92.
〈注意事項〉
※15歳以上推奨作品です。
※敬語表現に間違いがあるかもしれません。あまり気にしないでいただけると幸いです。
〈あらすじ〉
引っ越し作業のため、別世界へ家族で向かったアリスたち。しかし、やはりルイスとラファエルの様子がおかしくて……。一方で、魔術界に残っている皓然はというと……。
「——暇だ」
ソファに体をどっぷり沈め、天井をあおぐ皓然は呟いた。
パウラは実家に帰省中。
レオとアリスは引っ越し作業があるので別世界へ。
アダンは安定の行方不明。ちなみに、夏休みに入ってから一度も帰ってきていない。
そんなわけで、この広い部屋に今は皓然一人だけ。山のようにあった課題も、もう半分は終わってしまった。
だって、暇だから。
授業も依頼もない日は、溜めてしまった洗濯物を片付けるとか、部屋を隅々まで掃除するとか、山ほどすべきことがある。
だが、休みばかりの毎日だし、一人なので作業が途中で中断されることもない。いつもなら「忙しい、忙しい」と時間に追われながらこなす仕事も、すぐに終わってしまった。
とはいえ、一人きりの休みには慣れている。課題をして、ディルたちと遊んで、筋トレをして、たまに部の仕事を引き受けて小遣い程度のポイントを稼ぐ。この繰り返し。
それでも毎回、長期休みに入った最初はこうして時間を持て余して、寂しい時間を過ごしてしまいがちだ。
帰る家も、まだあるのか分からない。
「あったとしても、帰れないしなぁ……」
小人の国は、現在鎖国中。
いくら小人に育てられたとはいえ、アエラスに仕える魔術師である皓然でも入国できない状況だ。入国できても、またアエラスに戻れるかどうかも分からない。
そんなこんなで、皓然は時間を持て余していた。とても贅沢な悩みだけれど。
ふいに、皓然の視界に烏の顔が入り込んできた。皓然の頭の隣に立ち、顔を覗き込んできているらしい。
そんな使い魔を撫でてやりながら、皓然は「クロエ」と小さな声で名前を呼んだ。
「家族って、なんだと思う?」
「……」
「確かに、らしくない質問だけど……。アリスに両親のことを話してから、少し考えるようになっただけ。別に、ホームシックになったわけじゃないよ」
実の両親のことは、アエラスの先生たちに教えてもらった限りのことしか知らない。普段はお喋りな姉たちは、この話題を出した時だけ、貝のように口を固く閉ざしてしまう。
きっと、思い出したくもない何かがあったのだろう。皓然にだってそういう過去があるから、気持ちは分かる。だが、そのせいで皓然は何も知らない。両親は一体、どんな人たちだったのか。
大人たちは自分を母親とそっくりだと言うが、その母親の顔すら知らない。
調べれば、写真の一枚や二枚、下手したらアゴーナスの動画も出てくるかもしれない。それを分かっていて、していないのは……。
ふいにインターフォンが鳴り、皓然はノロノロと体を起こした。
もう夕方も近い時間だ。こんな時間に尋ねてくるなんて、どこの世間知らずだろう……。
「——なに、その顔。尋ねてきた姉さんに、その顔は無いんじゃないの?」
あまりにも皓然が顔をしかめているから、牡丹まで眉をひそめて腕を組んだ。
「……姉さんの目的、当てていいですか」
「当てられるものなら」
「晩御飯はまだ作ってませんよ」
「なら良かった。お邪魔しまーす」
「ちょっと!?」
ずかずかと部屋に入り込んできた姉は、さっきまで皓然が座っていたソファに腰を下ろした。しかも、皓然が飲んでいたコーヒーの残りを全て飲まれてしまった。
どうしてこうも、姉というのは自分勝手で我がままなのか……。
「小然、今日の晩御飯なんだけど」
「嫌です。料理が苦手だからって、コック代わりにしないでください。食料も渡しません」
「……アンタ、私をなんだと思ってるのよ」
「食い意地の張った姉」
その瞬間クッションが飛んできたが、それをキャッチして皓然は姉を睨んだ。
「失礼な弟、生意気! いいから、早く外に行く準備して!」
「なんでそうなるんですか!」
「食べに行くからに決まってるでしょ! ベーコン伯爵領に、別世界の食べ物だけを取り扱うレストランが出来たんですって。行きたいでしょ?」
「それは、……まあ」
「なら、早く準備して。姉さんとはここで待ち合わせしてるから」
