーん……。行き先は?」
「まだ考えてないって」
「どうせなら、勉強になるようなところにしよう。博物館とか」
「それで喜ぶのはレオでしょ。それに、修学旅行じゃないんだから」
そう言ってアンは肩をすくめたのだが……。
「私、魔術界の遺跡に行きたい」
翌日、朝食の席でアリスがそんなことを言い出しから、目を丸くして驚いてしまった。
ルイスは勝ち誇ったような顔をアンに向けてから、「どこの遺跡だ?」と少し楽しそうにアリスに尋ねた。
「この前、見つかったって遺跡。メアリー先生とレオお兄ちゃんが盛り上がってたところ、発掘調査中なんでしょ? 私、発掘してるところ見てみたい」
「ああ、ミスティコ谷の」レオは顔を輝かせた。「その発掘、メアリー先生が指揮を執っているから、頼めば見学できると思う!」
「ミスティコ……。ってことは、うちの領地じゃん。じいちゃんだし、発掘同行の許可くれそうだな」
ラファエルまでそう言い出し、行き先は簡単に決まった。これであとは、引っ越し作業を終わらせるだけだ。
今日もそれぞれの作業についたが、アリスは終に最後の一つであり、難関である机の引き出しと相対していた。
この引き出しは鍵がかかるから、大事なものだけを入れていた。お気に入りのシールだとか、写真だとか、手紙だとか。
あの時は気が動転していたから、とっさにスマホをこの中に入れてしまった。
とはいえ、改めて鍵を取る気にもならない。
そこで、アリスは引き出しを力づくで開けることにした。それなら、「鍵がないから頑張って開けようとしたけど、無理だった」という言い訳が立つ。
「ま、どうせ開くわけないし」
と、勢いよくアリスが引き出しを引くと、鍵がかかっているはずなのに簡単に開いた。しかも、壊れているのか、引き出しはそのまま外れてアリスと一緒に床にたたきつけられた。
「あ、開いた……?」
まじまじとアリスは引き出しの中を見つめたのだが、体を固くした。
引き出しの中身は、空っぽだったのだ。
慌てて自分の周りに飛び散っていないか、他の引き出しの中や机回りなども確認したのだが、やはり。
この鍵付きの引き出しに入れていたものだけ、全てなくなっている。
ハッとしたアリスは壁に顔をくっつけ、本棚の裏を見た。
やはり、鍵もない。
ということは、誰かが隠していたはずのあの鍵を見つけ出し、引き出しの中身を全て持って行ってしまった。
しかし、何のために?
どうやって?
誰が?
可能性があるとすれば、両親、ダリア、ローズ、フェリクスの五人だが……。そもそも、どうしてこの引き出しの中身を?
悶々と考えていたから、ドアがノックされたアリスは思い切り驚いてしまった。
やってきたのはアンだった。アリスは平然を装いながら「どうしたの?」と母に笑いかけた。
「ちょっと、物置部屋の方手伝ってほしくって……。お兄ちゃんたちは物が多すぎて終わりの目途が立ってないのよ。アリーも、お部屋の片づけ優先でいいんだけど」
「あ、いいよ。私、もう終わりだし」
アリスは外してしまった引き出しを机に戻し、アンと一緒に部屋を出た。
ふと、思ったことがあった。両親はなぜ、アリスが魔術界にスマホを持って行っていないと、分かったのだろうかと。
だから、アンの手伝いをしつつ、アリスはどのタイミングでこの話を切り出そうかと思考を巡らせていた。
「——まあ! アリー、こっちに来て!」
急にアリスを呼んだアンが持っていたのは、古いアルバムのようだった。しかも、写真の中の人は動いている!
写真に写っているのは、なんだか見覚えのある人だった。黒髪グレーの瞳で、ただし古代人が着ていそうな、薄っぺらい布の服を着ている。
「ほら、学生時代のカイルよ」
「カイルおじさん?」
唯一の家族写真に写っているカイルとは、全く雰囲気が違っている。家族写真のカイルは、優しそうな男の人、という印象だった。しかし、こちらのカイルは簡単に言うと顔が死んでいるというか、生気のない顔をしているというか……。
それに、服装も謎だ。
「これ、五年生の時のミュージカルの写真ね。アリーはもう、知ってる? カイルはね、国を代表するような、有名な舞台俳優だったのよ」
「俳優さんだったの!?」
「あら、そこまではまだ知らなかったのね。そうよ、カイルは名俳優だった。彼に演じられない役なんて無かったわ。見る人を圧倒させるような何かが、カイルにはあった。家系特性もそれを後押ししていたのかもね。アリーも同じ『自己成就』は、まさにブラック家のために生まれたような特性みたいなものだから」
「えーっと……。衣装とか照明とか、全部自分の特性で補えるんだっけ?」
「そうよ。知ってたの?」
「前、みんなで調べてみたから」
「そうだったのね。そのうち、アリーも使うようになるのね」
「……あのさぁ、お母さん」
写真のカイルを見つめたまま、アリスは小さな声を漏らした。
「私の特性、使わない方がいいやつだよね」
「あら、どうして?」
「だって、アゴーナスの時ルイーズにされたように、誰かを傷つけちゃうかもしれない」
例えば、騙し。アリスなら他人に成り代われるわけだし、潜入捜査や囮には適しているかもしれないが、詐欺紛いなことだって出来なくもない。
例えば、作り出した空間が誰かに恐怖を与えるようなものだったら? エキシビションで、ルイーズがアリスにしたのもこれだ。それに、ヴィトゥスは言っていた。戦争中にカイルは『自己成就』を使って毒ガス部屋に、と……。
