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88.

〈注意事項〉


※15歳以上推奨作品です。

※敬語表現に間違いがあるかもしれません。あまり気にしないでいただけると幸いです。


〈あらすじ〉

 ついに迎えた期末パーティー。そこでアリスは、俊宇の幼馴染だという笙鈴という少女と出会った。さらに、翻訳術がいつの間にか変えられていたことも判明し、驚いていると……。

 その瞬間、パッと照明が消えた。真っ暗になった会場の中に、一か所だけ、スポットライトが当たる箇所があった。みんな、その光の中に入らないよう、動いていく。


 最後には、金髪の少年だけがスポットライトの中に残った。


 ディスマスだ。


 そのことに気付いたアリスは肩を震わせた。いつの間にか、ディスマスへと続く一本道が出来ているではないか。


 そっと傍らの皓然に視線を向けると「大丈夫」と笑いかけられた。後ろからは、桃子たちからの「頑張れ!」という応援の言葉も。


 震える足が一歩を踏み出せたのは、パウラの「楽しんでおいで」の一言だった。


 楽しむ。


 一本道をゆっくり歩きながら、アリスはその言葉を頭の中で何度も再生させていた。


 ダンスを、楽しむ。


 楽しむ……。


 ディスマスの元に着くと、お互いに深くお辞儀をした。教わった通りに、右手は軽く握って、左手は相手の腕に。


 ゆっくりとした三拍子の曲が流れ始めて、アリスの体が思わず飛び上がった。ついに、始まってしまった。何とかして、王子の足を踏まないように……!


「——いいよ、足踏んでも」


「ふぇ」


 思わず顔をあげると、すぐ近くにディスマスの整った顔があった。水色に近い色をした瞳だと思っていたのだが、これだけ近くで見て見ると、やはりレオと同じ紫がかった青だとわかった。


「緊張しすぎ。……一週間で仕上げてくれたんだって?」


「だ、だって、それは……!」


「ありがとう。ごめんね、ぼくのワガママのせいで。君の好きなように動いていいよ。絶対に失敗させないから」


「ぜ、絶対に、ですか?」


「絶対に、足を踏ませないよ。こう見えて、ダンスは得意なんだ」


 ポカンとしていたアリスは、早速ステップを間違えた。だが、ディスマスは踏まれる前に足を引き、クイックターンなんて技を入れてきた。周りは感心しているらしいが、アリスはそれどころじゃない。


 危うく、王子の足を踏むところだった。


「す、すみませ……」


「楽しもうよ」


 それは、パウラにも言われた言葉だった。


「こういうのは、楽しんだもん勝ちだよ。自分を自由に表現して良い場所なんだよ。だから、好きなように踊ればいいんだよ。ぼくが全部フォローするから」


「でも……」


「君は一週間でダンスを覚えてきてくれた。これで、そのお返しにならないかな」


 その一言で、アリスの体から無駄な力が抜けた。


 そうだ。ディスマス王子は、足を踏んだだけで怒るような人ではないし、失敗をフォローしてくれないわけでもない。


 では、何に怯えていたのだろう。


 周りからの目。


 覚えたてでステップに自信がない。


 失敗するかもしれない。


 恥をかかせてしまうかもしれない。


 そのどれもが正解だ。だから、怖い。


 でも、そうだ。ディスマス王子の言う通りではないか。楽しいことなら、周りの目は気にならないし、失敗しても恥ずかしくない。そしたら、かかせる恥もない。


 これまで、ずっと秘密にしていたダンスと同じじゃないか。


 それに気づいた瞬間、アリスの心がスッと軽くなった。


 自分たちを綺麗だと、美しいものだと見てもらえたら。それだけでもう、成功ではないか。


 アリスはディスマス王子に微笑みかけた。今の照明だと、きちんと上を向かないと顔が暗くなる。歯を見せると変に光ってしまう。


 それから、動きは大きく見せないと。アリスは小柄だから、小さな動きでは見栄えが悪い。


 ステップだけじゃない。気を使うべき場所はたくさんあった。指先まで力を入れて、足をクロスにしてスカートに風が入るようにターンする。その時の足が開いていたら、格好悪い。でも、どうしても開いてしまうのなら、いっそのこと大きく広げてしまえばいい。


