90.
〈注意事項〉
※15歳以上推奨作品です。暴力表現、流血表現、荒い言葉遣い等を含みます。
※敬語表現に間違いがあるかもしれません。あまり気にしないでいただけると幸いです。
〈あらすじ〉
デビュタントもまもなく中盤。ダンスを終えたアリスは、すっかり緊張も解け、桃子たちと合流していた。一方で、アリスたちとはまた違う合流を果たした組もあったようで……。
一通りの仕事を終え、ルイスはパーティー会場から抜け出した。
学生時代からそうなのだが、あまりパーティーは得意ではない。というよりも、人混みが苦手だ。全方位を警戒しなければならなくて、疲れてしまうから。
特に、ルイスとヘレナは、ユリアの子孫であることを隠して学生時代を送っていた。暗殺でもされたらたまらないから、常に周りを警戒し、一人にならないように心がけていた。それに、なるべくダリアの近くを離れないようにしていた。ダリア自身も、そうしてくれていた。
そのことを思えば、自分は子供たちから目を離しても大丈夫なのだから、平和になったものだ。
そんなことを思いながら廊下を歩いていると、目の前に見知った人物が現れた。親子として会うのは、アゴーナス以来だ。
「親父じゃん」
「ラファエル……。お前、こんなところで何してるんだ」
「休憩だよ。あんなとこ、息がつまる」
アン譲りの赤茶色の髪をかき上げ、長男は大きなため息をついた。おまけに、大きな欠伸まで。
周りからは「あまり似ていない」と言われるラファエルだけが、ルイスとアンが授かった実の子供。そして、別世界に行く時に、義父に預けて置いて行ってしまった子供。
別世界に行くことが決まった時、アンはラファエルに「一緒に別世界に行きましょう」と話をしていた。「まだ魔法使いなんだから、別世界から通えばいいじゃない」と。
だが、ラファエルは絶対に首を縦に振らなかったらしい。何度言っても。
だから、実子のラファエルと離れて暮らすことになった。
あんなに小さかった我が子は、いつの間にかルイスよりも背が伸びていた。
「親父の方こそ、何してんの」
「休憩だ。俺も、あそこは好きじゃない」
「だよな。真面目ではあるけど、固いのは嫌いだもんな」
ルイスの姿を見て、ラファエルは肩をすくめた。ネクタイは緩め、ボタンも開け放しているラファエルに対し、ルイスはピッチリと服を着ていた。髪も綺麗にセットし、革靴も光を反射するほどにピカピカだ。
杖を突く父親のその姿を見てから、ラファエルは自分の背後を指さした。
「この先のバルコニーだろ。誰もいないよ」
「そうか。助かる」
「俺も行く。一人じゃ、あの扉は重いだろ」
その言葉にルイスはまじまじとラファエルを見つめたが、素直に礼をしておいた。
ラファエルの言う通り、バルコニーに出るための扉はかなり重く、足が不自由なルイスでは開けるのに難儀してしまうから。
バルコニーに出てから、ラファエルが椅子まで譲ってくれたから、ルイスはやっと息をつくことができた。
「ありがたいが、どこかに行くつもりだったんじゃないのか?」
「トイレに行って、服を整えようとしてただけ。急ぎじゃないよ」
「そうか」
急ぎでなくても、この格好は改めてもらいたいが……。今回ばかりは、ルイスも黙っておくことにした。
お堅いパーティーは苦手。
親子の似た点を、大事にしたかった。
「前から、気になってたんだけどさ」
ふと、ラファエルに見つめられ、ルイスは黙って見つめ返した。
「なんで、クロフォードを名乗らなかったの?」
「俺はクロフォード先生の息子じゃないから」
「でも、親代わりだろ」
「……」
ルイスたちが幼い頃は、まだ王宮が孤児を引き取るシステムが出来ていなかった。だから、保護者だった老夫婦を亡くしてしまったルイスたちには、王宮魔法使いを辞めて孤児院に行く選択肢しかなかった。
それを救ってくれたのが、ダリアだった。
教師になったばかりだったダリアは、周りの反対を押し切ってルイスたちを引き取ってくれた。「あなたたちはきっと、将来は立派な魔術師になりますから」と言って。事務的な理由に反して、ダリアは本当の親のように接してくれて……。
