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93.

〈注意事項〉


※15歳以上推奨作品です。

※敬語表現に間違いがあるかもしれません。あまり気にしないでいただけると幸いです。


〈あらすじ〉

 アリスとレオは引っ越し作業で別世界へ、アダンは行方不明、皓然は姉たちと一緒にレストランへ。そして、パウラは実家に帰省していた……。

 持ち物は、大きなトランクケースが一つだけ。大事な使い魔はフードの中に隠れて丸まっている。


 首都キュクノスを背に、パウラは森の中を歩いていた。


 ピレネン公爵領に広がる森の中に、ポツンと一軒家が建っている。小さなこのログハウスが、パウラの実家だ。


 家まであと五メートルほどの所で、ドアが開いて一人の女性が顔を出した。


「あら、パウリンヒェン。丁度、すぐそこまで迎えに行こうとしてたのに」


 そう言ったのは、キャラメル色の髪をショートカットにした、中年の女性だった。紫色の瞳は、帰ってきた娘を見て丸くなっている。


 フローラ・ツヴィングリ。パウラたち兄妹の母であり、先代のツヴィングリ公爵夫人。それなのに、ローガンのせいで他の領地、しかも森の中に住んでいる。


「ただいま、ママ」


「はい、おかえり。アーベルも、おかえり」


 パウラのフードから顔を出したアーベルは、嬉しそうに頬を動かした。


 部屋にトランクケースを放り込んで、パウラは早速リビングの椅子に腰かけた。帰ってくる前から、ケーキを焼く甘い匂いがしていたのは気付いている。


「ああ、そうだ。アゴーナス、見たよ。凄いねぇ、パウリンヒェン」


「なんもしてないよ」


「迷路のこと。あんなに早く正解にたどり着けて」


「ああ……。ママだって、すぐ分かっただろ」


「説明を聞いている途中で分かった」


「ほら、やっぱり」


「それに、こうして帰って来てくれた。ローガンとルーカスは元気?」


「うざいくらいに元気」


 テーブルに肘をつき、パウラは答えながら鼻を鳴らした。


 パウラとルーカスにとって、顔も見たくないローガンだが、やはり母のフローラからしたら可愛い子供なのだ。そのことを、遠回しに言われたような気がした。


 あんなに自分を嫌っている相手を、よくそんな風に気遣えるものだ。


 焼き立てのアップルパイとアイスティーが目の前に置かれ、パウラは肘をつくのをやめた。


 昔から、子供を褒める時は、手作りのアップルパイ。なぜだか、ツヴィングリ家ではそう決まっている。


 そして、フローラのアップルパイより美味しいものに、パウラはまだ出会えたことがない。


 サクサクのパイ生地に、少しとろけたリンゴとハチミツ。パイ底はクッキー生地で甘さは控えめで……。


 兄たちのことを聞かれた時とは違い、顔を明るく輝かせながらパイを頬張る娘を、向かいに座るフローラは優しく見つめていた。


「そうだ。ママに聞きたいことがあるんだった」


 口元を拭い、パウラは母をまっすぐに見つめた。


「なに?」


「ヘレナ先生について、パパから何か聞いてないかな」


「……どうして?」


 フローラの顔から笑顔が消えたので、パウラは思わず唾を飲み込んだ。しかし、今更後には引けない。それに、これにはチームの運命もかかっている。


「うちのチームに、レオとアリスがいるから。家系特性のこととか、聞いておきたくて」


「残念だけど、聞いてないな」


 フローラは立ち上がり、パウラに背を向けてしまった。白い手はキッチンを片付け始める。


 これは、「これ以上、お話しません」という合図だ。


 だから、パウラは「そっか。なら、いいんだ」と母親の背中を見つめながら呟いた。


 エスコの専門は心理学。彼の付き人をして、パウラも心理学について学んできた身だ。母のこの行動が意味するのは一つ。


 母にとって都合の悪い、何かがある。


 つまり、フローラは何か、ヘレナたちについてエルンストから聞いていたことがある、ということになる。どうやら、話すつもりは無いようだけれど。


 アップルパイを平らげたパウラは、食器たちを下げて皿洗い中のフローラに笑って見せた。


「パパの楽譜部屋、行ってくる」


「散らかさないでよ?」


「分かってるって」


 パウラたちの父、エルンスト・ツヴィングリは上級魔術師であり、宮廷音楽家でもあった。その父が遺した楽譜たちが、部屋一面を覆っている。この世界の民謡から、どうやって手に入れたのか別世界の曲、エルンストが作曲したものまで、各種が取り揃えてある。中には、未発表の曲も。


