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91.

〈注意事項〉


※15歳以上推奨作品です。暴力表現、流血表現、荒い言葉遣い等を含みます。

※敬語表現に間違いがあるかもしれません。あまり気にしないでいただけると幸いです。


〈あらすじ〉

 学期末パーティーで、父のルイスと兄のラファエルが何やら喧嘩をしている所を見てしまったアリス。不安を抱えたまま、アリスたちは夏休みを迎えることになる。

 一目見た瞬間、この子は自分の実の娘であるとわかった。


 自分と同じグレーの瞳に、何より妻と同じ金色の髪。


 アリスという名は、別世界の童話、『不思議の国のアリス』からもらった。主人公のアリスと同じように、好奇心の強い子になって欲しいと、妻が願いを込めて。


 自分の中から使い魔が飛び出して行こうとするのを必死に押さえつけ、あくまでもそっと、アリスを見つめた。


 この依頼が終わるまでは、その時までは、自分が実の父親なのだと言えない。言ってはいけない。


 だから今日も、こうして一教員として子供たちを見守ってやることしかできない。


「大きくなったな」とも、「少しママに似てきたな」とも、言えないまま。


「先生、どうかしたのー?」


「いいや、何でもないよ」


 桜花にそう答えながら、カイル・ブラックはルイスたちとともにターミナルへ向かうレオとアリスを見送った。


***


 デビュタントの三日後。アリスたちは、ようやく夏休みを迎えることができた。


 とは言っても、アリスたちが夏休みに入って最初にすべきことは、引っ越し作業を終わらせることだった。しかも、家族全員が揃うのはたったの二日だけだった。つまり、二日だけで作業のほとんどを終わらせなければならない。


 それだけでも気が重いのに、ルイスとラファエルは喧嘩でもしたのか、お互いに全く口を利かない。おかげで、アリスたちの間には重たい空気が流れていた。


「おやおや。みなさまお揃いで」


 門番はそう言って、黒猫を撫でながら笑顔で出迎えてくれた。


「アゴーナス、拝見いたしましたよ。大変でしたね。しかし、ご兄妹のみなさまがご無事で何よりです」


「ありがとうございます」


 家族を代表して、アンが門番に答えた。


「その後、お変わりはありませんか?」


「何も、問題はございませんよ。ただ、みなさんに再会できて、この老いぼれの仕事にも力が入るというもの。今日のこの門は、いつもの倍は稼働しますよ」


 その言葉にアンは笑顔を見せ、お土産を渡して門番の家を後にした。


 森の中を進むと、住み慣れた我が家が見えてくる。それが嬉しくて、アリスは思わず家に向かって走り出した。境界から、ジャンプするように飛び出すくらいに。


 しかし、その瞬間にアリスは眩暈(めまい)に襲われた。それに、急に体が重くなったような……。


「まあ、大丈夫?」


 思わずしゃがみ込んだアリスに、アンが駆け寄った。


「魔力の濃さが違うのよ。別世界は魔力が薄いから……。魔力石はいる?」


「ううん、大丈夫」


 確かに、まだ足元がフワフワする。しかし、歩けないほどでもないし、眩暈も収まった。


 しかし、アンはまだ心配らしかったので、アリスは黙ってアンに手を引かれて残りの道を歩いた。


「ねえ、お母さん。あの家って、元々はダリア先生の家なんだよね?」


「正確に言うと、ダリア先生の妹さんのお家ね」


「ってことは、賃貸なの?」


「まあ、そう言うことになるかなぁ。賃貸とは言っても、家族内での貸し借りだから、格安家賃だったけど」


「そっか。ダリア先生はお父さんのお母さんみたいな人なんだもんね。ってことは、おばあちゃん?」


「まあ、戸籍上は確かにそうなるけど……。『おばあちゃん』って呼ぶのは、先生に許可をもらってからにしてね」


「なんで?」


「なんでも」


 疑問は残ったままだったが、アリスは素直に返事をした。


 そう言えば、ルイスは一度もダリアを「お母さん」と呼んでいなかった。それに、「俺の両親は小さい頃に死んだよ」とすら言われていた。


 ルイスにとって、ダリアはどのような人物なのだろう。


 チラッとルイスに視線を送るも、父はジッと家を見つめて何かを考えているようだった。


 今年の春まで自分の家だったのに、呼び鈴を鳴らすのは何だか変な感じだった。


 一家を出迎えたダリアは、相変わらずの無表情。けれど、以前よりだいぶ雰囲気は柔らかくなっていた。


「お待ちしていましたよ。おかえりなさい」


 そう言ったダリアの後ろから、銀髪の少女が顔を出した。琥珀色の瞳は、パッと顔を輝かせたレオを見つけて、弓なりに細められた。


「レオ」


「ロジー、久しぶり!」


「ロジー?」


 アリスの視線に気付かず、レオはローズの手を握って嬉しそうに笑っていた。頬を赤らめ、見たこともないほど屈託のない笑顔を浮かべて。


「今日、可愛い格好してるね」


「……分かりやすっ」


「アリー、しーっ」


「レオにあえる、から、えらんだ! が、が、がんばった!」


 ラファエルが唇に人差し指をあてたので、アリスは大人しく口を閉じた。


 それにしても、まさかこの兄に好意を寄せる人物がこの世にあらわれるとは。いくら幼馴染とはいえ……。いや、幼馴染だからこそ、レオの変なところや嫌なところはいっぱい知っているはずなのに……。アリスも知らない、恥ずかしいこととか。