 スピンしたアリスの左足がピタッと床に平行になるように止まると、みんなが息をのむ声が聞こえた。指の先まで伸ばして、大きな動きをする。今のアリスならきっと、もっと、みんなの目を集めることができる。


 そうだ。この曲は一体、どういう曲なのだろう。


 ゆっくりだけど、優しい曲。二人で踊っているっていうことは、登場人物は仲の良い男女なのかもしれない。本来、親しい人と踊ることを考えると、作るべき表情は……、これだ。


 自分の後ろに立ってリードしてくれるディスマスに、アリスは静かに微笑みかけた。目は伏せて、薄く口を開く。首は少し傾けて。


 これは、恋の曲だ。愛し合う二人の心境を表現した曲。それなら、アリスたちもそれに則して踊った方が、色々と合点がいく。


 恋をしているのだから、これから——。


 その瞬間、大きな拍手が鳴り響いた。


 驚くアリスの前で、ディスマスはアリスから離れて頭を下げてきた。


 慌ててアリスもお辞儀を返し、おずおずと顔をあげると、頬を赤らめるディスマスと目が合った。


「ありがとう、アリス」


「こちらこそ、ありがとうございました。貴重な経験を……」


「それはぼくのセリフだよ。引き込まれそうだった」


 アリスが首をかしげても、ディスマスはそれ以上、何も言ってくれなかった。アリスの手を握ってから、周りにもう一度、深々と頭を下げた。


 アリスはそのまま皓然たちの元へ返され、ディスマスはシブシソたちを連れて、四つ並んだ玉座に座った。


 玉座は四つ。左から順に、青、赤、緑、白を基調としている。それぞれの国のシンボルが掘られた、豪勢なイスだ。今は、ディスマス、ジャン、オリヴィアの三人しかそこに座っていなかった。どうやら、後継者が座る椅子らしい。


「アリス、すごかったじゃないですか」


 皓然に耳打ちされ、アリスは「え?」と顔をあげた。


 何だか、頭がボーッとしていて、空っぽのようだ。それに、まだダンスが終わったのだと実感できていなかった。


 アリスの体は、まだ踊っている最中の感覚が抜けていない。まるで、体に羽が生えたよう、というよりも、重力を感じなくなったというか……。


 その感覚のまま、アリスは再びライトの下に立った。今度は、皓然の手を取って。周りには、他のデビュタントを迎える一年生たちがいる。


 さっきの落ち着いた曲調と変わり、明るい曲が流れ始めた。


 さっきまでの余韻の中にいるアリスは、最初からリズムを乱しっぱなしだった。王子の足は踏まなかったが、皓然の足はもう五回は踏んだ。


「あ、あ、ごめん……!」


「大丈夫ですって」


 皓然は笑って、アリスに耳打ちした。


「好きなように動いていいんですよ。さっきみたいに」


「その、さっき、どうやって踊ってたのか……!」


「あらら」


 しばらく考えたのち、皓然は「分かりました」とやはり笑顔を見せた。


「じゃあ、リセットしましょう」


 そういうなり、アリスの細い腰に手を回され、ふわりと体は浮き上がった。そのまま一回転して、下ろされたアリスはまだ驚きの最中にいた。だが、再び手を取った皓然が小さな声で「一、二、三、一、二、三」と声をかけてくれた。