 フローラも音楽に明るい人なので、パウラはルーカスと一緒に、絵本代わりに楽譜を読んで育ってきた。家にある楽器はルーカスの横笛とチェンバロだけだったが、音楽に囲まれてそれなりに楽しい幼少期を過ごしたと思う。


 昔は、好きな楽譜を選んで、それをフローラにチェンバロで弾いてもらったものだ。


 こまめに掃除がしてあるおかげで、楽譜部屋には埃一つ無かった。昔から変わらない姿のまま、パウラを再び迎え入れてくれた。


 この部屋にある楽譜たちは、父エルンストが生きていた、確かな証拠だ。だから、パウラはこの部屋が好きだった。


 いつものように楽譜を漁っていたパウラは、ふとあるものに気が付いた。


 楽譜の間に、一枚の紙が挟まっていたのだ。しかも、何か文章が書いてある。


『この紙を見つけた方へ』


 チラリと見えた走り書きのその文字に、パウラの心臓は飛び上がった。


 楽譜の間から出てきた紙には、お世辞にも綺麗とは言えない文字が綴られていた。



『この紙を見つけた方へ



 私は、アエラス王国上級魔術師のエルンスト・ツヴィングリと申します。


 あなたにお願いがあります。


 この世界を救うため、私は自分の全てをつぎ込んだ曲を作りました。


 しかし、これが悪い者の手に渡ってしまっては本末転倒というもの。


 なので、その曲は隠しました。


 この紙を見つけたということは、あなたは私の妻が信用している方なのでしょう。


 この部屋には、妻が信用している人間しか入ることができないからです。


 あなたを信じて、お願い申し上げます。


 どうか、このエルンスト・ツヴィングリ最期の曲を、子供たちに渡して欲しいのです。


 この紙を、子供たちに渡してくださるだけで良いのです。


 そうすれば、子供たちはきっと私の曲を見つけてくれるでしょう。


 あなただけが頼りです。どうか、よろしくお願いいたします。



 エルンスト・ツヴィングリ』



 そして、紙の裏には短い曲が書かれていた。


「……レクイエム」


 それは、死者を弔う時に歌う曲。その歌詞は、死者をユリアと同じ天国へ送って欲しいと願うものになっている。地獄へ落ちてしまったら、永遠の苦しみを受けることになるから。


 もちろん、音楽をたしなむものとして、パウラもレクイエムを知っている。何なら、演奏し、歌うことだってできる。だが、これはパウラたちだけでなく、みんなも知っている曲だ。父の全てが詰まった曲と、どう繋がっているのかが分からない。


「アーベル、どういうことだと思う?」


 そう言って使い魔にも紙を見せてみたが、首を傾げられただけだった。


「だよなぁ……。王宮に帰ったら、ルカ兄さんにも見せてみるか」


 パウラはその紙をポケットに畳んで入れて、楽譜探しを再開した。


 父からのあの手紙は、気になるけれど積極的に探す気にはなれなかった。


 だって、「子供たち」というのはきっと、ローガンとルーカスのことだろうから。パウラは、そこに入っていないだろう。パウラが生まれるのと入れ替わるように、父のエルンストは亡くなったのだから。亡くなるまで、重い病気を患っていて、思うように動けなかったとも聞いている。


 だから、自分からエルンストのことを避けてきた。本当は、この紙だって見なかったことにして、棚に戻してもいい。


 しかし、見つけてしまったから。


『あなただけが頼りです』なんて、言われてしまったから。


「まあ、これも仕事の一環だと思えばいいか」


 依頼人からの手紙を届ける、そんなところだ。


 改めて楽譜を数曲分選び取ったパウラは、椅子に座ってチェンバロの鍵盤に指を乗せた。

お読みいただきありがとうございました!

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