レオの『百発百中』がそうであるように、アリスの『自己成就』も気を付けて使わなければ、悪いことしか生み出さない。
「なら、アリーは人を傷つけないように使えばいいじゃない」
アンの言葉に、アリスはパッと顔をあげた。
「家系特性は家を継ぐ条件に入ってくることもあるから、人によっては自分の特性を嫌がる人もいる。だけれどね、特性はご先祖様からのプレゼントなのよ。ご先祖様が術を磨いて、守ってきたから今も残っているわけなんだから。そうでしょ?」
「そっか」
「そう。アリーの『自己成就』は、カイルからのプレゼント。大事に使ってね」
アンに手をそっと握られ、アリスは小さくうなずいた。
あたたかい。
アンの手は、昔からずっとあたたかい。
「そうだ。新しいスマホを買ってくれて、ありがとう」
アリスはニコリと微笑んでお礼をしてから、表情を曇らせた。
「あの、もしかして引き出しの中身、見たの?」
「引き出し? 何の話?」
アンのその顔を見て、アリスは確信した。
両親は、アリスの引き出しを開けた犯人ではない。ということは、残る容疑者はダリア、フェリクス、ローズの三人だ。
「何かあったの?」
「……あの、実は引き出しの中身が消えてて」
言葉を選びながら、アリスはゆっくりとアンを見つめた。
「勉強机の引き出し。ほら、鍵がかかる引き出しがあったでしょ? 実は私、鍵をかけてたのに、その、鍵をなくしちゃってて。なのに、鍵は開いてるし、中身は消えてるしで……」
「そんなこと、あるのかしら……。本当に鍵はかかっていたはずなの?」
「かかってたはずだよ。魔術界に行く前に確認したもん」
「それはおかしな話ね。ダリア先生たちが勝手に開けるわけないし、あの引き出しは専用の鍵じゃないと開かない特注品なのに」
「と、特注品だったんだ……」
「そうよ。私の友人で、アエラス一の鍵職人に作ってもらったの。ピッキングは不可能で、鍵の複製もできない。だから、その無くしてしまった鍵がない限り、開けることはできないはずよ。王宮で使われている鍵と同じだもの」
「でも、ニコはピッキングしてたよ」
そう、アリスたちが占い準備室に閉じ込められた時、確かに彼はピッキングでドアの鍵を開け、助けてくれた。それはシオンが見ていたし、実際にその痕も残っていたから間違いないはずだ。
そういうと、アンは困った顔になった。
「実は、中に生物反応があるとピッキングが出来るようになるの。アリーたちのように、閉じ込めるのに使われたら困るもの。もしかして、アリーってば引き出しの中に何か生き物でもいれていたの? またカマキリの卵?」
「そんなわけないじゃん!」
幼い頃の話が飛び出したので、アリスは慌ててその可能性を否定した。
それに、普通なら引き出しに生き物など入れない。少なくとも、今のアリスはそんなことをしない。
アンは「そうよね」なんて困り果てた顔をしていたが、「お父さんにお話ししてみるわね」と言ってくれた。
アンも上級魔術師であることに変わりはないのだが、魔力、魔術という分野では、やはりルイスには敵わないらしいのだ。
国民は魔術師の情報を知る事が出来る。それを元に名指しで依頼することもあるそうだ。
そのシステムを使って、アリスは両親のことを調べて見たことがある。ルイスは、なんと魔力レベルが最高値の十五だったのだ。アンは魔力レベル十三。上級魔術師の平均は大体、レベル十一なので、二人とも平均以上ということになる。
ちなみに、アエラスで魔力レベルが十五なのはルイスとヘレナ。この二人だけだった。
そんな二人の記録が抜かれた今年、アリスは以前より周りからの目が痛くて仕方なかった。家系特性が『自己成就』と知って、勝手に失望している人もいたけれど。
引き出しの謎をかかえたまま、アリスたちは作業を再開した。
***
山のように積まれた段ボールは、後日ダリアがアリスたち宛てに送ってくれる。
その山の隣に、ぐったりとした様子のランフォード一家の姿があった。何とか、予定通り今日で作業を終わらせることができた。
元気と引き換えに。
「おやまあ。現役の魔術師たちが、こうも体力がないとは」
そう言ってダリアは肩をすくめたが、ルイスはそれに少し唇を尖らせただけで何も言わなかった。
言い返せないのと、言い返す体力がないのと、理由は二つあった。
レオとアリスはマルタン兄妹に涙ながらに挨拶をして、一家は門番の家に向かって歩き出した。
夏で日が長いとはいえ、もう空は紫色。やけに白く見える半月が、うっすらと空に浮かんでいた。
アンがアリスとレオの二人と前を歩くのを眺めながら、ルイスはそっと、隣を歩く息子の名前を呼んだ。
「なに」
「お前の実力は本物だ。——魔術師としても、錬金術師としても。進路は、お前の好きなようにすればいい」
「親父はいつから、意見をコロコロ変えるようになったんだよ」
「別に。考えを改めただけだ。もう、俺がお前の人生に口出しをするような年じゃないんだと、スミス先生に釘を刺された」
「ああ、言うだろうね」
サリー・スミス上級魔術師。
ラファエルたちのチームを担当しているベテラン上級魔術師だ。ダリアと同期なのだという彼女には二人の娘がいて、娘たちも上級魔術師として国に仕えている。
一番星の輝く空を眺め、ラファエルは黙りこんだ。
サリーのことだ。デビュタント以来、ラファエルの様子がいつもと違うのを見て、すぐにピンと来たのだろう。あの人の直勘力はバカにできない。
「親父」
今度はルイスが、黙ってラファエルを見つめた。
「俺は——」
お読みいただきありがとうございました!