 レオに会うためにオシャレを頑張ったというローズは、白いシャツワンピースという格好だった。プリーツになっているスカートが、彼女の動きに合わせてふわりと揺れるのが、また可愛らしかった。


 アリスたちはリビングへと通され、ローズにお茶を出してもらった。暑い外を歩いてきたので、冷たいお茶がとにかく美味しかった。


「ルイス、アン。お仕事は順調ですか?」


「ええ、おかげさまで」ルイスはコップをテーブルに置いた。「それなりに大変ではありますが。夫婦ともども、何とかやれています」


「そうですか。それは何より」


「ローズも、すっかり落ち着いたようですね」アンはローズに笑いかけた。「フェリクスは、一緒ではないの?」


「おにぃは、いま、かいものちゅう」


「です」


「です!」


 ダリアに言葉を直されようとも、ローズは瞳をキラキラさせてアンに答えた。以前会った時より、だいぶ会話ができるようになっている。それに、動きも良い。ローズはテキパキと動き回り、アリスたちをもてなしてダリアの隣に納まった。


 それに比べ、ルイスとダリアの会話は、本当に事務連絡だった。親子なのにこの調子では、確かにダリアを「おばあちゃん」と呼ぶのに許可が必要そうだ。


「アリス、何か言いたそうですね」


 ダリア自ら話を振ってくれて、アリスは内心驚いたが、思い切って口を開いた。


「『おばあちゃん』って、呼んでいいですか?」


「お前バカなの? いや、バカだったわ」


 思わず、と言った風にレオはすぐさま口を出し、アリスに睨まれた。だが、これにはレオも睨まれたところで引くことはしなかった。


「ダリア先生を『おばあちゃん』って呼ぶの、失礼だろ」


「なんで? だって、お父さんのお母さんみたいな立場の人なんでしょ?」


 アリスは視線をレオからルイスに移した。ルイスがここで首を縦に振れば、アリスの持論は筋が通ったものになる。


 それなのに、ルイスは首を横に振った。


「確かにダリア先生に育てていただいたが、『おばあちゃん』はダメだ」


「なんで?」


「ダリア先生は……、どっちかというと師匠に近いから」


 その言葉にアリスが首をかしげているなか、ダリアは「懐かしいですね」と大きくうなずいた。


「幼少期のあなたたちは、とにかく隙だらけでした。一日に何度もトラップに引っかかって」


「あなたに何度も吊し上げられたこと、一生忘れませんよ」


 アンは必死に笑いをこらえているらしいので、ルイスは妻を睨みながらダリアに少し強めの口調で言った。


 正直、この住み慣れた家にも何らかのトラップが仕掛けてあるのではと、ルイスはまだ気が気ではないのだ。周りは、特に皓然は足の悪いルイスのために色々と世話を焼いてくれるが、ダリアに限って、そんなことは無かった。補助はしてくれるが、代わりにする、という選択肢がこの人には無い。


 それに、容赦ない。


 ルイスが生傷の絶えない学生生活を送っていたのは、決して無邪気に遊んでいたから、ではなかった。そのおかげで、過酷な環境の中でも生き残れたのだが……。


「——そういう訳だから、『おばあちゃん』はダメだ」


「えー……。はぁい」


 唇を尖らせながらも、アリスは素直に返事した。


 せっかく、アリスにもおばあちゃんが出来ると思ったのに……。


 お茶の時間が終わると、各自が部屋に向かって引っ越し作業を始めた。


 両親が新しく住み始めた部屋はマンションのような構造をしていて、一人一部屋があてがわれることになっている。王宮の地下にはラファエルの研究室もあるので、今度の家にはラファエルの研究部屋も、研究小屋も、作られることは無かった。


 机や本棚、ベッドなどの大きな家具はそのままで良いということだったので、アリスたちがすることと言えば、服や雑貨、本などを段ボールに詰めていくことだった。荷物は後から魔術界に送るので、一人五箱まで、という制限付きだから、断捨離はやはり必要だった。


 着々と準備を進めていたが、ある一か所でアリスの手は止まってしまった。


 机の、鍵のかかった引き出し。


 開けようと思えば、開けられる。しかし、この中には思い出したくない過去が閉じ込められている。


「……まだ、明日もあるし」


 小さな声を漏らし、アリスは机の前から離れた。

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