「なんでうちの部屋……」
「アンタ以外に誰もいないだろうから。そうでしょ?」
まさにその通りだし、噂のレストランにも興味がそそられる。
皓然はしばらく牡丹を睨みつけてから、「すぐ用意するんで、そこで待っててください!」とソファを指さした。
「絶対! 絶対にぼくを置いて行ったらダメですからね! 置いて行ったら、一生許しませんから!」
「いいから、早く準備しなさいって」
皓然は頬を膨らませてから、部屋に向かって駆け出した。
姉に自分の思考回路も状況も全て読まれているのが、何となく嫌だった。これでは、幼い頃と何も変わらないではないか。いつまでも「小然」呼びなのは、きっとそのせいだ。おかげで、他の千夜族たちにも子供扱いされる。
準備を終えてリビングに戻ると、桜花がやってきていた。
「小然、おっそーい! 桜花、待ってたんだからね!」
「すみません。……っていうか、事前に教えてくれてたらよかったのに」
「さっき決まったんだもん。ねー、牡丹」
「ねー、姉さん」
……そうだった。この姉たちに正論は通じない。
思わずため息をついたものの、皓然はクロエを肩にとめて玄関ドアを開けた。いつまでもここにいては、レストランに入れなくなってしまうかもしれない。
皓然と牡丹の二人と手をつないで歩く桜花はご機嫌で、鼻歌まで歌っている。その隣で、牡丹はずっと皓然に喋り続けてくる。皓然に出来ることと言えば、桜花に腕が取れそうなほど手を振られ、牡丹の話に適当な相槌を打つことくらいだ。
「——でね、ラファってばルイス先生と喧嘩しちゃったみたい」
「へえ。ラファ先輩が怒るなんて珍しいですね」
「ラファは家族絡みのことなら怒るわよ」
「家族愛が凄いですね」
「でもさー」
急に話に混ざってきた桜花は、真っ直ぐ廊下の先を見ていた。
「ラファもルイス先生も、不器用だよねー」
「ルイス先生のことは分からないけど、ラファはそうね。錬金術師になったの、ルイス先生の足を治したいからだし」
「でさでさ、ルイス先生はさ、これ以上自分の都合で子供たちを振り回したくないわけじゃん? だからさー、ちゃんとお話ししたらいいのにね」
「さすが姉さん、その通りなの。別世界に行く前に、ラファにそのこと言っておいたんだけどね……。アイツのことだから、ルイス先生とは一言も話していないでしょうね」
姉たちのそんな会話を聞いていて、皓然の口からポロッと心の声が漏れた。
「なんで、父さんと話そうとしないんだろ」
その一言に姉たちは顔を見合わせてから、皓然をジッと見つめた。
「小然、どうしたのよ」
「あ……。その、せっかく父さんがいるのにって、思って」
「小然だって、桜花たちにお話ししてくれないじゃん」
桜花は頬を膨らませ、皓然を睨むようにして見上げた。
「ないしょばっかり!」
「いつまでも姉さんたちに頼っていられませんから」
「ないしょと頼るのって、全然違うんだよ」
「そうですか……」
——自分だって、内緒ばかりのクセに。
その言葉は、皓然の胸深くにしまっておいた。
「まあ、どっちにしろ腹を割って話す必要があるってことよね」
牡丹はそう言って、桜花と皓然に笑いかけた。
「アン先生もいらっしゃるんだし、大丈夫でしょう」
「そうだねー!」
コロッと笑顔になった桜花を見て小さく息をついた皓然の頭に、ふとチームメイト二人の顔が浮かんだ。あの二人に連絡して、ルイスとラファエルの仲を取り持ってもらおうか。
だが、一瞬でその提案を頭から締め出した。レオのことだから、ローズのことばかりだろうし、アリスは家族間の問題に対してあまり関わろうとしなさそうだから。やはり、ここはアンに任せるしかないのだろう。
「家族って大変なのねぇ」
「牡丹ってば、変なのー! 桜花たち、家族なのに!」
「あら、そうね。うちの家族は仲良しで良かったわ」
「……仲良しでしょうか」
「仲良しだよ?」
桜花の手に力が入り、皓然は慌てて「仲良しです、仲良しです!」と叫んだ。何が何でも、これ以上の骨折は避けたい。
「ほらぁ、仲良しー!」
「仲良し、仲良しー!」
「な、仲良しー……」
周りからクスクス笑われながら、皓然たちは門のターミナルへと向かった。
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