ルイスとヘレナがフォティア王家の血筋だと分かった時も、これまで通り接してくれた。
「——最初に俺たちを引き取ってくれた老夫婦の苗字が、ランドルフだった」
「……まさかとは思うけど、ランドルフとクロフォードを合体させて『ランフォード』?」
「ヘレナには、毎回驚かされるよ」
その事実にラファエルは心底驚いている様子だったが、やがて大きなため息をついた。
「なんというか、あの人らしいよ」
「アイツほどの自由人はいないからな。……フォティアは絶対に名乗れないし、かといって、ランドルフもクロフォードも名乗れない。それで、二人で考えた」
「そりゃあ、ダリア先生も反対しないはずだ。面白がって『良いではないですか』とか言いそう」
「大正解。まさにその言葉をもらった」
「やっぱり」
楽しそうに笑うラファエルを見つめてから、ルイスは視線を空へと移した。
夏の星座が輝く夜空に、吸い込まれそうになる。体から力が抜けて、宇宙に放り出されてしまいそうな。子供の時は、それが怖くてダリアにくっついて星を見ていた。
「——俺も聞いていいか」
「どうぞ」
「なんで、別世界に行きたがらなかったのか。母さんのことだ、しつこく聞いてきただろ」
「ああ、そのこと」
ラファエルは頭をかいてから、自分も空を見上げた。
「ただの瘦せ我慢だよ。牡丹もローガンも、親がいないのに頑張ってる。……ローガンのは、ちょっと違うけど。レオとアリスも、あんなに小さいのに親と離れ離れになった。それなのに、俺だけ親元を離れないでいるのは、格好悪いと思って。まあ、じいちゃんもダリア先生もいたし、あまり変わらなかったと思うけど」
「そうか」
あの時期はルイスたちにとって目まぐるしい日々だったが、ラファエルにとってもそうだった。自分だけの両親が、急にやって来た従弟妹たちの両親にもなって。急に弟妹が出来て、かと思ったら、両親は仕事で別の世界へ行くことになって。
一番安らげる場所であったはずの家が、急に壊されたような気がした。
「お前にも、苦労を掛けたな」
「別に親父のせいじゃないだろ。それに、まあ複雑ではあったけど、弟と妹が出来て嬉しかったし。目標もできたし」
「目標?」
「そう」
久しぶりに視線をルイスに戻したラファエルは、真っ直ぐに父親を見つめた。
なんだかんだ周りから必要とされている父には、やはりこの杖は似合わない。
「俺は賢者の石を見つける。それで、親父の足を治す。そのために、錬金術師になった」
「お前……」
「賢者の石へのヒントは、ユリアの子孫。俺だってその一人なんだ。時間はかかるかもしれないけど、辿り着けるかもしれない」
ルイスは驚きのまなざしをラファエルに向けていたが、ふと視線をそらした。
「気持ちは嬉しいが、俺のことは気にしなくていい。自分の人生を生きろよ」
「だから、これが俺の道なんだって!」思わずラファエルは声をあげた。「賢者の石があれば、親父の足だってきっと治せる! そうすれば、昔みたいに……!」
「ラファエル」
静かに息子の名前を呼んだルイスは、そっと目を閉じた。
「これ以上、俺に振り回されないでくれ」
「なんだよ、それ……。だから、俺は……!」
その時、扉がそっと開いた。
「あ、ごめん……」
扉を開けたのは、アリスだった。後ろには、桃子たち。
実は、この古城をみんなで探検していたのだが、どうやらお取込み中だったらしい。
「いや、気にするな。もう話は終わってたから」
「終わってねぇだろ!」
叫んでから、ラファエルはハッとした。アリスたちが、怯えた表情で自分を見ているから。
ラファエルは、人前で怒ったことがほとんどない。アリスにだって。
何か言わなければと思うのだが、何も思いつかない。
それでラファエルが一人でグルグルと頭を回している間に、ルイスはゆっくりと立ち上がってアリスの肩を抱いた。
「ほら、行こう」
「で、でも、お兄ちゃんが……」
「大丈夫。……ラファエル。お前は少し、頭を冷やせ」
その言葉を残し、ルイスはアリスたちと一緒にバルコニーを出て行った。
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