 ダンスの練習の時、二人でこうして数えながら練習していた。


 それを思い出し、アリスも声に出しながら拍子を数えて体を動かした。


 不思議だ。いつの間にか、頭がはっきりしている。あの、体に力が入らない現象も消えて、いつも通りに動くことができる。


 数えながら皓然に笑顔を見せると、彼も笑い返してくれた。


 二回目の拍手に包まれ、アリスはホッと胸をなでおろした。皓然のおかげで、アリスは何とか最後まで踊り切ることができた。


「ありがとう、皓然」


「どういたしまして。——それから、お疲れさまでした」


 その言葉に、アリスはもう一度彼に笑顔を見せた。やはり、皓然にパートナー役をお願いして正解だったようだ。


 パウラたちは、アリスと皓然のために水を用意してくれていた。


 アリスは厚くお礼を言って、一気にグラスの水を飲みほした。冷たい水が、喉を取って腹まで落ちていくのを感じる。


「ほとんど連続で踊ってたもんな。お疲れ」


 そう言って、レオはアリスに新しいグラスを渡してくれた。


 アリスはそれも一気に飲む干すと、大きな息を吐きだした。


「おっさんかよ」


「うるさい」


 レオを睨んだアリスは、三杯目に手を伸ばそうとしたが、声をかけられてしまった。


「アリス・ランフォード初級魔術師、でしょうか」


「そうですが……。どなたですか?」


 アリスに声をかけて来たのは、アエラスの魔術師だった。艶やかな黒い髪に、厳しそうな茶色の瞳。真っ赤な唇は扇子で隠す。ルイスたちよりも年上の中年女性。アリスはこの人と会ったことがないが、白のスレンダーラインのドレスを着ていたから、アエラスの人間だとわかった。


「あら、失礼いたしました。私、マルセル・ド・フレースと申します」


 ということは……。


 マルセルの後ろで、ルイーズが居心地悪そうに会釈した。


「……アリス・ランフォードです。はじめまして」


 マルセルと握手を交わし、アリスは余所行きの笑顔を浮かべた。


 あのルイーズが小さくなっているということは、警戒しなければならない相手のようだから。


「素晴らしいダンスでしたわ。あなたのお母様を思い出しました」


「ありがとうございます」


「本当に、そっくりで。ヘレナのデビュタントの時と」


 その瞬間、アリスの体が小さく揺れた。


 母親と聞き、アリスは自然とアンの顔を思い出していた。だが、このマルセルはアリスの母親をヘレナと言った。


 それに気づいた瞬間、アリスの中で何かが崩れ落ちた。


「あのっ……」


「お久しぶりです、フレース侯爵」


 薄い笑みを浮かべたパウラがアリスの前に出て、静かにマルセルを見つめた。


 その瞬間、マルセルの顔から笑みが消えた。


「ツヴィングリの……。不純物」


「今、何かおっしゃいました?」


 パウラがニコッと可愛らしい笑みを浮かべると、マルセルはフンッと鼻を鳴らした。


「アリス・ランフォード魔術師。このお話の続きはまたの機会に。……行くわよ、ルイーズ」


 マルセルはもう一度パウラたちに鼻を鳴らしてから、髪とドレスを翻してその場を離れて行った。


「あの人……!」


「アリス、落ち着いて。ほら、どーどー」


 怒るアリスを落ち着かせ、パウラは肩をすくめた。


「仕方ないよ。あの人は保守派の代表格みたいな人だ。だから余計に、ボクらのことが気に入らないのさ」


「なんにも仕方なくない!」


 アリスはパウラをまっすぐに見つめた。


「パウラにあんな態度取って! すごく失礼だよ!」


「……ありがとう」


 パウラは寂しそうに笑った。


「そう言ってくれるだけで、十分だよ。もう、十分嬉しいよ」


「……パウラは優しすぎるよ」


 自分の心を抑え込むことの苦しさを、アリスは知っている。


 言いたいことも言えない、言い返せない。それはとても苦しくて、叫びたくても叫べなくて、最後には涙になって出てくる。


 時々、パウラが自分の気持ちに蓋をしていることには気付いていた。大好きなパウラには、あんな思いをして欲しくないのに……。


 いつも守られてばかりで、アリスはパウラたちのことを守れない。


 黙ってうつむくアリスの肩を叩き、パウラは優しい笑顔を見せた。


「ほら、なんて顔してるんだよ。せっかく綺麗にしてもらったのに。もう。涙なんて流したら、お化粧がダメになっちゃうじゃないか」


 そっとアリスの涙をぬぐったパウラは「ありがとう」と、アリスを見つめた。


「アリスと出会えて、本当に良かった」


「パウラ?」


「さて、一緒に踊ってくれるかな」


「……え、私? 女の子同士なのに?」


「女の子同士だと、踊ったらダメなのか? ボクは今、アリスと踊りたいんだけど」


 よく考えたら、パウラもダンスを教えてくれていた。それに、彼女の言う通りだ。絶対に男女ペアで踊る、なんて決まりはないはずだ。

お読みいただきありがとうございました!

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